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第10話 マリーゴールド

「これは・・・、ピクシーね・・・」


 薬ビンを揺らし、中に閉じ込められ、ガラスに頭をうちつけている小さな妖精を眺めつつ、マリーが解説を始める。


 「この子は、あなた達が最初にいたレムール森林に住んでる妖精たちで、よくいたずらして冒険者を迷わせる、問題児なの・・・」

 「まさかそのまま町にまでついて来るなんて、よっぽど気になる何かがあったのね・・・」


 無事に騒動の犯人を捕まえることに成功した4人が、ピクシーをビンに閉じ込めてこれからどうしてやろうかと考えているところに、2階の異様な騒がしさに怒ったハティが乗り込んできたことで自体は一応解決し、今は1階の商店で、マリーが作ったハーブティーを飲みながら、何が起こったかの弁明が行われていた。


 「こんのよくもやってくれたわね!!」


 「私にやらせろ!! 私が一番苦労したって!!」


 マリーから無理矢理ビンを奪い取った後、全身ホコリまみれでボロボロになった報復とばかりに、どちらがビンを振り回すかで争いを始めるナツメとマフユ。


 「お師匠、あいつら空のビンに向かってなにやってるんだ・・・?頭でもうったんじゃないのか・・・?」


 奥からタオルをもってきたハティが、怪訝そうな顔で2人を指さす。


 「空のビンって、ハティちゃんはあれがみえないの?」


 バカを見る目で2人を眺めているハティに、ハルカが尋ねた。



 「えぇ、見えないも何も、ただの空ビンじゃないか。 まさかお前全員バカなのか・・・?」


 ハルカにも怪訝そうな顔を向けるハティに、ハルカが目を丸くしてマリーの方を見た。


 「・・・ピクシーは、ほとんどの種族には見えないの。常に透明で気配もしない」

 「森のマナを扱えるエルフ族含む一部の森に住む種族だけが気配を感じることができるから、レムール森林の行き来を王国に任されているの」

 「それでも、長年生きたエルフでないと完璧に感知するのはかなり難しくて、エルフはおろか異世界人でも姿まで見える人間は一度も見たことが無いわ・・・」


 そういって改めて4人に目を向けるマリー。


 「私でさえ、マナの微妙な揺らぎでギリギリ感知できる程度なのに、ピクシーを素手で捕まえるほど姿がはっきり見えているなんて・・・」


(しかもマナそのものから生まれる、半概念生物である妖精を、スキルも魔道具もなしで、素手で捕まえるって・・・)




 「そういえば、私たちも最初は見えませんでしたが、途中から見えるようになりましたね」



 「まぁとりあえず今日はもう遅いし、明日ギルドに報告しておくから、仕方ないし今日はここで寝ていいわよ」


 そういって店の商品を端に避け始めたマリーに、ハルカが手に持っていたものを差し出した。


 「・・・マリーさん、これを・・・」


 「あら、何・・・?」


 ハルカが差し出したのは、古びた写真が入った、フォトフレームだった。


 「何の写真?これは2階にあったの?」


 そういってマリーが写真を見た瞬間、数秒かたまったのち、膝から崩れ落ちた。


 「お師匠!?」


 心配そうにかけよってきたハティのことも気にせず、食い入るように写真を見つめるマリー。


 

 

 その写真には、今と姿が変わらず、麦わら帽子を被ってオレンジ色の花束を手に満面の笑みを浮かべるマリーの隣に、やんわりとほほ笑む白髪の少年が映っていた。


 

















 










――――― マリーの思い出





 私がこの森に引っ越してきてから、かなりの年月がたった。

 森を守るより薬学を極めたいと、故郷の森を飛び出してからどれだけたっただろう。

 ニンゲンの船に忍び込んで海をわたり、良い森が無いか山を越え谷を渡り、かなりの旅路の末、薬草の種類が豊富で、とても広大な森があるこの土地に行きつき、一目ぼれで住み着いた。

 一つ心残りがあるとすれば、私が自分で名乗っているマリーと同じ名前を持つ、私が一番大好きな花の種を、いくつか持ってくるべきだったということを後悔しているくらいか。

 とても良い香りをしているオレンジ色の花で、その匂いは何か懐かしい記憶をくすぐるような、ノスタルジックな気持ちになる心地よさがある。

 まさかあの花は珍しいもので、あの地域にしか無いものとは考えもしなかった。



 やっと雨季が終わり、澄んだ青空にさわやかな風が吹いている。おそらく故郷ではそろそろあの花が咲くころだろう、ここまで香りが届くかもしれないと、久しぶりに薬作りを休憩し、気に入っている丘に散歩にいくと、若いニンゲンが倒れているのを見つけた。

 おおかたピクシーにいたずらされたんだろう。放っておいてもいいが、どうするか。

 近くにできたニンゲンの王国のヤツかもしれない。



 ニンゲンはかなり弱っているようで、ずっと目を覚まさない。そうとうピクシーのお気に入りになってしまったか、ここまでやられるニンゲンは珍しい。

 ちょうどあのニンゲンの王国あいてに取引しようと、試しに作ってみたニンゲンようの薬があるし、このニンゲンで試してみようか。



 ニンゲンは薬を飲むとすぐ元気になった。どうやら薬はうまくできてたようだ。さすが私。

・・・だが困ったことに、元気になったニンゲンは、どうやら私に会うためにこの森まで出てきたようで、ずっと家の前で薬学を教えてほしいとせがんでくる。住処まで連れて帰ったのが裏目に出てしまった。


 たすけてから何日かたつが、ずっとずっと住居の前でしつこくせがんできたので、形だけでも手伝わせてあげることにした。 少し教えるふりをしてすぐ帰ってもらおう。


 このニンゲンはテンセイシャとかいうニンゲンの亜種族らしい。はじめて聞く種族だ。

 ニンゲンの若者と同じように見えるが、何が違うんだろう。

 前世がどうのとかわけがわからないことをいってるし、たぶん変な種族なんだろう。

 


 名前を憶えてないというので、エルフ族の名前だがシレネという名前をつけてあげた。

 エルフは好きな植物から名前を借りるが、しつこいこいつにはぴったりの名前だろう。髪も白くてニンゲンにしては細いし。

 見た目といい、薬学に対する覚えの良さといい、テンセイシャというのはもしかしたらエルフに近い存在なのかもしれない。

 


 シレネはかなり優秀だ。

 さすがにエルフの中でも指折りである私ほどではないが、この数か月でどんどんと知識と技術を吸収し、エルフ族と匹敵するほどには薬学を身に着けた。

 どうやら成長という概念がふつうのニンゲンとは違うらしく、あらゆることを学び、それを蓄積する能力がふつうのニンゲンより各段に高い。

 テンセイシャとはどういった種族なのだろう。 研究者としてはかなり興味がある。



 シレネがまたピクシーにおそわれた。

 あの妖精ども根絶やしにしてやろうか。

 最近シレネとおなじ種族のテンセイシャをこの付近でもよく見るようになった。

 この種族はピクシーに襲われやすいのか、けっこうな目撃報告が出ている。


 

 ピクシーにやられた傷は治したはずだが、シレネがなかなか目を覚まさない。

 前の時もそうだったが、回復に時間がかかる種族なのか、それとも体が弱いのか。

 何事もないといいが・・・。

 

 

 やっとシレネが目を覚ましたので、安心した。

 安心したのだが・・・、なぜ私はこいつが目をさましただけで安心してるんだろう。

 なんとなく、イライラしたのでもう少し無理矢理寝かせておくことにした。



 シレネがいうには、テンセイシャとは種族ではなく、ニンゲンの中で転生者という種類らしい。

 この世界の創造主であるとされているコスモス様に会ってこの世界に来たらしいが、ほんとうだろうか?長く生きているエルフでも、コスモス様を見たことは無いはずだが。


 シレネが森で怪我した動物を拾って来た。

 故郷の森で見たことがある、こいつはフォレストエルクの子供だ。

 森の番人とも呼ばれる生き物で、たしかかなり長生きする生物だったはず。

 シレネがどうしても気になるようなので、家で飼うことにした。

 まぁ、最近増えてきたモンスターやピクシー避けくらいにはなるかもしれない。

 シレネを守る物として、森の棘という意味を込めて、ソーンと名づけた。


 シレネが珍しい材料があるかもしれないから王国に行ってみたいと言うので、あのニンゲンの王国に行ってみた。

 いつも取引をしている村より全然他種族が多くて、本でしかみたことがない珍しい種族もたくさんいた。

 途中で見かけたへんてこな恰好をしていたニンゲンの女をシレネが目で追っていたので、なんだか嫌な気分になってすぐに連れて帰った。


 シレネの薬学はここ1年でかなり上達した。

 このままいけばもうすぐ私を超えるだろう。

 研究者としては悔しいが、シレネが少し頼もしくなったのをみて、嬉しい気持ちのほうが大きい。


 シレネに、ずっと気になっていたことを聞いてみた。

 なぜ薬学を学ぶ気になったのかということだが、転生者として生まれたにもかかわらず、前世の記憶が全然無かったため、ずっと苦しんでいたらしい。

 そこで森で薬を作っているという私の噂を聞き、この森まで出向いてきたものの、途中で案の定ピクシーどもに襲われたようだ。

 神経中枢に作用する薬を作るのはかなり難しく、その辺の材料では私ですら作れない。

 せめてあの花があれば・・・。 やはり故郷からあの花をもってこなかったことを後悔した。


 


 あの人間の王国はかなり大きくなった。材料を買いに最近は、頻繁に行き来している。

 今度こっちの地方では手に入らない珍しい材料を買いにいきたいらしい。

 何故が私がついてくるのを嫌がったが、私も今日は絶対ついて行きたい日だったので、私は譲らなかった。シレネはあきらめて、しぶしぶ承諾した。なんなんだろう。


 ついに待ちわびた、あの王国に買い物に行く日になった。

 実はシレネを驚かせるべく、事前に王国に一人で出向き、前にみたニンゲンの女がしていたへんてこ恰好と同じ服を買ってきていたのだ。

 人間にとってはこれがオシャレというものらしい。

 この薄く伸びた鳥の巣のようなものはどうやって使うのか・・・、前に見た人間は頭に乗せてたっけ・・・?

 さっそくそれを着て、外でまっているシレネのもとにはしっていった。

 

 信じられない!

 せっかく人間と同じ服装をわざわざして一緒に町へ出たのに、頼んでいた取引があるからといって、私のほうを見もせずに他の人間と話ばっかりして!

 あげくの果てにこの恰好について感想を問うと、「いいんじゃないかな」って!たったそれだけ!

 海外から取り寄せた物とやらがどれだけ気になるのかしら!

 あまりに腹が立ったので、シレネを置いて途中で帰ってきた。

 


 しばらくすると、シレネが帰ってきた。

 何か手土産を持って来たらしく、どうにか私に扉を開けてもらおう泣きついている。

 物で釣ろうだなんて、よけいに腹が立つ。

 頬をひっぱってやろうと、私から出向いてあげることにした。


 

 今日は特別な日。

 まさかシレネがこの花をしってるなんて。

 私いつの間にこの花の話してたのかしら?

 私の一番好きな花。もう見れないと思っていた。

 

 思わず貰った花束を投げて、抱きついた。

 シレネは私にそっとキスしたあと、真剣な目で、私に1つの提案をした。

 私と2人で、あの町で暮らしたいって。


 もちろん私は即答して、写真を撮るのも忘れ、しばらくずっと抱き合っていた。



 

 ついに私たちの家ができた。

 町にある他の家に比べたらとっても小さい家だけど、シレネがとっても頑張って、森の中でしか暮らしたことのないエルフである私のために、森の中で生きているような気分で暮らせる、緑がいっぱいのとても素敵な家を作ってくれた。

 ちょっと看板のデザインは私には理解できないものだったけど、シレネが気に入ってるならいいか。

 ソーンが住むためのスペースもあり、心なしかソーンも嬉しそうだ。

 気が遠くなるほどの時間くらしてきた森とも今日でお別れ。森の樹々たちに別れを告げ、少し寂し気持ちもあるけど、明日から新生活が始まるんだ。



 


 薬屋さんは開いたばかりのときは、平和に暮らしている町のなかで、エルフの薬なんて買ってくれる人もなかなかいなくて、苦しいこともたくさんあったけど、シレネといっしょだったら何でも楽しかった。


 お金がなくて、この街で買うと何故かすっごく高い高級な森の食材は我慢して、人間の美味しくない食べ物に慣れるのも頑張った。

 シレネも、毎日毎日町の外まで必死に薬を宣伝しに行き、夜は寝ずに薬を作る。

 私も朝まで研究して新しい薬を作ってみたり、人間の市場に薬を売りにいったりした。

 貧乏でも大変でも、そんな生活が、とても楽しかった。


 私たちが町に住み始めて1年がたった。

 シレネが記念日ということで、人間が記念の日に食べるという「ケーキ」というものを作ってくれた。

 私は「ケーキ」を見たことがないのでわからなかったが、本当はこの生地部分にハチミツを塗っただけの料理ではなく、もっと甘い物が塗ってあったり、たくさんの果物が乗っていたりするらしい。

 シレネは私に本物の「ケーキ」を食べさせてあげられないことを悔しそうに俯いていた。

 けれどは私はこれで十分だった。 シレネと笑いながら食べられるならそれが一番幸せだった。


 

 町に冒険者と呼ばれる人たちが出始めてから、ポーションと呼ばれる飲み薬がよく売れ始めた。もともと清らかな水を基礎とするエルフの製薬技術であればかなり簡単に効能が高い物が作れるので、とても繁盛して、少し生活にも余裕ができた。

 シレネは軌道に乗せるためにって、前よりもっと頑張ってるけど、無理をしていると思う。心配だ。


 

 シレネが倒れた。

 私は店の売り上げなんかどうでもよかった。

 森の食べ物が食べられなくても、シレネと一緒にいられるなら、肉でも魚でもなんでも食べる。

 泣きながらそう訴え、絶対に無理はしないということで約束させた。


 シレネは少し元気になったけど、まだ調子は戻らない。

 いろんな材料を取り寄せて、高価な薬を作り、たくさん飲ませてみた。

 シレネが働けず、私もずっと看病をしているから、高級な材料を買えばお金はどんどんなくなっていく。

 

 森の住居から持ってきたいろいろな物を売って、費用の足しにした。

 エルフの持ち物は珍しいのか、わりと高値で売れたので、すぐに薬の材料の足しにした。

 思い出なんかどうだっていい。シレネが回復さえすれば、それだけでよかった。

 それだけが私の望みだった。


 

 どうして・・・?

 私が知っている限り、人間はもっとたくさん生きるし、人間でいう成人に近づくシレネくらいの年齢は一番体力のある年齢のはず。

 なのに、どんなに高い、どんなに珍しい材料で作った薬を飲ませても、ぜんぜん良くならない。

 どんどん体が衰弱していくけど、病気の核となる症状はなにも出ない。

 私は人間の医学の本を読みあさり、人間の薬屋に話を聞き、どうにかシレネを回復させようと、ただそれだけを毎日考えながら薬を作った。


 お金がなくなった。

 近くの家のひとは、この家も、あの家も全部全部お金を借りれるだけ借りた。

 もう街でお金を貸してくれる人はいない。

 でも、せめて食べ物だけでも食べられないと、シレネはもっと弱ってしまう。

 どうにかして、どうにかして食べ物だけでも手に入れなければ。


 ある日の夜、シレネが寝た後、私はなるべく目立たないように黒い布をかぶり、町へ出かようと、起こさないようにこっそりと扉に手をかけた。

 すると、私が何をしようとしているのかわかっていたのかシレネが起き上り、まともに歩けもしないはずなのに、私の足を掴んで、犯罪だけはしないように、いつかの私と同じように涙ながらに訴えた。


 ついにシレネは手足を動かせなくなった。

 かすかに聞こえる寝息を聞きながら、外に出た私は、私は自分の腕を、狂ったようにナイフで刺した。

 血が出るのも構わず、何度も何度も刺した。

 どうして、なんで?

 毎日毎日薬を作り続けてきた私のこの腕は、何のためについている。

 何百年生きて、あらゆる薬を作るエルフの天才だってもてはやされて


 それなのに、一番大好きな人間一人救えない。


 シレネさえ隣にいてくれれば、もう一度元気に笑う姿さえ見られれば、私は・・・





 寝ている間にシレネが、知らないどこか遠くへ行ってしまいそうで、寝ることができないまま迎えた何度目かの夜。

 顔立ちが整っていると言われているエルフ族とは見えないほど、とてもシレネには見せられない痩せて目にクマもできた顔で、シレネの顔を眺めていると、何日かぶりにシレネが口を開いた。

 消え入るような微かな声で、私に何かを伝えようと、私の方を見て、口を動かしている。

 私は椅子から飛び上がり、すぐにシレネの顔を覗き込んだ。


 「どうしたの?どこか痛い? どうしても、どうしてもあなたの症状が治せないの」

 「でももう少しだけ我慢して! 今度来る貿易船で、きっと新しい材料が手に入るから!」

 「それで、絶対に私が治る薬を作ってみせるから、それで・・・」


 必死にシレネにシレネの手を握り、なんとかすることを伝えようとすると、それを遮るように、もうまともに動かないはずの右手を使って、私の手を必死に握り返し、私の名前を呼んだ。


 「・・・マリー」


 


 「・・・何? シレネ・・・」


 


 

 「君の腕があれば、世界中のいくつもの命を救うことができる」


 「僕の最後のお願い」


 「自分を縛るのはやめて」


 「この腕を、僕みたいな人たちが少しでも安らぐように」


 「君の力を使ってあげて」



 そういって、傷でボロボロになった腕を、弱弱しくなってしまった腕で、強く

 強く握った。


 そして腕から私の顔に目を移すと、少し微笑み、私の目を真っすぐ見つめ、こう続けた。




 「僕は、君をこのまま縛り付けたくない」




 「だから僕のことは忘れて」




 「マリー 愛してるよ」






 

 




――――――――――――――――――






「シレネ・・・・」


 古びた写真を見つめるマリーの目には、大粒の涙が溢れていた。


 何故思い出せなかったのかはわからない。


 シレネと過ごしたあの日々も。


 目をつむったまま動かなくなったシレネを、夜の雨の中抱えて走り、王国の城まで運んで、無理矢理王国の立派な医療室に連れて行こうとし、衛兵に追い出され、それでも諦めず城の前で泣きながら叫び続けたことも。


 その声を聞いて起きてきた当時の王が、真夜中に専属医師をたたき起こした後、王宮の設備を惜しみなく動員し、そのまま何時間も寝ずに見守ってくれていたことも。



 最近になって発見されはじめた、未だ世界中で打つ手が無く、若い転生者が、ある時期を境に何の原因もつかめないまま急に衰弱し、死に至る奇病で、ここまで体力を保って生き長らえていたことは、毎日どうにかしようと私が飲ませていた薬が引き起こしていた奇跡だったことも。


 出会った丘にシレネの遺体を植えたことも。


 シレネから貰ったものをこっそり裏庭に植えて増やしていたあの花を、シレネが眠る樹のそばに供えたことも。


 こぼれた種が土に落ち、毎日毎日通ううちに、年々周りに花畑が広がっていったことも。



 花畑が広がるたびに、頭の中にモヤが広がるように、愛する人の輪郭がどんどんと記憶から削れていったことも。


 愛する名前も思い出せない誰かを、必死に忘れまいと、あらゆる方法を試そうとしたことも。


 

 

 

 もしかしたら、シレネの転生者としての最後の願いが、それだったのかもしれない。


 そしておそらくそれは、この世界の理で、誰も抗えない絶対的な力。


 いや、彼は本当に忘れてほしかったはずだ。


 本当に私を縛り付けたくはなかったはずだ。


 だが、それでも


 私はシレネを、心から忘れることができないほど、愛していた。


 



 「ありがとう、本当にありがとう」

 「私の大切な人を思い出させてくれて」


 涙を流しながら微笑むマリーは、やっと心の鎖から解放されたのかもしれない。


 いや、むしろ遠くに隠れてしまった心を繋げる鎖を掴むことができたのかもしれない。


 「私は記憶が完全に消える前、何度も何度も、ホコリの一つも残さないほど2階を探し尽くした」

 

 「彼の手がかりをどうしても諦めきれなくて」


 「それでも、この写真は出てこなかったし、2階の存在だってあなた達がくるまで霞が掛かったように、思い出せなくなっていた」



 「もしかしたら、あなたたちの転生者としての能力は・・・」



 マリーは涙を拭うと、4人に向かって一つ提案をした。




 「あなた達にぴったりの仕事があるわ」



 4人が顔を見合わせ、スキルも何もない自分たちに何かできることを思いついたのかと、期待に胸を膨らませてマリーの顔を覗き込むと、マリーはゆっくりと口を開いた。




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