厚着
通りすがるオトナの肩に、僕の肩がぶつかって、携帯が手から滑り落ちた。画面にひびが入った。せっかく厚めの携帯ケースしてたのに。なんのためにちょっと高めの携帯出したと思ってるんだよ。こういう時も不注意だった自分が悪いって思うのが本当は正しいんだろうな。
こういう出来事に襲われるたびに、何かに心臓の裏側を撫でられてるような感覚になる。どこにいても誰かがいる世界、一人になれないこの世界でそんな感覚を吐き出すこともできない。
今ここで電車を待ってるスーツに縛られた人たちもきっとそんな気持ちなんだろう。人は歳をとればとるほど、厚着になっていってる気がする。僕の親は外で服を脱げないからって、家で羽織ってるものを減らすけど、そんな状況は僕に服を与えてるのとイコールだ。これくらい着てたら、ロシアに行ってもちょっと暖かいと思える。
携帯が割れた自分へのご褒美に冷たいお茶でも買おう。自販機から買ったお茶を取り出すが、お茶でさえ可哀想に見えてくる。お前も暑そうだな。僕はそのお茶を一口飲んで、残りを解放してあげた。
「お前もこれで息ができるね。」
僕はしゃがんで自由になったお茶にそう声をかける。
気づけばみんなの視線の先になっていた。それは完全に「こいつ何やってんだよ。」の目だった。その目がより一層僕を厚着にさせる。これも僕のせいって思わなきゃいけないんだ。やだよ。楽しくない。僕たちは自分たちで自分たちを息苦しくしてる。
僕はもうすぐ来る自分の電車に乗るために、厚着のオトナが綺麗に並んでる列に戻る。そうすると何人か前に並んでいた大人が倒れた。彼の顔は赤く、片手にはチューハイ缶を握っていた。周りのオトナが心配をするかのようにその人に近くが、その人のズボンが濡れ始めた。匂いは空間を染めていき、オトナたちは離れていくが、僕の目には彼が裸に映った。
「オラァァァァァァァァァァァァ!!」
僕は自分が出せる最大限の声量で気持ち悪い感覚を外へ追いやった。上空を飛んでいる鳥たちでさえ、こっちを向いていたかもしれないが、視線を痛む僕はもういない。裸は気持ちが良かった。
周りはすぐにいわゆる奇行、奇声、不適切な発言などで溢れた。みんなが脱いでいく。これが人間ってもんだろう。僕は片手に持ったペットボトルを空へ放った。オトナはこの状況を「気持ち悪い」だとかいう言葉を使って表現するかもしれない。僕は両手を上げ、空を見る。
「この美しい世界を祝福しようじゃないか。」
誰も僕を見ていなかった。