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僕と師匠の13日間  作者: 8000Q
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その4 8月6日 人殺しの父の事

悲しいこと。それは僕の父が人を殺し、そして今もなお、囚人として刑務所の中で生きていることを知ったとき。でもそれよりも悲しかったのは、母がそれをあっさりと開き直ったこと。


僕「お母さん」

母「なあに?」

僕「僕のお父さんは、生きてるの?」

母「どうして?」

僕「この前、小曽根のおじちゃんが来てたでしょ」

母「ああ、田宮さんね」

僕「そう、その田宮のおじさん。おじさんが言ってたよ。おまえのお父さんは生きてるって。

  でも刑務所にいるんだって」

母はミンチの肉をこねる手を休めて僕の方を見た。

僕「どうなの?それ、本当なの」

母「そうよ。本当よ」

僕「おじちゃんから、おまえは人殺しの息子だって言われたよ」

母「そうよ。本当よ」

僕「で、お父さんは無期懲役で一生ずっと監獄にいるって・・・」

母「そうよ。それも本当よ」

僕「え!どうして黙っていたの?」

母「まぁいいじゃない。今日のおかずはハンバーグにするから」

僕「いや、いやいや。お母さん、これ、重要だよ。ハンバーグって、いやいや」         母「あれ?ハンバーグ、いやなの」

僕「いやいや。そうじゃない。もう!分かってるくせに!どうして・・」

母「信じられる?」

僕「何を」

母「お父さんとお母さんを」

僕「え?どういうこと?」

母「だから、お父さんとお母さんを信じてくれる?」

僕「うん。分かったよ。信じるよ。で、どういうことなの?」

母「じゃあ、もうそれでいいのよ。何があったか、なんて重要じゃないのよ」

僕「でも、知りたいよ。いや、普通知りたいし、知らなくちゃいけないでしょ。僕、もう十七だよ」

母「まあ、ゆっくりでいいんじゃない?」

僕「いやだよ。どういうことなの」

母「知れば知るほど、よく分からなくなる事もあるのよ」

僕「いいよ。それでもいいから、話してよ」

母「お母さんとお父さんはね、お父さんが人を殺めてしまったあとに結婚したのよ」

僕「え?!どうして・・・。え?僕はどうやって生まれたの?」

母「ほらね。説明すればするほど、どんどん疑問と不安が増えてゆく事ということもあるのよ」

僕「全部話してよ」

母「全部、というのはないのよ。こういうことに全部はないの。どうしても一部だけなの」

僕「もう・・・訳わかんないよ」

母「だからこの件はもう黙って。お母さんと、そしてお父さんを信じて」

僕「この事は誰が知っているの?みんな知ってるの?」

母「いいからいいから。はい、ハンバーグ」

僕「要らない!食べられるわけない!」


 そうして僕は2日の夜に家を飛び出した。、しかしどこへいくということもできなかった。近所の、知り合いのいないようなところへ行って泣くより他はなかった。そういうとき、師匠にあって、いきなり腹鼓などをやるはめになった。今日は、師匠に率直に聞いてみようと思った。人殺しの父を持った一人っ子は、これからどう生きていけばいいのかを。

 僕が師匠の家に行って、いつものように開けっ放しの入り口を覗くと、これまたいつものように椅子に座って本を読んでいる師匠がいた。そういえば、師匠はどうやって生計を得ているんだろう?


僕 「こんばんは」

師匠「お?思春期の若者じゃないか。どうした」

僕 「いや。思春期って、それもう終わっているでしょう?僕、十七ですよ」

師匠「いやいや。思春期というのは年齢では決まらん。身体と精神だ」

僕 「ま、思春期はさておき、きょうは折り入って相談があるんです」

師匠「お、相談、とな」

僕 「あの、殺人犯の家族って、どうしてるんでしょうね」

師匠「・・・・・どうしているとは?」

僕 「あの、反省のために家とか財産を売って、被害者の方に捧げて、極貧で生きているとか、そもそも

   周囲からの圧力に耐えられないで、バラバラになってしまっているとか」

師匠「俺は殺人犯の家族だ」

僕 「え?えええ!」

師匠「なぜ驚くのだ」

僕 「だって、そんな堂々とした殺人犯の家族なんて・・・。そんなのいるわけがないでしょう。そもそ

   も師匠は独身じゃないですか」

師匠「貴様は殺人犯の家族というのは、もっと打ちひしがれていていなければいけない、そう思っている

   のか」

僕 「それはそうでしょう」

師匠「じゃあ、窃盗犯の家族は、少しだけ打ちひしがれるべきなのか」

僕 「まあ、そうですね。窃盗って、殺人よりはだんぜん軽いですからね」

師匠「いとこは?会社の上司は?友人は?打ちひしがれるべき対象か?」

僕 「う~ん・・・まあ、打ちひしがれなくてもいいんじゃないですか?」

師匠「何様のつもりだ貴様は。貴様が決めるのか。他人が反省すべきかどうか、どのくらい残念に思うべ

   きか、そういうことを」

僕 「いや、でも常識ってあるでしょう」

師匠「またもやオカルトな言葉を持ってきたな」

僕 「いやいや。常識がオカルトだというんだったら、社会のルールみたいなものがあるでしょう」

師匠「知らんな」

僕 「もう・・・。知っていようが知らないでいようが、守らないといけないこと、それがルールっても

   んでしょう」

師匠「その社会のルールとやらは、難しいのか?」

僕 「え?え?」

師匠「だから、どこへいったら学べるのか、誰もが学べるのか」

僕 「それはもう、社会生活をして、自分で学ぶんですよ。そりゃそうでしょう。誰でもそうですよ。み

   んなそうでしょう」

師匠「子どもは?」

僕 「またそんなことを・・・。子どもはいいんです」

師匠「痴呆性高齢者はどうだ。知的障害者はどうだ。学習障害者はどうだ」

僕 「あ~もう!いいです、いいんです。その方々も守らなくて良いです」

師匠「長期入院患者はどうだ。監獄にいる犯罪者はどうだ。外国人は・・・」

僕 「いいです。だからもう、そういう人たちは、いいんです」

師匠「ではどういう人たちが社会的ルールを守らなければいけないんだ」

僕 「それは、社会的なルールを守るべき人たちでしょう・・・あれ?」

師匠「なんだそれは」

僕 「ま、とにかく普通の人達ですよ」

師匠「それは、普通ではない人をバンバン除いていって、残った少数の人々、ということでいいのか」

僕 「・・・・・・違います。えっと、そう、平均的な人たちですよ」

師匠「平均?」


 いきなり師匠は笑い始めた。ひーひひひ、ひーひひひ、と笑い始めた。何がおかしいのかさっぱり分からない。何を笑われているのか理解できない。なんか頭にくるが、まあいいや。師匠って、笑うこともあるんだ。


師匠「ひひひ~・・・ああ・・(涙をぬぐいながら)。貴様は愉快な奴だのう。ま、そんな冗談はさてお

   き・・・」

僕 「え?冗談?いや・・・」

師匠「その、社会のルールを守ることより大切なことはないのか」

僕 「そりゃ、あるでしょう。法律とか」

師匠「その法律を含めて、それを守るより大切なことがあるのではないか?」

僕 「まあ・・・そうですね、あるかもしれませんね」

師匠「そうだ。ルールに反してまでも、正しい、と思ったこと。それをやったが、結果的には間違ってい

   た。そういうことはあるだろう?」

僕 「まあ、そうですね。でも人を殺・・・」

師匠「手術に失敗した医者は人殺しか?」

僕 「え?いや、そんなことは・・・」

師匠「人を助けようと思ったが、結果的に助からなかった、死んでしまった。これは人殺しか?」

僕 「いや、それも違うでしょう」

師匠「自分では正しいことをやった。結果的に人が死んでしまった。事情を知らない人が人殺しといっ

   た。これは人殺しか?」

僕 「う~ん。それも違いそうです」

師匠「人殺しと指さすものが大多数だったら?」

僕 「・・・・えっと・・どうなんだろ」

師匠「では、そういうことで」


 そう言い置くと、師匠は奥の読書机ではなく、さらにその奥に行ってしまった。もう寝るのだろうか。そういえばもう11時を回っている。ちょっと非常識だったかも・・・。ま、僕もまだまだ子ども、ということで、許してくださいね~。それにしても今日の師匠はなんだか温厚だったような気がする。僕のくだらない話しに付き合ってくださってありがとうございました。


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