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僕と師匠の13日間  作者: 8000Q
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その2 8月3日 自死回避ノ指南

情念転換とやらいわれて変なことをさせられ、ごまかされたような昨日。

泣き明かした夜のことや、今ほんとうに死ぬほどつらいことを言いに行くと・・・

師匠と二人で盛り上がったその日の夜は、最低だった。リバウンドというか、なんというのか。

部屋で一人になったら、ただただ泣いていた。そんな僕に気がついても、母は何も言わなかった。

翌日。昼過ぎ。再び師匠の家を訪れた。

師匠は部屋の奥で机に向かって何か読んでいるようだったが、気安く僕を迎えてくれた。


僕 「あの」

師匠「おお。昨日の軽佻浮薄の青年ではないか」

僕 「・・・」

師匠「また腹鼓でもやりに来たのか」

僕 「いいえ。あの、その方法、やはり間違っていると思います」

師匠「間違い。・・・ありえんな」

僕 「でも、なんていうか、意識の底の方で何か溜まってるんです。無意識というんでしょうか、そうい

   う部分に<悲しみ>が残ってしまって、全然解消できないんです」

師匠「無意識とは、これまたオカルトなことが好きな奴だな」

僕 「無意識は、オカルトじゃないですよ。フロイトという心理学者が・・」

師匠「見たのか?」

僕 「え?」

師匠「見たのか?無意識を」

僕 「見えるわけないでしょ。心の話ですよ」

師匠「じゃあ、感じたのか?」

僕 「いや。そういうふうに、自分の意思で見たり感じたりできないものが無意識であって・・・」

師匠「貴様は無意識の話をしているではないか」

僕 「え?」

師匠「感じることができないならば、無意識があることを前提にして、どうのこうのとはいえんだろう

   が。バカめ」

僕 「いや、ですから、フロイトという偉い人が言ってるんですってば」

師匠「さらにバカめ。そのフロイトとやらは、おまえの心を見て、無意識があるとかなんとか言ったの

   か?」

僕 「いいえ。しかし、人間の心には、無意識があって・・・」

師匠「無意識があるとは、どうやっていえるのだ。そのフロイトとやらは、その持ち前の超能力で、普通

   人には感じられない無意識の存在を認識できるとして、そのフロイトとやらが、貴様にも無意識が

   あると言っているのか?」

僕 「そんな・・・。フロイトってとっくに死んじゃってるし・・・」

師匠「言っているのか、言っていないのか」

僕 「言っていません」

師匠「だったら、普通は感じられない無意識なるものを認識できる、一風変わったドイツ人が、昔々にい

   た、と。それだけだろうが」

僕 「でも、その発見のおかげで助かった人がいっぱいいて・・・」

師匠「それは、なんだ。貴様はその人たちを見たのか?会ったのか?」

僕 「もう!自分で見たものしか本当ではないんですか!」

師匠「じゃあ聞くが、その発見とやらがあったが、全く効かなかった人もいたのではないか?」

僕 「それは、そうでしょう」

師匠「どちらが多かったのだ?」

僕 「え?」

師匠「効いた人と、効かなかった人だ」

僕 「そんなの、知りませんよ」

師匠「じゃあ、貴様は、効かなかった人の方がもっともっとたくさんいたかもしれないのに、無意識の発

   見の効用とやらを盲信したのか!バカ!バカバカ!」

僕 「・・・・分かりました。もう。分かりました」

師匠「分かったか。もうオカルトに凝るのではない」

僕 「・・・でも、何かこう、もやもやして、あの、時折死にたくなるのですが。こういう時、どうした

   らいいでしょうか」

師匠「よし、目をつぶってみよ。しっかりつぶれ」

僕 「こうですか?」

師匠「そのままこっちへ来い」

僕 「え?どこですか」

師匠「こっちだ。手なんか伸ばすな。前でゆらゆらさせるな。信じて、来い。直ぐに来い」

僕 「そんなこといったって、恐いです」

師匠「目を開けよ」

僕 「はい」

師匠「貴様、今何と言った?」

僕 「いや、だって何かに躓いたら・・・」

師匠「痛いと?」

僕 「いや、痛いというか、恐いというか・・・」

師匠「死にゆこうという奴が、転けるのが恐いと」

僕 「・・・いやいや。それは無意識に・・いや、生理的なものでしょう。反射みたいな感じではないで

   すか」

師匠「貴様と俺の間になにか転けそうなものはあるか?」

僕 「ん~。ないです」

師匠「ならば再び目を閉じよ。たったこれだけの距離だ。一気に走ってここまでこい。早く来いっ」

僕 「え・・・。っと、っと。ムリムリムリ。無理です」

師匠「じゃあ、貴様がやろうとしているのは、人殺しだ」

僕 「え?人殺し、ですか」

師匠「そうだ。貴様はまだ貴様の身体を説得しきっておらんではないか。貴様の身体はちょっと傷つくの

   でさえそんなに怖がっているではないか」

僕 「・・・」

師匠「貴様はまた、その矮小な脳味噌だけで言動したな。己の身体のことも分からない貴様如きに、本当

   の悲しみが理解できるのか?バカ」

僕 「おじさんは、僕のことを何も知らないのに・・・」

師匠「知らん。しかし貴様の悲しみは、出したうんこが縦に長すぎて、何度流しても流れてくれない学校

   の便所の出来事と同じくらい下らん。それから気安くおじさんいうな。師匠と言わんか」

僕 「では師匠。僕の悲しさを分かりもしないで、そんなバカにして・・・」

師匠「身体に聞け」

僕 「はい?」

師匠「本当に自らの命を絶ちたいときは、その身体もちゃんと付いてくるのだ」

僕 「そういうもんですか」

師匠「だから貴様はまだ早い。貴様の感じるのは、死ぬに値しない悲しみなのだ」

僕 「・・・・」

師匠「十分に待て。待ってから、死ね。その時はきちんと死ね」

僕 「死ねって・・・。はは。止めないんですね」

師匠「やっぱりバカか、貴様は。貴様はどうせ死ぬんだ」

僕 「え?」

師匠「あと100年も生きん。その間、最も格好いいときに死ね」

僕 「え?」  

師匠「分かったら行け」

僕 「え?」

師匠「分からずとも去れ」

僕 「えええ?」


師匠はクルリと背を向けて奥の机の方に向かった。そして、座るやいなや、読書を始めてしまった。

僕は、ちょっとだけじっとみていたけど、師匠は僕には目もくれずにひたすら文字を追っていた。


そっと扉を閉めて外に出た。夏の夜の空気は非常に澄んでいた。両手を斜め上方にグンと伸ばして思い切り深呼吸をした。見上げれば三日月の薄い弧が綺麗だった。ピンとのばした手のひらは、か弱い月光の中でも随分と元気そうに見えた。「ごめんね」と言ってみた。「勝手なことをしようとしてごめんね」と繰り返してみた。

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