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僕と師匠の13日間  作者: 8000Q
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その1 8月2日 情念転換ノ指南

その1 8月2日 情念転換ノ指南


その1 8月2日(情念転換ノ指南)

 初めて師匠を発見したのは、高校二年生の夏休みだった。師匠はずっと前から近所の山麓のあばら屋に住んでいた。それは知っていた。多分たった独りで住んでいたんだと思う。いつ頃から住んでいたのかは知らない。まだ小学生の時、母に「あれは誰?」と聞いたら、母は左右にゆっくりゆっくりと首を振りながらキッと僕の目を見て「あの人には構わんとき」といった。

 まあ、だから師匠のことは周辺住民はみんな、なんだか重要な誰か、なんだけれども、ひとまずその存在を知らないことにしておこう・・・そんな感じだった。師匠は、そういう丁重な無視の中で生きていた。どのくらいそうだったのかは知らない。

 ある夕暮れに<悲しいこと>を知って泣きたくなった僕は、知らず知らずのうちに、町外れの師匠の家の近くに行って泣いていた。オンオン、オンオンと泣いていた。すると師匠が(その時はただのおじいさんだったけど)いきなり後ろから話しかけてきてくれた。


師匠「おい、青年よ」

僕 「は?(ヒックヒッ)」

師匠「貴様は知らないだろうが、悲しさは、喜びに変換できるのだぞ」

僕 「(ヒッ)・・・」

師匠「だから愚かにも泣くな。分かったか、青年」

僕 「・・・どういうことですか」

師匠「感情は実に輻輳としがちであるが、その発生からすれば同根だということだ」

僕 「・・・・」

師匠「よし、青年。ひとまず笑ってみよ。ウッシッシーと三回言え」

僕 「あなたは・・・、あなたに何が分かるんですか!」

師匠「貴様はバカか。俺は貴様ではない。貴様のことなど、何も分かるわけがないだろうが!バカ。バカバカ」

僕 「え・・・ひどい。ひどい」

師匠「何がだ」

僕 「おじさんが、に決まってるでしょうが!」

師匠「それこそ青年の浅はかさ。貴様は、俺のことを分かるはずもないのに、手前勝手に他人様をひどいとか評価をしようとしているな。貴様の言葉を借りれば、あなたにぃ~、何が分かるんですかぁ~、だ」

僕 「いい年した大人が、こうして悲しんでいる人を虐めていいんですか」

師匠「お?」

僕 「おかしいでしょう?泣いてる人にバカって。普通じゃない!」

師匠「ほほ~う」

僕 「あなたみたいな人が、日本をダメにしてきたんだっ」

師匠「俺が日本を・・・。貴様は、誇大妄想が激しいのう」

僕 「もう、構わないでください!ほっといてください!あっちに行ってください!」

師匠「まあまあ。軽佻なる青年。怒らず聞け」

僕 「・・・・」

師匠「そんなに睨まんでも。それよりどうだ。今まだ泣けるか」

僕 「もうそんな気分じゃないです」

師匠「そうだろう、そうだろう。よしよし」

僕 「・・・」

師匠「気づかないか?」

僕 「何がですか」

師匠「貴様は、既に変換を終えたのだぞ」

僕 「何をですか」

師匠「情念変換だ」

僕 「何ですか?ジョウネ・・・」

師匠「情念変換だ。どうだ、悲しみを怒りに変え切っただろうが」

僕 「変え切ったって・・・」

師匠「そうだ。悲しみと怒りは同じ根っこだ。だからどちらにでも表現することができる」

僕 「そんな・・・」

師匠「貴様は内容で決まると思っているだろう。悲しい内容だったら泣き、腹立たしい内容だったら怒り、面白い内容だったら笑う。そう思っているだろう」

僕 「違うんですか」

師匠「違うんだ」

僕 「どう違うんですか」

師匠「逆なんだよ。内容と感情は逆。正確に言えば、少しだけ逆」

僕 「・・・難しくてよく分かりません」

師匠「貴様は普段、そんなに怒るのか」

僕 「・・・」

師匠「見ず知らずの他人に、あんなに怒鳴りつけることができるのか」

僕 「いや・・。たしかにそれは・・・」

師匠「では、ウッシッシーのリズムに合わせて首を上下に振れ」

僕 「え?うっしっし~?」

師匠「そうだ。ウッシッシー、ウッシッシー、ウッシッシー、このリズムだ」

僕 「うっしっし~、うっしっし~・・・」

師匠「続けろ続けろ。そしてウッシッシーと二回言ったら、合いの手を一回、はいっ、と入れよ

僕 「ウッシッシー、ウッシッシー、はい、ウッシッシー、ウッシッシー、はい、ウッシッシー・・・」

師匠「よし。狸のようにして腹鼓の真似も加えよ。腕を振り上げる角度は斜め45度だ」

僕 「ウッシッシー、ウッシッシー、はい、ウッシッシー、ウッシッシー、はい・・・あれ?何だか楽しくなってきました」

師匠「いいか。感情は思索の内容によって伴うのではない。身体に伴っているのだ。だから楽しい動作をすれば楽しく感じるのだ。はい、ウッシッシ~、ウッシッシー」


 満月は僕たちにくっきりと影をつくった。師匠と僕の二つの影は、同じように歩き、同じように動き、時には重なり、時にはお互いを叩き合って笑っていた。僕はこの<悲しいこと>が、悲しいことなのか分からなくなってきた。誰も悲しむべきだと強制しているわけではないし、涙を流すことよりも思い切り笑う方を、身体が求めているようにも感じた。

 そしてこれが師匠との出会い。あの夏、たしかにいた、師匠との最初の接点。

                                       (その2へ続く)

次回は その2 8月3日 自死回避ノ指南です

自殺への衝動に駆られる僕は、師匠の指南によってどう変わる?

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