1885年8月23日 会津
1885年8月23日 会津
佐原盛純は会津中学で教鞭を取っていた。会津中学の会議室のひとつを借りて、佐原は相手と対峙した。
「はぁ…。てっきり私が作詞した“白虎隊詩”の話しを聞きに来たのかと思っていたが…あの使節団の話しだとは思いませんでしたよ。」
佐原は苦笑いしながら緑茶を啜った。窓の外へと視線を移し、生徒たちが校庭を元気よく走り回っているのを眺めながら、独り言のように呟いた。
「私はもともと、池田殿の侍講として学問を教えていましてね。その繋がりで参加させて頂いたんですよ。名目上は河津殿の従者として参加しましたけどね。」
佐原は視線を相手に戻した。
「しかし、今更どうしたのですか?もう20年以上前の話しですよね?何か問題でも発覚しましたか?」
佐原は色々と尋ねたが、相手は首を横に振るばかりだった。佐原は溜め息をついた。
「まぁ…何もないならいいのですけどね。我々も疚しいことは何ひとつないのでね。調べてもらっても構わんですよ。…え?そういうことじゃない??…単純に知りたいだけなんですか?…はぁ。」
佐原は舐めるようにして相手を見た。そして、“ふっ”と笑った。
「変な人ですね、貴方は。まぁ好奇心があることは大いに結構。人は好奇心や探究心から新たなものを生み出しますから…。」
そう言うと、佐原は立ち上がって部屋の中にある本棚に手を伸ばした。そして、そこから徐に本を取り出した。それをテーブルの上へと静かに置いた。
表紙には『航海日録』と書かれている。結構なボリュームで、4冊あるようだ。
「そこに当時のことを記録してありますよ。それを御覧になれば貴方の好奇心は満たされるでしょう。お貸ししますよ。貴方以外に興味なんて持ちませんから、そんな古い話しには…。それに、当時日記を書いていた人間は多かったと記憶してます。理髪師の青木さんも日記を書いていたと思いますよ。」
そう言うと、佐原は静かに立ち上がった。
「では、私はこれにて失敬。これから教え子たちと“白虎隊詩”に合わせた演舞の練習をしようと思っているんですよ。今度はぜひ、そちらも取材して頂きたいですね。」