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スフィンクスと記念撮影した男たち  作者: 明智龍之介
第2章 上海
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1864年2月3日 天竺

1864年2月3日 天竺


いよいよ使節団は、天竺インドに上陸した。


西と堀江は、仲良く一緒にお寺巡りをしていた。ここ天竺は何と言っても釈迦生誕の地であり、仏教の悟りを開いた土地でもある。仏教徒の多い日本人にとっては、感慨深い土地なのである。

「何か“西遊記”みたいだね~。天竺にいるなんてさ~。」

西が嬉しそうに言った。いつもはプチャーチンだの長崎海軍伝習所だの言っている西だが、根幹は日本人なのである。小さい頃から慣れ親しんだ仏教の発祥の地にいるという事実は、西洋に被れた西にとっても嬉しいことなのである。

堀江にとってもそれは同じことである。まして堀江は西洋被れではない、日本を愛してやまない、生粋の日本人である。堀江は大きく伸びをして、そして思いっきり肺に空気を吸い込んだ。

「俺も一度来てみたかったんだよ~。絵空事みたいに思ってたけどさ、天竺なんて。でも本当に来てるんだもんなぁ。自分の足で天竺の地に立ってるなんて…何だか信じられんよ。」

そう言いながら、堀江は自分の頬を抓ってみる。痛い。間違いなく夢ではないのだ。

陽が燦々と降り注いでいる。鳥は囀り、清らかな時間が流れている。

やがて、2人の前に大きな木が姿を現した。立派な菩提樹である。幹は太く、しっかりと大地に根を張りながら天に向かって伸びている。枝の先には緑の葉を満々と湛え、降り注ぐ陽の光を一杯に浴びている。その姿は、実に神々しいものだった。

西は大きな菩提樹の幹に抱きつき、そして頬を寄せた。堀江は静かに両手を合わせて目を閉じている。

「…流れている…。」

西が呟いた。静かに目を閉じた。

「この木は、釈迦の時代からずっと生き続けている…。今も、この木に流れている血の音がしっかりと聞こえる…。」

西は息吹の音、生命の音をしっかりと自分の耳で感じ取った。釈迦が悟ったありがたい教えも、この天竺から清国を通って島国の日本まで根付いている。その壮大な時間の旅の中に、自分も生きているのだと西は感じた。

堀江は、いつの間にか自分の頬を伝う涙に気が付いた。何故か、心の奥底が“ほっこり”と温かくなっていて、自然と涙が流れていた。

「ここが…西方浄土か…。」

そう呟くと、堀江はもう一度静かに目を閉じて、菩提樹に向かって両手を合わせた。


池田と河津、塩田の3人は釈迦に由来する寺院を巡っていた。

「どこもかしこもヒドい寂れようですね…。」

塩田が呟いた。目の前に広がる寺院はどれも廃れていた。おそらく、どれも仏教が隆盛していた頃に次々と建てられたのだろう。しかし、仏教も時代の波とともに浮き沈みを繰り返した。異教徒が流れ込んで来たり、仏教の中でも別の宗派が出来て、分裂・細分化していったり…。

「栄枯盛衰は世の常だ。“祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり”と言うからなぁ。」

池田が言った。『平家物語』の冒頭部分である。この冒頭に出てくる“祇園精舎”というのも、釈迦が説法を行った場所のことである。その仏教の原点である天竺が廃れているというのは、池田達にとっては少なからずショックであった。

3人は、ある寺院に“ふらっ”と立ち寄った。御堂の瓦は剥がれ落ち、朱塗りであったであろう柱も色が剥げ落ちている。

「ひどいな…。管理する人間が誰もいないのか…?」

河津が大きく舌打ちした。その河津の舌打ちの音も、虚しく響いた。池田は無言のままで御堂の中に入った。

御堂の中もまた酷いものだった。多くの仏像が配置されていたであろう祭壇には、今は2体の仏像だけが残されている。それも全て金箔は剥げ落ち、粗悪な出来栄えだった。1体の仏像は顔が半分欠けており、もう1体の仏像は台座と右腕が欠けている。

「仏具は盗難に遭ったんでしょう…。闇市で売買されてしまったんでしょうね。仏像の破損は風化か、この寺院の反対宗派による打ち毀しか…。」

塩田が、寂しそうに言葉を吐いた。

池田は静かに目を閉じて、掌を合わせた。般若心経を唱え終わると、ゆっくりと目を開いて破壊された仏像を見つめた。

「キリスト教などの異教が流布してきて、仏教が廃れたのだろう…。外国の文化というのはやはり、影響力が強いな。」


“それとも、諸外国の文化に淘汰されちまうほど、日本の文化ってのは(やわ)で魅力がないのかい?底力がないのかい?”


ふと、池田の脳裏に横山の言葉が蘇った。急に、池田の胸を寂しさが過った。

「魅力がないから…天竺でも仏教は廃れるか…?例え、この土地に根付いた素晴らしい文化であったとしても、過去の貢献度なんて何の関係もなく、排除されてしまうのか…?」

池田は、そう独り言を吐いた。


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