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スフィンクスと記念撮影した男たち  作者: 明智龍之介
第2章 上海
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1906年6月29日 小田原

1906年6月29日 小田原


 三井財閥の実権者である益田孝は、茶人としての一面も持ち合わせており“千利休以来の大茶人”と称されている。益田は姿勢美しく茶筅を捌き、相手の前に“すっ”と静かに茶を置いた。相手は緊張を隠せないまま、震える手で茶を啜った。目の前にいるのは元三井物産初代社長なのである。茶の味など分からなかった。

 「使節団時代の話しを聞きたいなどという物好きはいないぞ。」

 益田が静かに口を開いた。強面で、一瞬怒っているのかと思ったが、どうやら違うらしい。仕事以外の話題を振られて、内心は嬉しいのかもしれない。

 「悔しいほど、日本は遅れていた。」

 益田が畳を“じっ”と見つめたままで、呟いた。

 「あのパリの街並みを見て、まだ鎖国を続けようなんて思うヤツはおらん。如何に我々が相手にしようとしている異国というものが大きいか…そして進んだ文明の上に日々を営んでいるのか…。そういうことを思い知らされた。」

 益田が相手の目を射抜くように見つめた。

 「面白いもんさ。上海に上陸すれば“上海は進んでいる”と思うし、エジプトに行けば“エジプトは凄い国だ”と思う…。だが、フランスは比べ物にならん。今までの概念を全てひっくり返された。当たり前のことが物凄く時代遅れのことで、不可能だと思っていたことが当たり前に展開されている…。フランスはそういう国だった。」

 益田は柄杓を持ち上げ、釜の中の湯を掬った。白い湯気が柔らかく立ち上る。

 「だから、私はああいう国から優れた品を買い、日本の優れた品を海外に売る…そうやって日本の力を蓄え、そして諸外国に見せ付けようと思った。私がそういう貿易をやることによって、いつしか日本という国の力が諸外国を上回ればいいと思った。それがあの三井物産さ。一時は日本の貿易額の2割をウチの会社が占めたこともあったな。」

 そう言うと、益田はゆっくりと立ち上がった。そして、大きく伸びをした。

 「三井財閥はもっともっと大きくなる。その基礎にあるのは、あの時見たフランスの姿だ。日本の歴史にとっては大したこともない出来事なのかもしれんが、私にとっては大きな出来事だった。そういうことだ。」


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