いじめの開始
次の日、ホリーがトイレに行くと、いきなりグローリー王国から来た留学生に囲まれた。
「……どいて!」
ホリーは気丈に睨みつけるが、王女の侍女である彼女たちは引かない。
「あなたたちって詐欺師だったってね。勇者の一族があきれるわ」
「どんな気持ちかしら。故国を追い出されるのって」
「どうやってセントバーナード王国にとりいったのかしら。でも残念ね。セレニティ様が王妃になれば、あなたなんか……」
いい気になって罵声を浴びせていた侍女たちの声が小さくなる。いつのまにか、ホリーは小さなナイフを構えていた。
「ち、ちょっと待って。キャー、誰かきて!おまわりさーん!」
「うるさい。死ね!。『発雷』」
ホリーの手から放たれた雷は、一瞬で侍女たちを打ち倒す。侍女たちは黒焦げになってトイレに横たわるのだった。
「ホリーちゃん、大丈夫?王女の侍女たちがトイレに入って行ったから心配してきたんだけど……へ?」
トイレに入ってきたエレキテルが見たものは、気絶した侍女の姿だった。
「何があったの?」
「問題ない。負け犬たちが吠え立てただけ」
ホリーは平然とそう返す。
「そ、そう。ここはトイレでのいじめイベントだったと思うけど、まさか反撃しちゃうなんて、逞しくなったね」
「当然、冒険者たちに襲われた時を思えば、こいつらに絡まれることなんて怖くもなんともない」
そういって、胸を張る。
(あーそういえば、元の乙女ゲームのかよわい主人公と違って、すでに冒険者として経験を積んでいるだった。女生徒からいじめられて黙って泣いている気弱な聖女じゃなくて、武闘派聖女にジョブチェンジしているみたい)
順調に乙女ゲームの世界から遠のいていると知って、ほっとするエレキテルだった。
「『発雷』」
「ふごっ!」
学園の中庭で、ホリーにからもうとしていた侍女が黒焦げになる。
生徒たちはそれを見て、またかといった顔になった。
「まったく、懲りないわね」
「何考えているんだろう。聖女様に絡んだって、反撃されるだけなのに」
「勇者様に逃げられたからって、今更みっともなく執着して。グローリー王国の侍女って、恥ずかしくならないのかしら」
そんな噂話が耳に入って侍女たちが真っ赤になる。
ついに団結して、王子に苦情を言いに行った。
「王子様、なんとかしてください」
「私たち、何もしてないのに一方的に魔法をつかわれて……しくしく」
ウソ泣きしながら王子に取り入ろうとしたが、彼は冷たかった。
「エレキテルや他の生徒から聞いている。君たちはホリー嬢をいじめていたそうだね」
そう言われて、侍女たちは必死に言い訳した。
「ち、ちがいます。私たちの国の窮状を訴えていただけです」
「そうです。それに、今まで仕えて王を裏切って他国に逃げるような恥しらず、非難されて当然ではないですか!」
そう必死に訴えるが、王子だけではなく周りの女の子にも笑われた。
「何を言っているんだ?ライト君とホリー嬢を追い出したのは、君の国の王だろう?。彼らは裏切ったのでも逃げ出したのでもないよ」
「そうだよ。ライト君たちがいなくなって困ったのは自業自得。八つ当たりはみっともないよ」
エレキテルにも言われて、侍女は言葉を無くす。気が付けば、生徒たちから冷たい目で見られていた。
「ふ、ふん。こうなったら、セレニティ様に言いつけてやるんだから」
捨て台詞を残して去っていく。残されたホリーは、王子やエレキテルから慰められた。
「気にしなくていいからね。あんな奴らのいうこと」
「そうそう。ボクたちは君のこと信じているから」
そういわれて、ホリーは安心したように微笑むのだった。
「なんだって!ホリーがいじめられているだって!」
エレキテルから聞いたライトは、激怒している。
「こうなったら、その女たちを遠くから狙撃して暗殺して……」
「ち、ちょっと待ってよ。だめだって!おちつけこのシスコン!」
ライトの中に反逆の勇者が生まれそうになり、エレキテルは慌てて止める。
「とりあえず、ボクに任せてよ。女の子の世界に男が首を突っ込むと、ろくな事にならないから」
「……わかったよ」
しぶしぶ、ライトはエレキテルに任せるのだった。
「しかし、ホリーちゃんいじめイベントが始まるなんて。誰が黒幕なんだろう」
考え込むが、容疑者は一人しかいない。
「やっぱり、侍女を使って主人公をいじめているのは、セレニティ王女なんだろうなぁ」
彼女がやっている事は、前世の乙女ゲーム内でエレキテルがやっていたこととそっくりである。どう考えても、自分と彼女の配役が入れ替わったとしか思えない。
「だとすると、あのイベントが起きるかも。まてよ。それなら……」
あることを思いついたエレキテルは、イズナをつれて王女たちの部屋の下の階の部屋に来る。公爵家の権力で、無理やり借りて空き部屋にしていた。
「いい、イズナちゃん。ここの上の階にいる人の姿を透視してみせて」
「きゅい」
イズナがバンザイのポーズをとると、セレニティ王女と侍女たちが密談している映像が現れた。
「ぐるるるるるる!」
イズナはセレニティを見るなり、毛を逆立ててうなり声を上げる。
「イズナちゃん、あの王女嫌いなの?」
「きゅい!」
こくこくと頷くイズナ。
「そうか。じゃ王女の監視は君に任せるよ。えっと、こうやって操作して……わかる?」
エレキテルは、「漆黒の穴」でみつけたカメラをイズナに渡す。
「きゅい!」
イズナはうれしそうに受け取るのだった。
「そうか……失敗したか」
「申し訳ありません。奴には思ったより人望があるようで」
侍女が頭をさげる。今のホリーはライトと共にセントバーナード王国で英雄視されている聖女である。いかに王女とはいえ、ポッと出の彼女とは名声と信用度が違った。
「こうなったら、わからないように嫌がらせするのじゃ」
「はいっ」
そう命令を受けた侍女たちは、表立ってからむことをやめて、地味に嫌がらせをすることにした。
「教科書が破られている。鉛筆も全部捨てられている」
ホリーがちょっと席を外した隙に、何者かによって私物がぐちゃぐちゃにされていた。
その様子を、遠くから侍女たちが見てクスクス笑っている。
「かわいそうね」
「嫌われているんだわ。さっさとこの学園から出ていけばいいのに」
聞えよがしに言うので、ホリーより隣にいたエレキテルが憤慨してしまった。
「ちょっと!あんたたち!」
文句を言おうとしたエレキテルを、ホリーが止める。
「無駄。証拠がないとしらばっくれるだけ」
「うう……ボクが気をつけてさえいれば。まさか懲りずにこんなせこいことをするとは思わなかったよ」
ホリーへのいじめを止められなかったのは自分の責任だと、エレキテルは落ち込んだ。
「もうちょっとだけ我慢してよ。きっとボクが現場を押さえて捕まえてみせるから」
そんなエレキテルに、ホリーは笑顔を見せてきた。
「そんなのどうでもいい。教科書や鉛筆なんて、いくらでも買い換えられる。私はお金持ち」
「あー、そういえば、君はいまやセントバーナード王国でも一二をあらそうお金持ちだったよね」
シャイン家の財政事情を知っているエレキテルは、苦笑する。日本円で一千億円以上の金をもつ彼女にとっては、この程度の被害などあってないようなものだった。
「むしろ、こんなせこいことしかできないのが可哀想」
「たしかに。強くなったね」
エレキテルは成長した妹を見るような顔になって、ホリーをなでる。
「でも、確かにいちいち買い直すの面倒。だからやり返す。『発雷』
侍女たちの机に向かって雷を放つ。侍女たちは、自分の持ち物が黒焦げになるのを見て涙を流すのだった。