ホリーの苦悩
女子寮
女子寮では、ホリーが落ち込んでいた。
「セレス姉……もう私のこと嫌いになっちゃったのかな」
彼女はセレニティ王女を実の姉のように慕っていた。国王に追放された時も、彼女だけはかばってくれていると信じていたのである。
それが再会してみれば、自分などいない者のように無視されてしまった。これが故国を捨てた報いなのかと悲しくなってしまう。
「きゅい」
落ち込むホリーに、イズナが寄ってきた。
「慰めてくれるの。ありがとう」
なでようと手をのばすと、イズナの動きが止まる。
「ぐるるるるる……」
いきなり唸りだし、プイっと顔を背けてしまった。
「ど、どうしたの?」
「がるぅぅ!」
イズナはホリーを置いて、逃げて行ってしまう。
「そんな……イズナまで……」
さらに落ち込んでしまうホリーを見かねて、エレキテルが誘いに来た。
「ホリーちゃん。今日は疲れたでしょ。一緒にお風呂に行こう。ここの女子風呂は豪華なんだよ」
「……うん」
気を取り直して、エレキテルと共に風呂場に向かうホリーだった。
「ふう……」
熱い風呂に入って、ホリーはようやく気分がすっきりする。
「うっ……ホリーちゃん、結構胸あるんだね」
隣にいたエレキテルがそんな声をあげた。
「エレキテルの胸は……ぺったんこ」
「ボ、ボクはドワーフだから、仕方ないんだい」
エレキテルは真っ赤になって胸を押さえる。その時、どこからか笛の音が聞こえてきた。
「これは……王子の笛?」
「風流よねぇ。先輩から聞いたけど、この時間によく聞こえてくるそうよ」
「素敵!」
女子たちは笛の音を楽しみながら、リラックスして風呂につかるのだった。
風呂から上がったホリーは、部屋に戻る。すると、白い塊が飛びついてきた。
「きゅいきゅい!」
嬉しそうにホリーの顔をなめるのは、イズナである。
「あれ?さっきまで唸っていたのに」
「もしかして、変な匂いでもついていたのかもね。学園で誰かイズナちゃんが嫌いな人とホリーちゃんが接触して、警戒していたとか」
イズナの頭をなでながら、エレキテルはそう推理する。
「よかった。嫌われてなくて」
ホリーは笑顔を浮かべて、イズナを抱きしめるのだった。
一方そのころ、女子寮の近くでは、今年入学した男子が集まっていた。
「クーデル王子、男子寮の伝統行事ってなんですか?」
ライトが代表して聞く。
「うん。みんな、心して聞いてほしい。男子の間で代々受け継がれている秘密の場所を教える。いいか、教師たちに見つからないようにするんだぞ」
クーデルは、風呂場の近くの倉庫に案内する。
「ここは?」
「ふっふっふ。この学園が設立された時、ボクがひそかに命令して特別に作らせたんだ。よし、そろそろだな。『風吸』」
倉庫の壁に作られた換気扇にむけて、笛を吹く。しばらくすると、石鹸の匂いと共になんとも良い匂いが漂ってきた。それと同時に、キャッキャと楽しそうな女子の声も聞こえてくる。
「くんくん……こ、これは?」
「なんだ?何の匂いだ。なぜか心がときめく」
男子生徒たちは、漂ってくる匂いにうっとりとなる。
「ふふふ、ここの換気扇はパイプを通して女子風呂とつながっているんだ。この空気は、麗しき女子たちの肌をなでて匂いを運んだものなんだぞ」
鼻の孔を全開にしながら、王子は自慢した。
「なんですと!」
「こ、これが女子風呂の匂い……うっ!」
男子生徒たちは胸いっぱいに魅惑の匂いを吸い込み、堪能する。
「ふふふ……風呂を覗くのは犯罪だ。だが匂いを嗅ぐのは合法!」
「いや、アウトでしょう」
ライトは突っ込むが、男子生徒たちはブンブンと首をたてに振った。
変態と化した男子たちに、クーデルは釘を差す。
「いいか、この秘密の花園の使用は交代制で順番だぞ。決して教師に見つかってはいけないぞ」
「はい!王子様!一生忠誠を誓わせていただきます」
こうして王子は男子生徒たちの心をつかむ。セントバーナード王国の諸侯が長年王家に忠誠を誓い、国内がまとまっているのは、こうして魔法学園時代にこうして一致団結する経験を積んだからなのだった。
セレニティ・グローリーは、自室で寛いでいた。
「どうやら、無事に学園に潜入できたようじゃな。フォックスシャドウたちよ」
「はい。お館様に再び会えて、嬉しいです」
周りにいた侍女たちから、尻尾が出る。彼女たちも、ハクメンの眷属に取りつかれていた。
「それでお館様、これからどういたしますか?」
「うむ。我ら幻狐族は、すでに滅ぼされ実体を失っている身。まともに人間たちと戦っても勝ち目はないであろう」
セレニティ、いや彼女にとりついたハクメンは冷静にそう分析する。
「幸い、この体はセントバーナード王国の王子と婚約しておる。こうなったら奴を虜にして、内部から人間社会を滅ぼそうと思う」
人間社会を滅ぼすための陰謀を語る。
「しかし、彼の近くには勇者と聖女がいます」
「うむ。あの忌々しい光の魔力を感じた時は、あやうく襲い掛かる所じゃった」
ハクメンは忌々しそうに唾を吐き捨てる。
「そんなことをすれば疑われます。ご自重ください」
「うむ」
なんとか自制して、怒りを抑える。
「うむ。こうなったら、奴らを学園から追い出そうと思う」
ニヤリと笑うと、計画を話し始めた。
「よいか?そなたたちは奴に嫌がらせをするのじゃ。そうすれば、この国に嫌気をさして別の国に逃げていくはず」
「かしこまりました」
侍女たちは面白そうな顔になるのだった。




