ハクメン
セレニティと王女は、神殿の隣にある社に泊まることになった。
村の周囲に護衛兵を配置させると、エドウィンは村の中央に設営されたテントに入る。
「くく……この剣を手に入れてから、どうにも体がほてって眠れねえ。魔物でも襲ってきたら暴れられるんだが」
テントの中で、『業火の剣』を見ながらそんなことをつぶやく。
その時、村の外を警備していた兵士から緊急連絡が入った。
「魔物の大群が襲ってきた?」
「は、はい。私たちでは手に余ります。いかがいたしましょうか?」
それを聞いて、エドウィンは嬉しそうにテントを飛び出す。
「俺に任せろ!」
「いけません!殿下の守りが最優先です!」
必死に止める副隊長を無視して、エドウインは村を飛び出す。襲ってきたのは、炎をまとったキツネの魔物だった。
「死ね!」
振り下ろしたエドウィンの剣を、キツネはさらりと交わす。そして馬鹿にするようにコーンと鳴き、後ろを向いて走り出した。他のキツネたちも、からかうように彼の周りを飛びはねてコンコンと鳴く。
「待て!逃げんな!」
いつの間にか、エドウィンと兵士たちは村から遠く引き離されていた。
「面白い床ですね。タタミというらしいです」
社では、草で編んだ厚いゴザの上に乗ったセレニティがはしゃいでいた。
「申し訳ありません。ベッドもないとは」
「いえ、床で寝るのは初めてですが、これも旅先ならではの貴重な経験でしょう」
畳の上に直接寝具を置き、そこに横たわる。
「では、ごゆるりとお休みください」
侍女たちが下がり、セレニティは一人になった。
耳を澄ますと、コーンというキツネの鳴き声が聞こえてくる。
「キツネの鳴き声……グローリー王国でも白い狐を飼っていたわ。ライト君が追放された日にいなくなったけど、今頃どこかで元気にしているのかしら」
そんなことを思いながら横になっていると、彼らのことが思い出されてくる。ライトとホリーとは幼馴染で、小さい頃はよく一緒に遊んでいた。
「あの頃は楽しかった。勇者ごっこでいつもホリーちゃんとはお姫様役をめぐって張り合っていたな」
幼い頃の無邪気な遊びを思い出して懐かしくなる。同時に、少し悲しくなった。
「なぜライト君はグローリー王国に戻ってきてくれないの?今こそ我が王国は勇者を必要としているのに」
故国が宰相一派に国を乗っ取られようとしているのに、勇者の一族は他国で栄達している。彼らを追い出したのは自分たちだとわかっているが、それでも帰ってきてくれない彼らに少し不満を持っていた。
「ライト君が帰ってくれば、私と結婚して王位をついでもらい、勇者と王の権威を以て国をまとめる。それですべて丸く収まるのに」
そんなことを思っていると、冷たい風が吹いてきた。
「くく……その願い、かなえてやろう」
「誰?」
突然聞こえてきた冷たい声に、セレニティはドキッとする。いつの間にか、部屋中に金色の霧が蔓延していた。
「くくく……炎のオーブが組み込まれたあの剣にずっと封じられていたが、ようやく解放された。ワラワは六魔鬼の一人、闇火のハクメン」
目の前に、炎をまとった八本の尻尾を持つ優美な美女が現れる。その幻想的な美しさに、いつしかセレニティは見とれていた。
「ワラワにはいまだ実体がない。復活を託した最後の尻尾も行方不明じゃ。こうなったら、そなたの身体を借りるしかあるまい」
美女が近づいてきて、セレニティの意識は闇に落ちていった。
数時間後
「くそっ!あのキツネめ!どこに行った!」
プンスカと怒りながらエドウィンが戻ってくる。追っていたキツネたちはまるで幻のように消えてしまい、一匹も仕留められなかった。
「エドウィン様!職務放棄ですぞ!王国に戻ったら軍務大臣に報告させてもらいます!」
戻って来るなり、副隊長に叱られてしまった。
「うるせえぞ!何も起こらなかったんだから、いいだろうが!」
ぶつぶつ文句を言いながら、王女の泊まっている社にやってくる。
「セレニティ王女、大丈夫でしたか?」
「ええ、問題ありません」
副隊長の問いかけに、障子ごしに返事が返ってくる。
「御免。役目なれば、ご尊顔を拝謁したいのですが」
「いいでしょう」
障子が開いて、セレニティがでてくる。彼女の髪はいつの間にか銀髪から金髪に変わっていた
。
「そ、その御髪は?」
「嫁ぐにあたり、「いめちぇん」してみたのです。どうです?似合いますか?」
妖艶な笑みを浮かべる。その美しさに、エドウィンは見とれてしまった。
「さて、エドウィン卿」
「あ、ああ」
「引き続きわたくしの護衛をお任せします。わたくしを守っていただけるのは、あなただけなのです。頼りにしてもよろしいでしょうか?」
それを聞いて、エドウィンは奮い立った。
「任せな!魔法学園でも俺が守ってやるぜ!」
こうして、イナリ村での魔物襲撃はささやかな事件として公式記録にも残されず、旅は続いていくのだった。
シャイン島では、開拓民たちによるシャイン家の送別会が行われていた。
「ありがとうございます。これでなんとか生活できそうです」
「当主様、領主様がお戻りになるころは、もっと発展させておきます。ご勉学に励んでください」
ライトとホリーを取り囲んで、別れを惜しむ。
「あはは。頑張ってください。あとを頼みます」
「……この子たちをお願い」
ホリーは、名残惜しそうに自分についてきている蛇鳥の雛たちをなでる。
「基本的な生活インフラはできました。また、冒険者ギルドの支部もできることが決まりましたので、多くの冒険者が集まってくるでしょう。お戻りになられるまで、私がこの領地をお預かりします」
セバスチャンがそういって、頭を下げる。
「我々『光の騎士団』は、勇者様を魔法学園に送り届けたのち、拠点をここに移します。冒険者たちと協力して、この島の治安を守りましょう」
ドラッケンもそういって、胸を張る。ライトとホリーが魔法学園に通っている間、セイレーン号は王都とシャイン島を行き来して、物資と人員を運ぶことになった。
「それでは、行ってきます」
開拓民たちに手を振られながら、セイレーン号は空に飛び立った。
「ふう。闇蛇シーサーペントの復活イベントは起きなかった。ほっとしたよ」
船内でエレキテルは胸をなでおろす。
「でも、これからなんだよなぁ。いよいよ魔法学園かぁ。悪役令嬢に仕立て上げられないように頑張らないと」
魔法学園入学前に、エレキテルは「シャインロード」攻略のために書いた自分の日記を読み返していた。
「えっと、ヒロインであるホリーちゃんの攻略相手は、クーデル王子と勇者ライト君のほかに、あと三人いるんだよね」
それぞれの性格と地位、魔法属性などを確認する。
「ボクは勇者ルートの最悪のバットエンドをクリアした次の日に事故で死んじゃったから、他ルートで何が起こるかわからないけど、よくもまあ濃いキャラをあつめたよね」
オラオラ系、エリート系、金持ちお笑い系など、いろいろなタイプがそろっている。
「ゲームしていたころは感じないかったけど、生身で見るとちょっとげんなりするよね。ロリコン王子がまだしもマシに思えてくるよ」
今迄集めた彼らの情報を見返して、ため息をつく。
「ホリーちゃんはもう完全に勇者ライト君しか目に入らないみたいだけど、それとは関係なしにちょっかいかけられるかもしれない。監視しておかないと」
そう思ったエレキテルは、改めて気合を入れなおすのだった。




