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7.本物と偽物

 ヴィンスは舌打ちしたくなった。

 魔女サレが何かしら思惑を持ってフィーに憑いているなんて、簡単に想像できることだった。なら、もう少し警戒すべきだったんじゃないか。


 サレは、これだけ探しても手がかりすら掴めない以上、スイとカーティスはもうとっくの昔にどこか遠方へ逃げたと考えたのだろう。

 当然だ。だって、この町に残ったところでいいことなどひとつもない。だからサレは、次に“自分こそが本物のフィーである”という成り代わりを考えたわけだ。

 何のためかは不明だ。けれど、これまでの行動を考えるに、領主継嗣であるソウを手に入れたいか領主家そのものを手に入れたいか、だろう。

 この状況から推測できるのは、そのくらいだ。


「魔女はきっと、スイ様を殺して成り代わってたんです。そのことがばれてしまったから、今度はわたしに成り代わろうと……そうやって、ソウ様たちを騙したんです」


 フィーの連行されたほうをちらりと見て、“フィー”は悲しげに顔を曇らせる。ソウはもちろん、“フィー”がスイのことまで思いやる優しい娘だと感激して、彼女を慰めている。


 へー。


 ヴィンスは感心した。

 なんていかにもなセリフだ。


 魔術師や司祭がいないこの町なら、真実を明らかにする手段は限られる。

 神の御前での嘘は吐き通せなくても、ただの人間の前なら嘘はたやすく真実へとすり替わるのだ。


「ソウ様、あのフィー……じゃなくて、魔女はどうするんです?」

「重罪人が決して逃げられないようにと作った地下牢がある。処刑までそこに閉じ込めておこう。たとえ魔法を使おうとも、逃げられない牢だからな」

「なるほど……それなら安心ですね」


 この分では、明日にでもフィーの処刑を行うつもりか。

 時間はあまりない。



 * * *



 深夜遅く、月が傾くのを待って、ヴィンスはカーティスを訪ねた。

 領主家はすでに辞している。

 魔女である“フィー”が表に出てきたのだ。するずる長居してヴィンスの素性がばれてもまずい。“フィー”も、ヴィンスにはさほど執着していなかったのか、すんなりと出られたことにはほっとした。


「兄貴、サレが動いたよ」


 眠っていたはずのカーティスは、窓を開ける気配で既に起きていた。


「動いた?」

「今度は、本物のフィーを魔女が化けてる偽物にでっち上げて、魔女がフィーに成り代わったんだ」

「何? では、そのフィー嬢は」

「地下牢だと思う。魔法が利かない場所だってさ」


 カーティスはじっと考え込む。

 フィーはたしかにスイを陥れた首魁ではあるが、それも魔女の策略あってのこととすれば、見捨てるわけにはいかない。


「カシュ殿、起きているか」

「ここに」


 スイの寝室の扉を開けて、“影舞(かげまい)”カシュが現れた。


「カシュ殿は、領主家の地下牢の場所をご存知だろうか」

「ク=バイエ領主家の、帝国時代に作られた地下牢のことであれば。

 “大災害”前には、もちろん魔法使いや魔術師の罪人もいたので、そういった者を捕らえておくために作られた牢があるとは聞いている」

「場所わかる?」

「だいたいなら……だが、中のようすまではわからない。私の知る限り、最後に使われたのは、たしか十年ほど前であったかと思う」

「じゃ、そのだいたいでいいから教えてよ」


 カシュは頷いて、「いかがなさるつもりか」とヴィンスを伺った。


「ほっといたら後味悪いし。それに……フィーが完全に無実とは言わないけどさ、地下牢なんて女の子を入れとく場所じゃないだろ?」


 ヴィンスの言葉に、カーティスも眉をひそめる。いったい何を考えているのかと。


「ヴィンス?」

「兄貴、だからコトが起こるまで、もうひとりここに匿ってよ」

「さらに罪人が逃げたとなれば、警備がさらに厳しくなることくらいわかるだろう。身動きが取れなくなるぞ」

「大丈夫。罪人は逃げないから。

 それより、フィーの処刑の時には絶対魔女が表に出てくると思うんだよ。だから、兄貴にはそれを待ち構えておいて欲しい」


 おどけて肩を竦めるヴィンスに、カーティスの眉が思い切り寄せられる。


「――ヴィンス、お前どうするつもりだ」

「うちのお家芸で、なんとかならないかなって」

「ヴィンス」


 カーティスが睨むようにヴィンスをじっと見つめる。はぐらかすようなヴィンスの態度からは、ロクな事を考えていないとしか感じられない。


「――だってさあ、わからないことだらけじゃん? これ以上待ってても後手後手に回るだけだろ。気付いた時には何もかもが手遅れってことになってもいいの?

 父さんも叔母上もいつも言ってただろ。機を見るに敏、機先を制しろ、先に殴ったほうが勝つって」

「ヴィンス……お前、その手始めとして、フィー嬢と自分が入れ替わろうとでもいうのか?」


 これ以上ないほど眉間に皺を刻んで、カーティスは大きく溜息を吐く。“影舞”として感情を表に出さないよう訓練を積んでいるはずのカシュも、驚きに目を見開いていた。


「お前が万が一のことになれば、私が母上に顔向けできなくなるのだが」

「そこは、まあ、気をつけるって。俺、けっこう運がいいほうだからさ。

 あっちだって、処刑までフィーに何かするつもりはないと思うんだ。だって、スイ姫さんの時に、あんな公開処刑をしようとしてたんだよ。今度こそ、皆の目の前で間違いなく魔女が滅んだと知らしめたいって考えてるはずだからね」

「ただ閉じ込められるだけでは済まないぞ」

「あとで兄貴が治してくれるって期待してる。なんとかうまくやるよ。それに、魔女の目的がわかるかもしれないだろ?」


 カーティスは渋面のままもう一度溜息を吐いて、「仕方ない」と呟いた。


「私に代案がない以上、お前の案に乗るしかない。

 だが、くれぐれも注意しろ。相手は“魔女”なのだ。生命さえあればいくらでも再戦できるという家訓も忘れるなよ」

「わかってるって。じゃ、まず臨時の使い魔を呼んで、ここに置いてくから」

「ああ」



 * * *



 どうしてこんなことになってるんだろう。


 暗く湿った地下牢で、フィーは蹲っていた。

 着の身着のまま連れて来られたきり、誰も来ない。

 トイレも無ければベッドも無く、そもそも手を縛る縄も猿轡もそのままで、さらに鎖のついた足枷まで嵌められて、冷たい床に転がされている。

 喉は渇いてお腹も空いて、もう泣く力すら残っていない。


 どうしてフィーが魔女にされてしまったのか。

 あの、フィー自身としか思えない女は、誰なのか。

 何もわからないけれど、ソウは本当の“魔女”はフィーだと思っていて、だから、今度はフィーが魔女として処刑されることだけは理解できた。


 でも、フィーは本当に魔女なんかじゃないのに。


「――ああ、やっぱり一番奥だった」


 格子のはまった扉の向こうにいる誰かを誰何しようとして、掠れた声だけが漏れる。牢番すら怖がる魔女を閉じ込めた牢に、いったい誰が来たというのか。それとも、惨めなフィーを嘲笑いに来たのか。

 どうにか顔を上げて伺うフィーの目の前で、ガチャガチャと金属の鳴る音の後に、ギィッと厚い扉が開いた。

 もしかして、フィーが処刑される時間になったということなのか。暴れる気力もなく、フィーはただじっと扉を見つめる。


 そこに男がひょっこり顔を出す。

 女みたいなきれいな顔立ちのちょっと軽そうな男、“ヴィーニー”と名乗っていた吟遊詩人……ヴィンスは、フィーを見てにっこり笑った。


「遅くなって悪かったね」


 何しに来たんだろう。

 彼だって、あそこでフィーを魔女だと信じたのじゃなかったか。フィーを断罪こそすれ、「悪かった」なんて言葉が出てくるはずもない。

 もしかして、幻聴だろうか。


「どこか痛い?」


 フィーはただ頭を振る。

 困惑するフィーの前で、ギィィとさらに扉を軋ませて、ヴィンスが入ってきた。

 ヴィンスはすぐに片膝をついてフィーを覗き込むと、猿轡をさっさと取り去ってしまった。ついでに縄も解いて、足枷まで外してしまった。


 あ、と、ひとつだけ思いついて、フィーの背を嫌な汗が伝う。

 だって、こういう展開は、物語では定番だったじゃないか。

 大人向けの物語の中で、牢に入れられた悪い娘が、牢番や囚人たちに手籠めにされるという展開だ。相手がきれいなヴィンスだからマシなのかもしれないけど、ヴィンスが変な趣味を持っていれば、フィーはいったいどうなるのか。

 もしかして自分はバッドエンドを迎えてしまったのかと、フィーは震え出した。ガタガタ震えながら、このまま酷い扱いを受けたあげくに、処刑されるのではなく奴隷に落とされるのだろうか。

 そんな絶望感にまで襲われる。


「わた、わたし……本当に、魔女じゃないの」

「うん、知ってるから」

「お願い、酷いことしないで」

「何もしないから、怯えないで」

「わたし、ヴィーニーの奴隷にされるの?」

「――え?」

「それで、に、肉べん……」

「え!? いや!?」


 ひくっと喉を引き攣らせるフィーに、ヴィーニーは慌てだす。


「待って? 君、何か変なこと考えてる? 俺、ここから君を出すつもりだし、人身売買なんてするつもりないし、君に乱暴するつもりもないし……そもそもそんなことしでかしたら、俺、兄貴に天誅だって殺されちゃうし」

「だって、わたし、バッドエンドで」

「――とにかく、君はここから出るんだよ」

「でも……」

「大丈夫」


 涙をいっぱいに溜めて蹲ったままのフィーを、ヴィンスは抱き起こした。それから、ヴィンスの言うがままに服を変えたフィーに頭からすっぽりとマントを被せて、ひょいと抱え上げる。


「じゃ、声を出さないで、静かにしてて。さすがにこの中から直接は“転移”できないんだ。まずは外に出ないと」

「てんい?」

「そ。俺、趣味で詩人って名乗ってるけど、どっちかっていうと魔法のほうが得意なんだ。母さんの血筋が出たみたいでさ」

「ヴィーニーって、魔女なの?」


 呆然としたまま尋ねるフィーに、ヴィンスは思いっきり顔を顰めてみせた。


「魔女じゃなくて魔法使い。俺、悪堕ちなんてしてないから。あと、ヴィーニーじゃなくて、ヴィンス」

「え? ヴィンス?」

「そ。ヴィーニーは俺が詩人やってる時の名前で、本名はヴィンス」


 軽々とフィーを抱いたまま、ヴィンスは牢の中を抜けていく。

 入り口の扉は開いたままだったし、見張っているはずの牢番も突っ伏したまま顔を上げようともしない。


 まさか、とフィーはヴィンスの顔を見上げた。


「もしかして、わたし、攫われてるの?」

「その通り。だから、静かにしてって言ってるだろ?」

「でも……」


 フィーは罪人だ。魔女として牢に入れられたのだ。罪人を攫えばヴィンスだって犯罪者になってしまう。

 それでもフィーを助けようなんて……。


「もしかして、ヴィンスがヒーローだったの? ソウ様じゃなくて」

「は?」

「だから、ソウ様は偽物のわたしに騙されてしまったの? 本当のヒーローはヴィンスだったから、ヴィンスが助けに来てくれたの?」

「君、何言ってるの?」


 ヴィンスは思わず足を止めてしまう。

 本当のヒーローとかなんとかとは、どういう意味なのか。

 ソウと一緒にいるときもどこか浮ついたお花畑思考だなとは感じていたけれど、もしかして妄想癖があるというのか。


「だって、そうじゃなきゃおかしいもの」

「まさか、物語と現実の区別が付いてないとか言わないよね。頭大丈夫?」

「ちゃんとしてるわ。それに、わたしは知ってるの。転生したって思い出した時に、サレ様がそう教えてくださったから。

 ここは物語の世界で、わたしはその物語の女主人公(ヒロイン)なのよ」

「その……君が“サレ”って呼んでる何者かが魔女で、皆を騙して君とすり替わった挙句、君を魔女に落としてこんな目に合わせてる張本人なんだけど」

「え? どうして? サレ様が本当のヒロインの障害だったの?」


 まん丸に目を見開くフィーは、本気でここが物語の世界だと信じているようで……ヴィンスはつい溜息をこぼしてしまった。


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