表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そしてヒロインは途方に暮れる(なろう版)  作者: 銀月


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/19

17.ヒーローとヒロイン

「聖女様、なんて美しい」


 唇にひときわ鮮やかな紅をさし、繊細な模様を織り込んだ幾重もの白い薄布を重ねた花嫁衣装を着付けたフィーを、侍女たちが褒め称える。


「ソウ様もきっと驚きますわ」

「こんなに美しい花嫁なんて、他にはおりませんもの」

「ありがとう。こんな素敵な衣装と着付けてくれた皆のおかげだわ」


 フィーはにこりと微笑む。


 この姿をヴィンスが見たら、どんな風に歌ってくれただろうか。

 そんなこともちらりと考えるけれど、もちろんヴィンスはいない。ほんの二日前に“玄鳥_(くろとり)(さと)”を出てしまった彼らは、今どの辺りにいるのだろう。

 申し訳ないが式典には出られないのだ、とカーティスは挨拶に来てくれたが、ヴィンスとはとうとうまともに顔も合わせないままだった。

 せめて、最後くらいはちゃんと話をしたかったのに。


 小さく吐こうとした溜息を、フィーは呑み込んだ。

 溜息なんて、これから結婚式に臨もうという花嫁にふさわしくない。


 とうとう本当に、“王子様”のソウと結婚してしまうのか。

 フィーは窓の外に広がる青空を見上げた。


 いつかソウが言ったように、天の御使いが迎えに来たら結婚なんてしなくて済むのに。でも、空には御使いどころか雲ひとつ無い。


 コツコツと扉が鳴った。


「聖女様、ソウ様ですよ」


 侍女の言葉に、フィーはにっこりと笑う。

 花嫁なら、花婿の迎えが来たのだから笑わなくては。


「フィー、きれいだね」

「ソウ様も、素敵です」


 口にした言葉は上滑りして染み込むことなくこぼれ落ちていく。

 大丈夫、ソウはきっと良い夫となるだろう。だから、自分だってソウの良い妻になれるはずだ。今すぐは無理だ。でも、政略で婚姻を結んだからといって、良い夫婦になれないわけじゃない。


 差し出されたソウの手に自分の手を乗せて、フィーは歩き出す。

 纏った衣にふさわしく、ゆっくり、優雅に、静かにソウと並んで歩き出す。

 使用人の誰かが、感極まったようにほうと溜息を吐いた。

 廊下を進み、外へ出る。集まった人々が見守る中、儀礼服姿の侍祭の先導で、屋敷の祈りの場へと向かう。そこには、今日のために近隣から招いた地母神の司祭が待っているはずだ。


「フィー」


 小声で呼ばれて、フィーは顔を俯けたまま視線だけをソウに向けた。


「この期に及んでと思うかもしれないが――私がお前のことを可愛らしく好ましいと感じていたのは本当だった。だが、それは愛と呼べるほどのものではなかったのだよ」

「ソウ様……?」


 急に……それに、どうして今さらなことを言い出しているのだろう。こんな、もうどうにもならないところに来て、どうして。

 フィーは訝しむようにもう一度ソウへ視線を戻す。


「あの悪魔に惑わされていたとはいえ、なぜこのようなことになるまでわからなかったのか。つくづく、自惚れていたのだなと思うよ」

「――わたし、ソウ様のこと、理想の王子様だってずっと憧れてました。ずっと王子様と結ばれるお姫様になりたいって、お姫様にも憧れてたから……だから、わたしも舞い上がって勘違いしちゃったんです。

 わたし、ソウ様のことを愛してるんだって、勘違いしてて……」

「そうか、勘違いか」


 ソウがふっと自嘲するような笑みを浮かべた。

 フィーもソウも取り返しのつかないことをしてしまった。だから今、罰を受けているのだろう。これは、ふたりの自業自得なのだ。

 フィーはそっと息を吐く。


「だからわたし、ソウ様に憧れてただけだったんだって、今さらわかったんです。ソウ様は本当に素敵な王子様だったから。でも……」

「つまり、私たちはふたりとも同類だったということになるな」

「同類……そうか、そうですね」


 ソウのことは嫌いじゃない。ただ、恋心だと思ってた気持ちが勘違いだっただけだ。それなら、これから改めてソウを好きになればいい。

 ――だって、ヴィンスはもうここにいない。


「ソウ様、わたし、いい奥さんになれるようがんばります。素敵なお姫様みたいにできるかはわからないけど……」


 だから、ソウ様の妻にふさわしくなれるようがんばります。

 ゆっくり、ゆっくりと歩を進めながら、そう、フィーが続けようとしたところで、急にソウが立ち止まった。


「フィー、諦めるのは早い」

「え?」

「私は遅かったが、お前はまだ間に合う」

「ソウ様?」


 祈りの場の目の前で立ち尽くすふたりに、周囲がざわめき始めた。

 先導していた侍祭が気付いて振り返った。訝しむように「花婿殿?」と声を掛けて――それから唖然とした顔で目を丸くする。

 フィーは首を傾げた。

 いったい何がと侍祭の視線を追って振り返り、目を瞬かせる。

 集まった人々も、いつのまにかしんと静まり返っていた。


「あれ……?」


 太陽を背に、何かが降りてくる。

 顔は影になってよくわからない。金色の髪に銀に輝く鎧、腰に剣を佩いて、ばさりばさりと大きな翼をはためかせて、ゆっくりと空から降りてくる。


「そんな……なんで? なんで、来たの?」


 あの日見た天の御使いだった。

 内から輝くような、光を纏う善き神々の御使い……けれど、なぜ今ここに現れたのか。訳がわからなくて、フィーは思わずソウにしがみつく。

 けれど、震えるフィーの耳元で「大丈夫だ」と囁くソウに、動揺はないようだった。


『聖女フィー、迎えに参った』


 どこからともなく、声が響く。

 びくりと肩を震わせて、フィーは御使いを見上げた。


「わ、わたし……」

『聖女フィーよ、こちらへ』


 地上すれすれまで降りてきた御使いが、フィーに手を差し伸べた。その手を取るべきなのかどうなのか、フィーはおろおろとソウと御使いを見比べてしまう。

 そんなフィーの肩に手を回して、ソウが軽く抱き寄せた。


「御使い殿よ、フィーを迎えにとはどういうことか」


 ソウは、ことさらに声を張り上げ、御使いに問う。

 御使いは手を差し伸べたまま、ちらりとソウに目をやった。


『聖女は神の愛し子であり、天に還ることを定められている』

「今になってなぜか! あの日、連れ帰れば良かったではないか!」


 ソウが声を荒げる。

 天からの御使いに向かってそれは、不敬なのではないか。

 フィーはソウの手を強く握り締める。


「ソウ様、ソウ様いけません」

『猶予を与えたは、聖女フィーの望みゆえ。聖女フィーは、地上の親しき者たちとの別れを惜しむための時を欲したのだ』


 ようやくソウと結婚する踏ん切りがついたと思ったのに……それに、フィーはそんなものを望んだ覚えなんてない。

 見上げるフィーに、ソウが小さく首を振る。


「そんなの……ソウ様、わたし、天に帰る気なんて……」

「フィー」


 フィーの耳元に、ソウが口を寄せる。


「スイに伝えてくれるか」

「――え? スイ様に?」

「スイの幸せを祈っていると」


 フィーはハッとソウの顔を凝視する。

 それから、御使いへと視線を移すと……。


「フィー、ここに残りたいんなら残ってもいいんだよ」

「まさか、ヴィンス?」


 さっきと違う聞き覚えのある声に、フィーは呆然とする。

 姿はどう見ても神々しい天の御使いなのに、今の声はどう考えてもヴィンスの声だった。

 目を見開いたまま動けずにいるフィーに、御使いはヴィンスの声で「さっさと決めなよ」と急かす。


「で、でも……」


 それでも逡巡するフィーの足元に、ソウが跪いた。


「聖女フィー。あなたが慈悲深く慈愛に満ちていることは、私もよく存じている。あなたがこの地に残る血縁のことを憂いていることも存じている。

 だが、心配はいらない。あなたが天へ帰ろうとも、彼らは今以上の咎を受けることはないと、ソウ・ク=バイエの名にかけて約束しよう」

「ソウ様……」


  皆に聞かせるように宣言したソウが、フィーの衣の裾に口付ける。


「わたし、ちゃんと、スイ様に伝えます。それで、わたし……わたし、ソウ様の代わりに、ちゃんと、スイ様が幸せになるのを見届けますから……」


 御使いのほうへと一歩踏み出すフィーに、ソウはにこりと笑った。


「ソウ様、ごめんなさい。ありがとうございます」

「さようならだ、フィー」


 フィーが御使いの手を取った。

 それを合図に御使いの輝きが増し……そして、唐突に消えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ