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そしてヒロインは途方に暮れる(なろう版)  作者: 銀月


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14.本物と本物

 何が、どうなっているのか。

 ソウ・ク=バイエは混乱の極みにいた。


 門を閉ざす前も閉ざした後も、怪しい者は町に入っていないはずだった。“魔女”も、おとなしく牢に囚われたままで、今日の処刑さえ執行できれば、また、以前のような平穏を取り戻すはずだった。

 なのに、隣にいたはずのフィーが悪魔に変わり、魔女だった者は吟遊詩人に姿を変えていた。


「衛士達、何をしているのです! お前たちの役目を果たしなさい!」


 あれは。

 衛士に向かって檄を飛ばす者を見れば、スイだった。髪は短くなり、男装をしているが、たしかにスイだった。


「生きて、いた?」


 死んだと思っていたのに……いったい、どうやって?

 呆然とするソウを、スイがちらりと見る。

 お前は何をしているのだ、木偶の坊。

 そう、言われた気がして、ソウは慌てて剣を抜いた。


 剣を振りながら、衛士たちに指示を飛ばす。

 この魔物……悪魔を逃してはならない。必ず仕留めなければならない。

 だが、悪魔の纏う甲殻は固く、なかなか剣が通らない。


 チ、と苛つくソウの元に、鳥が一羽飛び来たった。こんな昼間にヨタカ? と訝しんだ瞬間、剣に光が灯る。

 遅れて、澄んだ歌声が広場いっぱいに響き渡り、悪魔たちの動きが精彩を欠いていく。

 これはフィーの声? フィーの、歌?

 声の方向を確かめれば、詩人の後ろに隠れるようにして歌っているのは、間違いなくフィーだった。

 ソウは驚きに一瞬だけ目を瞠り、それから声を張り上げる。


「今だ! この魔のものを一掃しろ!」




 カマキリもどきの悪魔の動きが鈍ったように感じた。

 けれど、そうだったらいいと思うフィーの、気のせいかもしれない。


「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、万軍の主たる神よ」


 とにかく聖歌を……学校で教わった歌を、思い出せる限りひたすら歌っていく。たぶん、正式な聖歌とは言えない歌も混じっているだろう。けれど、全部神のために歌った歌なのだからいいんじゃないか。


「フィー様は、本当に聖女の再来でしたのね」

「へえ、聖女か。確かにね」


 いつの間にか、カシュとスイがヴィンスに加勢していた。思わずぶんぶんと首を振るフィーを励ますように、ヴィンスが頷く。

 聖女なんて、冗談じゃない。

 フィーはたまたま前世のことを覚えていただけなのだ。いわゆる“ミッション系”と言われる学校の学生だったという前世のことを。


「天のいと高きには神の栄光を、大地には善き人々に平和を。

 我ら主を褒め讃え、祈り、賛美する。

 我らが主のおおいなる栄光ゆえに、感謝を奉らん」


 でも、余分なことは後で。

 今はひたすらに歌うだけだ。


「おお、素晴らしき神の恵みよ、なんと甘美なる響きか。

 憐れなる我らをを救いたもうた。

 かつては迷い子であった我らは、今や見出された。

 かつては(めしい)ていたが、今は見える……」


 広場のあちこちが、悪魔の放った魔法の炎で焼け焦げているのが見えた。群衆は、いつの間にかいなくなっていた。

 皆、焼かれずに逃げられたなら良いのだけど。

 ヴィンスも、時折歌を混ぜながら、魔法で全員の援護をしている。

 カマキリもどきにやられて倒れた衛士も何人かいるようだが、ソウと無事な衛士達が応戦している。


「フィー……まさか、お前のほうとは!」


 頭上から、低く唸るような声が響いた。

 呪うようなサレの声と光に、フィーは思わず首を竦める。


「ひ……」

「“魔力の盾よ、守れ”――フィー、大丈夫だよ。歌って」

「貴様の相手は私だ!」


 ヴィンスの魔法の盾がサレの炎の矢を逸らした。カーティスがその隙を突いて薙いだ剣が、サレを捉える。

 けれど、与えた傷は浅い。


 サレは戦いに秀でた悪魔だけに、そうそうやられてはくれないらしい。

 武器を距離に合わせて弓や剣に変化させるうえ、弓も剣も手練れといっていいほどの腕なのだ。

 おまけに魔法も使う。ヴィンスやカーティスがある程度は邪魔をするが、すべてを止めきれるわけでもなく……。


 どん、と破裂音がして、カマキリもどきの相手をしていた衛士たちが吹き飛んだ。ひとつ舌打ちをして、ヴィンスはすぐに恐慌をきたした衛士隊を落ち着かせ、鼓舞しようと曲を奏でる。

 詞を付けるとフィーの歌を阻害してしまう。簡単なメロディだけの曲だ。

 フィーは目をつぶってひたすら声を張り上げる。

 怖くてたまらないけれど、ここでやめてしまうのはもっと怖い。


「喜びよ、神々の齎せし美しききらめきよ

 エリュシオンより来たりし娘たちよ!

 我ら炎に呑まれるがごとく、あなたの聖域に入る!」


 ヴィンスは隙を伺いつつ、ソウや衛士の武器に魔力付与の魔法をかける。ほんの少しの時間しか持たないけれど、数があればそれだけ悪魔を弱らせられる。


 ――が。


「さすが、まともに戦うと悪魔って強いな」


 やはり、司祭がひとりもいないというのはつらい。

 負傷した衛士を癒すこともできず、神の加護で悪魔の力を弱めることもできない。サレだけならカーティスひとりで十分だけれど、低級とはいえ他に三体も悪魔がいる。

 多少の傷は負わせていても、三体ともまだ余力があるようだ。

 衛士の負傷ばかりが増えていく。カーティスもよく戦ってはいるが、それでも決め手に欠ける。

 戦いが長引けば、どんどん不利になるだけだろう。

 ヴィンスの魔法だって、そろそろ底をつく。


「あー、できるかな。できるとは思うんだけど、その後だよな……」


 ヴィンスは一瞬だけ考えた。

 そもそも、魔法使い(ソーサラー)としての実力だって、不足しているのに。


「ま、何とかなるか」


 ヴィンスは小さく息を吐いた。

 纏う雰囲気の変化に気づいてか、フィーが不安げにヴィンスの服の裾を掴む。その手をぽんぽんと宥めるように叩いて、ヴィンスは大きく息を吸い込んだ。


「悪魔サレ、お前、この町の人間の魂を捧げるだのなんだのって言ってたけど、契約書なんて作ってないだろう?」


 ぴくりと肩を揺らして、サレはヴィンスを見下ろした。カーティスも、いったい何を言い出すのかと、ヴィンスを見る。


「いかに悪魔だろうと、この次元世界の(ことわり)に反することはできない。悪魔が狩れるのは、交わされた契約書に則った魂だけ――でも、お前は誰とも契約なんて交わしていないだろう? なのに、契約書も無しに、偽りの信仰で釣り上げた魂を掠め取ろうとしているんだ。

 正式な契約も無いまま、お前自身が儀式を行って……まさか、おおいなる転輪の抜け道を探し出せたなんて考えてるのか?」


 カーティスの斬撃を剣で受けたサレは、無言でヴィンスを見下ろした。赤い目が、地獄の業火のように燃え上がって見えた。


「サレ、お前――神になりたかったんだろ?」

「何、を……」

九層地獄界(インフェルノ)の、第八層までの悪魔大公(デヴィルプリンス)たちを出し抜いて、悪魔王が取り零したこの町を献上する代わりに悪魔王の下位神に召し上げてもらおうとか考えていたんだろ?」


 サレがギリッと歯を軋ませる。

 炎の一撃を喰らわそうと片手を振り上げるが、カーティスの聖剣に掻き消された。


「なるほど……それで、この処刑劇ということか」


 カーティスも、ようやく合点がいったという顔で頷いた。

 なぜ悪魔が“聖女”などを騙るのか。

 誰かと契約を交わした様子もないのに、なぜこうも処刑なぞに執着するのか。

 領主継嗣ソウを堕落させたいわけでもなく、自分がこの町の支配をしたいわけでもなさそうなことが、どうにも腑に落ちなかったのだ。


「けど、残念だよな」


 ヴィンスは挑発するように悪魔サレを嘲笑った。


「悪魔王はもちろん、お前は悪魔大公たちとも格が違い過ぎるんだよ。

 あの悪魔王は悪魔王自身として信仰されたし、悪魔大公ですら、奴ら自身を信仰する輩がいるんだ。なのにお前は、自分を“聖女”だと偽らなきゃ、信仰すら集められなかったんだからな」

「――黙れ、虫ケラ!」

「お前なんてたかが知れてる。だから、俺たちを虫ケラだからって侮って、こんなことになったんだよな。

 お前程度の小物が神になんて、なれるわけがない」

「黙れ! 黙れ黙れ黙れ!」


 逆上したサレは、ヴィンス目掛けて急降下するが、カーティスがすかさずサレの行く手を阻んだ。

 叩きつけられたサレの剣を受け止めて、ギリギリと鍔迫り合いをする。


「ヴィンス、煽るのはいい加減にしろ!」

「兄貴、そのまましばらく頑張ってて。

 ――“混沌より生まれし力よ。我が命に従い我が言葉を伝えよ”」

「ヴィンス?」

「“九層に分かたれたる地獄界の主人(あるじ)たちよ、業火を(まと)いしおおいなる存在どもよ、我が声を聞け”」

「ヴィンス、お前、それは!」


 ヴィンスの呪文が何かを察知してか、カーティスが悲鳴のような声を上げた。一瞬目を見開いた後、今度はサレがにやりと嘲笑(わら)う。


「なんだ、大口を叩いておいて、我が同胞の手を借りようというか。どうやら妾に敵わぬと知って、悪堕ちも辞さぬか」

「違う!」


 サレの嘲りに、今度はカーティスが激昂する。


「聖なるものに仕える騎士の身内が、悪魔と取引をしようとはな」

「違う!」


 あくおち? とフィーが呟いた。

 じっと集中し、どこか一点を見つめたまま微動だにしないヴィンスこめかみを、汗が一筋流れ落ちる。


「“我、汝に告発する”」

「――なに?」

「“貴殿が支配すべき下僕が貴殿に叛意抱きしことを。貴殿より力を奪い、貴殿に成り変わらんと企てしことを”」


 けれど、続くヴィンスの言葉に、サレが顔色を変える。

 ヴィンスはサレを指差して、ことさらに声を張り上げた。


「“悪魔王の右腕たるもの、魔術と炎、偽りと裏切りを手にする悪魔大公(デヴィルプリンス)よ、ここにお前を脅かそうという悪魔がいるぞ!”」


 広場がしんと静まりかえる。

 カマキリもどき達までが、いったい何が起こるのかと訝しむようにに動きを止めた。

 ただならない気配が膨れ上がり、サレがカタカタと震えだす。

 ぽたりと、ヴィンスの顎から汗が滴り落ちた。

 フィーがごくりと喉を鳴らす。スイもカシュも、ソウですらも、この場に満ちる何かを感じて我知らず息を殺す。


 目の前に、いきなり炎が噴き上がった。黒とも真紅ともつかない火柱が一気に噴き上がり、サレへと向かう。


「ひっ……」


 逃げようと慌てて身体を捻るサレに、炎が絡みついた。

 もがくサレを取り囲み、炎は激しく渦を巻く。

 禍々しく血のように赤い炎はサレを舐め尽くすと姿を変えた。握り締めた拳に、悪魔サレを鷲掴みにした漆黒の腕に。


「嫌――嫌だ、嫌だ!」


 サレは腕から逃れようと必死に暴れだす。

 だが、拳が緩む気配はない。


「妾はあの方のもとに……嫌だ、地獄の汚泥になど戻りたくない、嫌だぁぁぁぁあ!」


 長く尾を引く悲鳴とともに、サレを掴んだ腕は吸い込まれるように地面の中へと消えた。後には、未だ渦巻く炎が残っていて……。


「ヴィンス!」


 その炎はまるで生き物のようにヴィンスを絡めとる。

 フィーの悲鳴にカーティスはびくりと震えたが、身体が動かない。カーティスだけではなく、他の誰もが凍りついたかのように動けない。

 ヴィンスは、いつの間にか倒れて意識を無くしていた。

 長く伸びた炎が、ヴィンスをずるずると引き摺り始める。フィーが必死に抱き付いて抵抗するけれど、止まらない。

 このままでは、ヴィンスまで地獄に連れて行かれてしまう。


「だ、大天使様! 聖ミカエル様!」


 天に向かって、フィーは叫ぶ。


「この戦いにおいて、我らを守り、悪魔の……悪魔の凶悪なるはかりごとに勝た……勝たせてください。主の、かれを治め給わんこと、ここに伏してお願い申し上げます!」


 ヴィンスは糸が切れた操り人形のようにぐったりとしたままだ。フィーはどうにか戒めを外そうと炎を蹴りつけるけれど、まるで手応えはない。


「て、天軍の総帥たる聖ミカエル様!

 魂をそこなわんと、この世を徘徊するサタンと悪魔たちを、主の御力によりて地獄に閉じ込めたまえ!

 神様、神様お願い、ヴィンスを助けて! わたしの一生分のお願いを使うから、だから、ヴィンスを助けて! お願い!

 アーメン! アーメン! アーメン!」


 ヴィンスにしがみ付いたまま、フィーは声を張り上げる。

 この世界(アーレス)に本当に神がいるというなら、今ここで人間のひとりくらい、たやすく救ってみせてくれたっていいだろう。

 そんなことすら考える。


 ――空から、急に光が差し込んだ。


 晴れ渡った、太陽が明るく輝く空から、さらに眩しい光が一筋射し込んだ。


「神の、御使い……か?」


 その光に彩られた空を見上げて、呆然とカーティスが呟いた。

 後光を受けてきらめく黄金の髪。

 左手に天秤、右手には炎を纏う輝ける剣。

 背に猛禽の翼を負い、銀の鎧を身につけ……どの神の使いなのかまでは、カーティスにはわからない。

 だが、フィーの呼び掛けに応えたのか、それとも悪魔の介入を見過ごせないと判断したのか、天の御使い(エンジェル)がゆっくりと光の中を舞い降りてきた。


 悪魔と違い、神の御使いたる天使が姿を表すことは、非常に稀だ。

 何百年にもわたる教会の記録にすら、御使いが姿を現したことなど、片手に余る数が残されているかどうかだ。


 天使は音もなく剣を振り上げ、振り下ろした。

 その(きっさき)から金の炎が迸り、ヴィンスを絡めとる炎をしたたかに打ち砕く。それから、天秤を持つ左手でフィーを指し示し、何かを払うように手を振った。


 たちまち炎は搔き消えた。

 後には、何の痕跡も残っていなかった。


 御使いは、それを認めて満足そうに頷くと、再び天へと昇って行く。

 後には倒れ臥すヴィンスとフィー、それからようやく身体が動くようになったカーティスたちだけが残されていた。


※カーティスは流していましたが、戦神様は「娘を救え」と言っていたんですよね

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