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そしてヒロインは途方に暮れる(なろう版)  作者: 銀月


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12.ヒロインとそうでないもの

「魔女ではなく、悪魔(デヴィル)……」


 ヴィンスからの伝言を聞いて、カーティスの表情が厳しいものに変わる。

 魔女なら、たとえ高位の使い手であっても使える魔法に限界はあるし、肉体的には脆弱だ。決して勝てない相手ではない。


「でも、わたしのフリをするヴィンスに気付かなかったから、あまり格は高くないんだろうって……」


 ヴィンスは、悪魔のことならカーティスも詳しいと言った。ゆっくり話す時間はないから、戻った後、カーティスから聞けばいいと。


「カーティス様、悪魔って、どんなやつなの?」




 カーティスの剣は聖剣だ。聖剣だから、聖騎士であるカーティスの手にあればその力を存分に発揮できる。

 シェーファーの本領は“邪術使い(イヴィルキャスター)殺し(スレイヤー)”で、相手が魔女でも悪魔でもその能力に不足はないはずだ。

 最悪、逃げてしまえばいい。


 カーティスは逃げないからとさんざん文句をこぼしつつ、ヴィンスはそんなことを言っていた。「生きてりゃ再戦できるけど、死んだら終わりだから」と。

 カーティスはどうせ全力で殴ることしか考えてない“神に愛されし脳筋”で、他のことに気を回すのは、ヴィンスの役目なのだとまで。


 けれど、口では本当なら逃げたいのにと繰り返していたくせに、ヴィンスはそれでもカーティスが勝つと、どこかで信じているようだった。

 本当に逃げ出すのは、最後の最後に残す手段だと。


 “悪魔”は魔女よりもはるかに恐ろしいという。

 そんな相手に敵うわけないのではないか。


 フィーはずっと半信半疑のままだ。

 カーティスもヴィンスも、どうして勝てるなんて思えるのか。

 そんなにカーティスと聖剣が強いのか。




 スイもカシュも、カーティスの言葉を待っている。

 この東方の町に、司祭はいない。だから、悪魔の恐ろしさを教えるものなどほとんどいないのだろう。

 カーティスは少し考えて、それから、「そうだな」と頷いた。


「悪魔は別な次元……我々が“九層地獄界(インフェルノ)”と呼ぶ異界の力ある存在で、“十天国界(パラディーゾ)”に住まう神々の使徒、天使(エンジェル)と対をなすものだとも言われている。

 最終的に、魂を刈り取り九層地獄界へと落とすことを目的として、 この世界(アーレス)に生きるものを相手に邪な取引を持ちかけることも多い」


 フィーとスイ、カシュはこくりと頷いた。


「悪魔に九層地獄界へと落とされた魂は、“魔霊(ラルヴァ)”というものに変容する。

 魔霊は悪魔たちに使役される、いわば悪魔以前の存在だ。ちょうど、転輪を外れ天上に昇り、“光霊(アルコン)”となった魂が神々の使いとして働き、より高みの存在へと変化していくように、魔霊はより純粋な悪なる存在へと変わり、やがて悪魔として覚醒するものでもある」


 カーティスは、小さく息を吐く。

 サレが何を成そうとしているのかはわからないが……。


「ヴィンスの言うとおり、サレが悪魔で、ヴィンス……いや、フィー嬢の処刑をトリガーとして何か儀式を成そうとしているなら、その犠牲となったものの魂は皆、九層地獄界へと落とされるだろう」

「カーティス様。つまり、町の者たちは皆、サレの手により悪魔に変えられてしまうということでしょうか」

「端的に言ってしまえば」


 首肯するカーティスに、スイは固く口を結び、しばし眉を寄せる。


「わたくし……正直を申せば、ソウ様個人が報いを受けるだけでしたら、あまり心は痛みませんでした。ですが、町に暮らす者たちすべてが悪魔に変わってしまえば良いと思えるほど、わたくしは怒っていないのです」


 スイは小さく吐息を漏らす。

 魔女とク=バイエ領主家だけに報いがあるというなら素直に喜べただろう。ざまを見ろ自業自得だと、嘲ることだってできたかもしれない。

 けれど、町の者たちは進んでスイを陥れたわけではない。

 もちろん、彼らがまったくの罪無き者だとは言えないが、それでも、死後、悪魔に変えられるほどに罪深いとも思えない。


「わたくしも、ソウ様と魔女に一矢報いたいとは思っております。けれど、だからといって他のものまで巻き込んで良いと考えてはおりません。

 カーティス様はその悪魔と一戦交えるおつもりなのでしょう。わたくしにもお手伝いさせてくださいませ」


 黙り込んだフィーは、スイの言葉に驚いていた。

 やはり、“ヒロイン”はスイなのだ。

 フィーにはとてもスイのようには考えられない。あんなに酷い目に遭ってあんなに罵られたのに町の人たちを助けたいなんて、フィーがスイと同じ立場だったらそんな風に思えなかっただろう。

 それに、カーティスが悪魔にやられてしまえば、フィーはこのまま町の人々と……つまり、モブのひとりとして地獄に落ちて悪魔に変えられてしまう。

 “ヒロイン”のスイなら万が一の時にも生き残るチャンスはあるかもしれないが、フィーにそんなものがあるとは思えない。


 だから、怖い。

 今すぐに逃げ出したいくらい、怖い。


「いや、スイ殿。フィー嬢も、万が一のことがあります。ふたりはすぐにでも町を出たほうがいいでしょう」


 フィーはパッと顔を上げる。スイは怒ったように眉を吊り上げた。


「でも、門が……」

「カシュ殿の助けがあれば、壁を越えるくらいはどうにかなるでしょう。悪魔が何を考えているかはわからないが、ここから少しでも離れたほうがいい。

 スイ殿も、どうにかして“朱の国”へ入れれば、私の従姉を頼れますし……」

「カーティス様」


 だから、東方を出ても大丈夫だと続けようとした言葉を、淑女らしからぬ低く唸るようなスイの声が遮った。

 カーティスは思わず口を噤む。


「わたくしは逃げません」

「スイ殿、しかし」

「カーティス様のお仕えする神は、わたくしを助けよとお命じになったのでしょう? でしたら、少なくとも、わたくしにはこの件を見届ける必要があるのです」


 やっぱり、スイは“ヒロイン”だ。スイには何かそこでやらなければならない、ヒロインらしい役割が用意されているのだろう。

 フィーは小さく溜息を吐く。

 カシュはスイの“影舞”だ。町を出るくらいは手伝ってくれても、その後はスイのところに戻ってしまうだろう。

 町の外をひとりで歩くなんて、フィーには無理だ。きっと、すぐに人買いや魔物に捕まってしまう。


 ――それに。


「ヴィンスが……」


 ヴィンスはフィーの代わりに、あの地下牢にいるのだ。

 そのヴィンスを放って自分だけ逃げるなんて、さすがにそれは人として屑な行いとしか思えない。


 スイは、カーティスの逃げろという言葉を受け入れない。

 では、フィーだけでもと考えたのだろう。カーティスはもう一度逃げるようにと言ったが、今度はフィーも首を振った。


「カーティス様」


 スイはまっすぐにカーティスを見つめて、にっこり笑った。

 ヒロインにふさわしい、強くてとても美しい微笑みだ。

 聖なる騎士のカーティスだって、スイの微笑みに魅入ったまま、何も言い返せずにいるじゃないか。


「カーティス様は、必ずや悪魔に天誅を下すおつもりなのでしょう?

 ならばしっかりなさいませ。わたくしたち、カーティス様の足手まといになるようなことはいたしませんわ」


 カーティスは「姫君には敵いません」と諦め混じりに微笑んだ。



 * * *



「なんで逃げないの」


 いよいよ処刑は明日。

 既に町中に御触れが出て、広場には準備もされている。

 町の門は閉じられたままだ。「魔女は今度こそ処刑されるのだ」と、皆どこか浮き足立って落ち着かない。


 最後の夜、フィーはまた、カシュの手引きでヴィンスを訪ねた。

 明日、コトが起こった後ちゃんと動けるようにと、ヴィンスに魔法薬と食事を運んできたのだ。


「だって、ヴィンスは私の身代わりでここにいるんだもの。置いて逃げたりしたら、わたし、きっと一生後悔する」

「別に友達でも家族でもないんだから、いいじゃん」

「だめよ。“お天道様が見てる”んだもの」

「おてんとう様?」

「そう。誰もいないって思っても、お天道様だけはいつでも空から見てるの。だから、お天道様に顔向けできないことをしちゃダメだって、おばあちゃんが――」

「だから逃げないって? 馬鹿じゃないの?」


 ヴィンスは呆れた顔でフィーを見る。

 フィーだって、できることなら逃げ出したい。でも、それはヴィンスが囚われていなければの話だ。


「馬鹿なのはヴィンスのほうでしょ。わたしの身代わりになる必要なんて、本当はないはずよ。わたしだってそれくらいわかるんだから。

 だいたい、わたしがひとりで逃げたって逃げきれるわけないじゃない。野垂れ死ぬか人買いに捕まって売られるかに決まってるわ。逃げろっていうなら、ちゃんと最後まで逃してよ。途中で放り出して知らん顔なんて、無責任すぎるじゃない」


 ヴィンスは少し驚いたという顔で瞠目していた。


「なによ――わたし馬鹿だし、どうせ身代わりになってもらえてラッキーって喜んでるだけだとか思ってた?」

「いや、無責任とか言われるなんて、思ってなかったから」

「だって!」


 フィーは思いっきり眉を寄せてヴィンスを睨みつける。


「――野良犬とか野良猫だって、ちゃんとうちの子にして最後まで飼い切るつもりがないなら、絶対手を出しちゃいけないのよ。カーティス様もヴィンスも、明日はちゃんと無事に悪魔をやっつけて、スイ様とわたしを最後まで逃がさなきゃいけないんだからね」

「最後まで、って、何言ってるんだよ。

 そりゃ、終わったら家まで送るくらいはするけどさ」


 やれやれと肩を竦めるヴィンスに、フィーの眉間のしわが深くなる。


「何言ってるのって、わたしのセリフだわ。

 スイ様とわたしに、今さら家に戻れって言うつもり? スイ様もわたしも家から切られたのよ。戻れるわけないじゃない」

「でも、それは悪魔のせいだろ。悪魔をなんとかすれば解決するはずだ」

「するわけないわよ。それくらいわたしにだってわかるんだから」


 フィーは、はあっと大きな溜息を吐く。


「あのね、わたし、スイ様と話したの。

 わたしもスイ様も、魔女だの悪魔だのに関わって、一度は牢にまで入れられた穢れ者だもの。濡れ衣は晴れたんだからなんて家に戻ったところで、すぐにどこか僻地の別邸にでも押し込められるのが関の山よ。厄介払いの後は忘れ去られるだけだわ」

「でも、君はソウが……」

「どうかしら。

 ソウ様ってすごくかっこよくて王子様だし、たしかに憧れてたけど、どっちかっていうと彼氏よりアイドルみたいな感じで――それに、よくよく考えてみたら、ソウ様は悪魔に魅了されてただけで、わたしのことを本当に好きだったわけじゃないのよね。

 その証拠に……わたしのほうが本物だって、わからなかったじゃない」

「そりゃ、サレは魔法で君そっくりに化けてたんだし……」

「でも、ヴィンスにはわかったんでしょう? わたしが本物のフィーだって」


 眉を寄せて睨んだままのフィーは、じわりと目を潤ませた。

 ヴィンスは落ち着かなげに視線を彷徨わせる。


「俺は……観察が、得意だから、たまたま……そもそも、君を魔女だと疑って、尻尾を掴んでやろうってずっと調べてたわけだし……」

「なら、ほっとけばよかったじゃない。

 わたし、いわば……その、ソウ様とそういうことしたわけじゃないけど、スイ様のこと魔女に仕立て上げてソウ様のこと寝取った、すごく嫌な女なのよ。

 きらきらの王子様とかっこいい男の人たちに囲まれて、逆ハーだなんて有頂天になってたただの馬鹿な痛い勘違い女で……わたし、わたしなんか、全然ヒロインじゃなくって、ただのモブの、その他大勢で……」

「フィー」


 ほんの数日前のことなのに、どうしてあんなに自信満々でいられたのか、今ではフィー自身にもさっぱりわからない。

 ただ、ひたすら自分がヒロインだと信じ切って、だからこんなにモテて愛されるんだと浮かれていたフィーは、本当に馬鹿だった。


 でも、後悔したって遅い。

 何もかも、やらかした後だ。


 こんなに美人でかわいく生まれたのに黒歴史作っちゃうなんて、三つ子の魂は転生後の百までも続くんだ――もうちょっと早く気づきたかったなと目をしばたたかせるフィーの頬を、雫が伝い落ちた。

 もうちょっと早く、こんなにたくさんの人に迷惑をかける前に、自分がヒロインなんてあり得ないことだと気づきたかった、と。


「――あのね、最後まで逃してよっていうのは、嘘だから」

「フィー」

「悪魔がいなくなったら、逃げなくてもいいんでしょう? そしたら、どこか働くところでも見つけて……わたし、“昔”、ちょっとだけバイトしたことあるの。お小遣いを稼ぐくらいだったけど、だから、たぶん、なんとかなるし……でも、スイ様のことは、カーティス様がちゃんと最後まで面倒見てあげないとだめなんだよ。

 だって、スイ様は生粋のお姫様で、カーティス様はヒーローなんだもん」

「フィー」


 こんなところで泣くなんて、ますます嫌な女になってしまう。

 慌てて瞬きをして、フィーは目に溜まった涙を払った。


「変なこと言って、ごめんね。

 でも、スイ様がカーティス様のこと好きなのはたぶん間違いないから、悪魔退治が終わったからって放って置いて行くのは無しだからね」

「フィー、あのさ」


 ちゃり、と鎖が鳴る音がして、ヴィンスがフィーの手を掴んで引き寄せた。


「前にさ、“この世界に生きる者は、皆、己が人生という物語の主人公だ”って言葉があるって言っただろ?」

「ええと、言ってたと思う、けど?」

「だから、フィーはフィーの物語の主人公で、モブ(その他大勢)なんかじゃないんだよ」


 なぜか真面目なヴィンスに、ふふ、とフィーは笑いながら首を傾げる。


「ヴィンス、心配しなくてもいいよ。わたし、もう、ちゃんとわかってるって言ったでしょ?」

「フィー」

「本当のヒロインはスイ様だったの。スイ様はきれいで強くて、ちゃんとヒロインらしいお姫様で、カーティス様がそれを助けるヒーローなんだよね。

 わたし、今度はちゃんと邪魔しないし、スイ様のサポートだってするから、心配しなくてもいいよ」

「そうじゃなくて、フィー」


 ぐいと引き寄せられて、フィーはヴィンスの胸に倒れ込んだ。


「ヴィンス? 何する……」


 いきなり唇を塞がれて、フィーは目を丸くする。

 なんで、という呟きが言葉にならずに消えた。


「フィーはフィーの物語の主人公で、誰かの物語のために存在してるわけじゃない。だから、フィーは誰かのために生きてるわけじゃなくて……くそ、なんかうまく言えない」

「――ヴィンス、詩人なのに」


 悔しそうに顔を顰めるヴィンスに、プッとフィーが吹き出した。


「ありがとう、わたしのことを慰めてくれたんだね。大丈夫だよ。明日、悪魔をやっつけて大団円なんでしょう?

 わたしも、きっと勝つって信じてるから」


 それじゃ、そろそろ行かなきゃと言って、フィーは立ち上がった。


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