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そしてヒロインは途方に暮れる(なろう版)  作者: 銀月


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9.王子様と騎士様

 無言のまましばらく歩いて、もう一度“転移”をした先は、どこかの一室だった。

 少し狭いリビングのような部屋には、鎖帷子(チェインメイル)を着て剣を佩いた背の高い男がひとり、どこか落ち着かないようすで待っていた。


「ヴィンス、戻ったか」

「フィーを連れてきた」


 ぐいと手を引っ張られて、フィーは男の前に押し出される。

 男はじろじろと不躾な目でフィーを眺め、それから少しおもしろくなさそうな表情で「カーティスだ」と手を差し出した。


「あ、あの、フィーです。わたし、フィー・キノ=トー」

「ああ、知っている。私は……処刑の日、魔女スイを連れて逃げ去った聖騎士、カーティス・カーリスだと名乗ったほうが、わかりやすいだろうか」

「――え?」


 フィーは慌ててヴィンスを振り返った。

 まさか、フィーはやっぱりヴィンスに騙されたのであり、この聖騎士に引き渡されてどこかに攫われてしまうのか。

 青い顔でおろおろとヴィンスとカーティスを見比べるフィーに、カーティスは訝しげに首を傾げた。


「ヴィンス、どこまで話してあるんだ?」

「まだ全然。だから、あとは兄貴が話聞いておいてよ」

「なんだと? お前、私に丸投げするつもりか」

「時間がないからね。俺、もうあっちに戻らなきゃならないし」


 カーティスは思い切り渋面を作る。

 せめて、さわりだけでも話していなかったのか、と。


「ヴィンス、どこに戻るの?」

「どこって、君がさっきまでいたところに決まってるだろ。この上君まで逃げたってバレたら、サレがどう出るかわからないじゃないか」


 フィーは目を丸くする。

 牢獄からフィーを攫って、そのまま逃げるのではなかったのか。


「で、でも、あんなところにいたら、ヴィンスが酷い目にあっちゃうわ」

「まあ大丈夫だよ。怪我したところで、あとで兄貴が治してくれることになってるし」


 ヴィンスは軽い調子で肩を竦めると、窓へ向かう。フィーは慌てて飛びつくようにヴィンスの腕を掴んだ。


「待って、待ってよヴィンス。なんでヴィンスがあそこに戻るの? 戻ってどうするつもりなの?」

「あー……まあ、そりゃ、野暮用ってやつかな」

「フィー嬢、ヴィンスはあの牢に戻ってお前の身代わりになるつもり――」

「ちょ、兄貴!」

「え?」


 フィーは呆然とヴィンスを見つめる。

 まさか、好き好んで罪人になり代わろうとする人間がいるなんて。


「でっ、でも、ヴィンスが戻ったって、ヴィンスは男でわたしは女だし、顔だって似てないのに」

「言ったろ。俺、魔法のほうが得意だって。だから、ほら」


 ヴィンスが小さく呪文を唱えると、フィーそっくりに姿が変わった。


「これならわからないだろ?」

「でも、でも、だからって……このまま逃げちゃえばいいじゃない!」


 ヴィンスは困ったようにカーティスへと視線を投げる。カーティスはヴィンス軽く睨んで、「フィー嬢」と小さく溜息を吐いた。


「私は戦いと勝利の神より、スイ殿を救えと命を受けた。もっと正確に言うなら、“娘を守り、隠れし邪悪なるものを滅せよ”という命だ」

「でも、スイ様は死んじゃったんでしょう? 遠くから見ても、スイ様がとっても弱ってるってわかったもの。あなたが攫ったのに、結局助からなかったんでしょう? わたしのせいで、スイ様……」

「ヴィンス。お前、フィー嬢にどう説明したんだ」

「なんにも。時間無かったし」

「ヴィンス!」


 そっぽを向くヴィンスに、カーティスがやや声を荒げる。

 そこに、扉の開く音と、「カーティス様」という声が重なった。


「スイ殿」

「お話が聞こえたもので、わたくしが出たほうがよろしいかと」

「じゃ、あとは任せるから。あまり遅くなって牢が空だってバレたらまずいだろ。兄貴とスイ姫さんにあとは任せるよ」

「おい、ヴィンス!」


 カーティスの制止を振り切り、ヴィンスはさっさと窓から出ていった。カーティスは「まったく」と呟いて、元気そうなスイの姿に硬直するフィーを振り返る。


「フィー嬢、スイ殿は無事だ。こうして回復もしておられる」

「スイ、様……? わたし、スイ様のこと、殺しちゃったんだって……」

「わたくしは生きておりますわ。カーティス様のおかげで、こうして」


 へたりと座り込んで、フィーはスイを見つめ続けた。

 髪も短くなって、男装もしている。

 けれど、顔はスイだった。ほんのりつり目で気の強そうな、可愛いというよりも美人というタイプの女性だ。

 スイはにっこりと微笑んで、フィーに一礼する。


「……ごめん、なさい」


 くしゃりと顔を歪めて泣き始めるフィーにスイは軽く瞠目して、それから小さく吐息を漏らした。

 あの公開処刑に至るまで、フィーとソウにされたことを思えば……。


「正直なところを申しまして、フィー様。わたくし、あなたのことを早々許せるなどとはとても思えませんわ」


 びくりとフィーの肩が震える。

 けれど当然か。フィーのせいで、スイは死ぬところだったのだ。


「そ、それでも、ごめんなさい……わたし、知らなかったの。サレ様が魔女だなんて、全然知らなかったの……」


 フィーはひくひくとしゃくり上げながら泣き続ける。

 ヴィンスがいなくなった今、ここにフィーの味方はいない。いや、こうなってみると、ヴィンスだってフィーの味方だったとは思えない。

 やっぱりこれはバッドエンドなのだ。魔女に騙されたとはいえ、罪を犯したフィーは、最終的に処刑されてしまうのだ。

 ごめんなさい、ごめんなさいと、フィーはただ泣きながら繰り返す。


「フィー様。あなたは今、自分を哀れんで泣いていらっしゃるでしょう? 罪を悔いてるのではなく、こんなことになってしまった自分が可哀想なだけなのではなくて?」

「スイ殿」


 目を眇め、泣いて蹲るフィーを冷たく見下ろすスイを、さすがに言い過ぎだとカーティスが咎めるような声で呼ぶ。


「カーティス様。わたくしも聖人君子ではありません。謝ったのだから許せとおっしゃられても、無理な話ですわ」

「わかっています。許せなどとは申しません。

 ですが、罪を認めるところから贖罪は始まるのです。フィー嬢が罪を自覚し、自ら(あがな)いたいと願うなら、私はそれを見届けねばなりません。

 それに……できれば、あなたにも見届けてていただきたいのです」

「見届ける?」

「ええ。今はとうてい許せずとも、見届けた上で許すか許さないかをもう一度考えていただければと思っておりますよ」

「――カーティス様は、本当に聖騎士でいらっしゃるのね」


 ほう、とスイは吐息混じりに苦笑する。

 話にしか聞いたことのない聖騎士と接したのは、カーティスがはじめてだった。あの処刑の場で見ず知らずのスイを神命だと迷わず助けたことも、今、こうしてフィーを庇うような態度を取ることも、彼が聖騎士という神に仕える聖職であるからだろう。

 スイだから、フィーだから助けるわけではなく、ただ、信仰する神の命であるから助けるのだ。

 じっと自分を見つめるスイに、カーティスは首を傾げた。


「わたくし、戦の神が羨ましいですわ」

「スイ殿?」

「カーティス様からそれほどまでの一途な信頼と思いを向けられるなんて、不遜とはわかっていても、とても妬けますもの」

「いや……スイ殿? 何の話を?」


 くすりと笑って、スイはフィーに視線を戻す。


「フィー様、立ってくださいませ。泣いているだけでは何も進展はありませんのよ。カーティス様やヴィンス様がわたくしたちを救ったことには、きっと意味があるのです。わたくしたちは、それに応えねばなりません」

「意味……?」

「ええ、意味ですわ。わたくし、あなたのことは許せる気がしないけれど、カーティス様の信仰なさる神の期待には応えたいと思っておりますの。

 あなたも、もし本当にご自分の罪を悔いていらっしゃるなら協力なさいませ。聖女様の名を騙る魔女を討つために、わたくしたちも力を尽くさねばなりません」


 以前のように……あの処刑劇よりもずっと前のように、スイは自信に満ちた微笑みを浮かべていた。

 艶やかに長かった髪は短くなり、薄布を幾重にも重ねた優美な衣ではなく、無骨な男が着るような飾りも何もない衣服を纏っている。

 けれど、それらがスイという高貴な姫を損なうことはなかった。


 ああ、と納得してしまう。

 “ヒロイン”はスイだったのだ。

 どうりで、格が違うはずだ。


 ずっと悪役令嬢だと信じていたけど、本当のヒロインはスイで、フィーはただの脇役……いや、名もなきモブ(その他大勢)でしかなかった。サレに唆されてヒロインのフリをしていただけの、みっともないモブがフィーなのだ。

 だから、魔女に騙されて、こんなことになっている。


 ヒーローも、王子様ではなくて騎士様だったのだ。

 ヒロインを助けて、守って、そして相思相愛になるヒーローは神に仕える聖なる騎士……本当は、そういう物語だったのだ。


「でも、わたし……何にもできないわ」

「まあ。それでは諦めてしまうのかしら?」


 フィーはしょんぼりと肩を落とす。

 蝶よ花よと育てられてきたフィーに、剣も魔法も使えるはずがない。なのに、魔女を相手に何ができるというのだろう。


「わたくしは嫌です」


 けれど、フィーとは対照的に、スイはきっぱりと告げた。


「カーティス様に助けていただくまでは、たしかにわたくしも何もかもを諦めて絶望しておりました。

 けれど、身体が回復したら不思議と悔しくなりましたのよ」

「悔しく?」

「わたくしともあろう者が、魔女風情になどやられたまま泣き寝入りとは、誇りが許さなかったのです。

 ええ、どうにかして一矢報いてやるつもりですとも」


 柳眉を吊り上げて、スイは言ってのける。

 一矢報いるなんて、おおよそ深窓の姫君らしからぬ言葉だ。


「スイ殿、昨日も言いましたが、直接対峙するのは危険です。やはり私とヴィンスに任せて、スイ殿はフィー嬢とこちらでお待ちください」

「いいえ。たとえわたくしの細腕で一矢を与えることは無理でも、わたくしはこの目で魔女の破滅を見届けとうございます。

 ですから、止めても無駄ですわ。わたくし、どうしても、カーティス様が討ち倒した魔女を(あざけ)ってやりたいんですもの」


 ふふふと笑うスイを、フィーはぽかんと見つめた。


 ウ=ルウ上位家のスイ姫といえば、“玄鳥(くろとり)(さと)”周辺地域ほぼすべての令嬢が手本にと名前をあげる、淑やかで才色兼備とされる姫君中の姫君だ。

 間違っても、こんなことを言い出すような姫ではない――はずだ。


「スイ殿……元気になられたのは大変に喜ばしいことです。しかし、あなたの安全には替えられないのですよ」

「大丈夫ですわ。身辺はカシュに守らせます。

 ああ見えてあの子はとても優秀ですもの。わたくしの護衛ついでにカーティス様のお手伝いだってできますわよ」

「スイ殿……」


 カーティスはやれやれと溜息を吐く。スイの後ろのカシュをちらりと見るが、表情を崩さず、ただ静かに控えていた。


 ヴィンスの言うとおりだ。

 強い意志と心を持った者が諦めることなく成し遂げて、はじめて運命だったと語られる――あんなに酷い目にあったスイは、それでも魔女に一矢報いてやるのだと言った。

 フィーにはとてもそんなことまで思い切れない。

 牢獄に入れられただけで怖くてたまらなかった。今だって、本当はさっさと逃げ出してしまいたいのだ。


「ともかく、今はフィー嬢に魔女のことを話していただきましょう」

「そうでしたわ」


 スイとカーティスがフィーを見る。

 ふたりの視線を受け止めきれないフィーは、俯かずにいられない。


「さあ、フィー嬢。こちらに座ってください。すぐに寝かせてあげたいのですが、その前に魔女サレについて聞かせてもらわねばなりません」

「でも、わたし、サレ様のことなんて……」

「なんでも良いのです。魔女サレがいつからあなたのそばにいたのか、どんなことを話していたのか……思い付くことを何でも話してください」


 フィーは小さく息を吐く。

 どう考えても、自分はスイのように魔女に立ち向かおうなんて思えない。でも、ただ話すくらいなら……。


「あの……わたしがサレ様と会ったのは……」


 フィーは、自分の“前世”に気づいた日のことを思い返す。


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