序.わたしのための物語
わたしがわたし以外の何者かだったことに気づいたのは、十歳の時だった。
「剣と、魔女と、悪魔……?」
幼いころから感じていた違和感。もやもやとはっきりしない既視感。
“玄鳥の郷”の下位貴族、キノ=トー下位家の末娘であるわたしは、身分こそ低いものの我ながら見目麗しい娘だ。両親からもきょうだいからも愛され、使用人たちからは慕われる優しい娘だとも言われている。
きっと将来、その心根の良さと美しさで王子に見初められ、求められるようになるだろう、そう信じるのも無理はないほどの器量好し。
わたしはそれほどにかわいらしく美しい、良い娘である。
――昔、さんざん読み漁った物語に語られていたものと同じように。
女の子が皆憧れる、素敵なハッピーエンドを迎える物語。そういう物語の“ヒロイン”は、いつだってわたしのような愛らしく美しい娘だった。
だから、わたしにもハッピーエンドが用意されている。
王子様に見初められて末永く幸せに暮らす、ハッピーエンドが。
「わたしは“ヒロイン”に転生したのね?」
鏡の中の自分を見つめながら小さく呟いた。
わたしは特別な娘なのだ。
ふわふわとした明るい金の髪に、柔らかな淡いラベンダー色の目。
色合いこそ東方地域の貴族に珍しくないものとはいえ、小さな顎やサクランボ色の唇、薔薇色に染まった頬、それに少し潤んだ大きな目は我ながら自惚れるほどにとても美しく整っている。
「そう、やっと思い出したのね」
「サレ様!」
いつの間にか背後にサレ様がいた。
サレ様、つまり、サレ・キノ=トーはこの家の守り神のような方だ。数代前のキノ=トー下位家の輩出した尊き聖女サレが神に願い、この家、つまりキノ=トー下位家の守り神として残ったという方なのだ。
もちろん、このことはキノ=トー下位家の秘密だし、キノ=トー下位家の者以外には、サレ様の姿を見ることも声を聞くこともできない。
「サレ様はご存じだったの?」
「もちろんだとも。妾はかわいいそなたたちのことを何でも知っているのだからね」
「じゃあ、わたしは本当に“ヒロイン”で……」
驚く私に、サレ様はにっこりと微笑む。柔らかく慈悲深い、聖女の笑みだ。
「愛らしいそなたは周囲のあらゆるものを惹き付ける。男であれ女であれ、そなたを愛さずにはいられないだろう。
ゆくゆくは、そなたこそがク=バイエ領主家の継嗣の妻となる運命なのだ。
だが、だからこそ、そなたはこれから自分をよく磨かねばならぬ」
サレ様の言葉に、わたしはただただ呆然と頷くばかりだった。
「けれど、フィー。ウ=ルウ上位家の娘には気をつけなくてはいけない」
「それでは、ウ=ルウ上位家の姫が“悪役令嬢”ってことなの?」
「心配はしなくていい。妾の加護はそなたにある。何より、妾が憑いているのだから心配など無用だ」
サレ様の手がわたしの頭をゆっくりと撫でる。花のような甘い香りと柔らかい手の感触に「大丈夫」だと自信を与えられて、わたしは目を細める。
だって、わたしは“ヒロイン”なのだ。聖女サレ様もついている。
「わたし、がんばるわ。サレ様の期待に恥じないように。だって、わたしが“ヒロイン”なんだもの」
「もちろんだとも。期待しているよ、かわいいかわいい妾のフィー・キノ=トー」