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『意味が不明な場合の考察論』⒃

『意味が不明な場合の考察論』⒃



意味が通らないと、共通の問題を抱えている人々の間でも、しっくりこないことがある。

出来れば、物事は共有して、一緒に思考したいものであるが、意味が明晰でなければならないだろう。

それでも、何とか、意味不明を、理解し、判断したいと思う訳である。



そうやって人生を過ごしていると、ほとんど意味が分かる物に対して、不可思議を思わない。

不可思議を思わないということは、そこで、意識は停止し、また先のほうへと急ぐことになる。

逆に、意味が不明なほど、意識は停滞し、其処に留まり、向上心の為か、やたらと不可思議に嵌る。



要は、意味が不明な現象のほうが、人を引き付けるのであって、それは小説や詩でもそうなのだ。

分かりにくいことを、自ら生み出す時、人は、客観者に対して優位に立つが、それが優秀かは疑問である。

出来れば、意味が分かりやすいけれども、高尚であって、何度も読み返す意味不明でない現象、が良いと思っている。

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