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『意味が不明な場合の考察論』⒀

『意味が不明な場合の考察論』⒀



所謂理念を超越して、物事に対峙していると、不思議と向こう側から、観念はやってくる。

つまりは、思想の攻撃的要素とは、実は其れを感覚する、自己のほうに問題がありそうだ。

それはまた、意味が不明なのであるが、対峙している姿勢は、真剣である。



思想の養分としての生成は、観念の中で、極限的に配置し、変容されるのだ。

ただ、何もしない訳ではなく、何かに没頭している時こそ、物事は収束へとは向かわない。

寧ろ、物事は拡散され、派生し、意味が不明だ、という意味を齎すのである。



丁度、一枚の思想の紙切れが、空から降ってくると、それが有益だとしても、自身は揺らがないだろう。

厳密には、それは誰のものでもない、世界のものなのである。

その思想は、恐らく当たり前の様に意味不明であって、そして、不明を、不明として、人々は享受するのだ。

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