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『意味が不明な場合の考察論』⑽
『意味が不明な場合の考察論』⑽
㈠
そもそもが、思考すること自体が、意味を不明にしている原因の端緒になっているのではないか。
思考の前に、言葉を発すれば、確かに言葉は生き生きと現実を遊回するのだ。
意味の不明とは、発する言葉、その瞬間の心を閉じて、他の意識へと移動する時に生じる。
㈡
しかし人間は、何もかも話すと、社会上トラブルになることが予測されるのである。
勿論、本音を話すことは有益だが、一瞬でも何かに遅れを取ると、意味は不明になってしまう。
其処に、小説は端を発するのであって、内奥に残存する秘境に置いて、現象は生成される。
㈢
現実での言葉の差異という問題、また、其処から生み出される小説の価値、どちらを選ぶべきか。
しかし、それは自由である、と言っていい、まさに、生きる上で、選択の余地のある現象性だ。
現実での意味不明が、小説の意味に置き換えられることで、一つの現象は創造されよう。




