第3話:転生社畜は躾をする
この村は大変にぎわっているようだった。冒険者っぽいかっこいい装備を着た者や、商人らしき悪そうな顔をした者、子供や老人などバラエティに富んでいる。
入ってすぐの場所に設置されている案内図を見ると、この村はかなり広いことが分かった。
村の名前は……ナタリア村というらしい。
ギルドは村の中央から少し左に逸れた場所に位置していた。
換金できるようになるまでの三時間が暇なので、そこらへんをブラブラすることにした。
村の左側を歩いていると、若い女と男の声が聞こえてきた。
この辺は人通りが少ないので、人の声が聞こえてくるのは珍しい。
「……や、やめてください。痛いです」
「亜人の分際で人間様の肩に当たったんだぞ! もっと誠意を込めて謝れ!」
人相の悪い中年のおっさんが、長耳の少女を足蹴にしていた。少女は土下座をして、何度も平謝りしている。少女は泥まみれになっていた。
「なあおっさん、何があったか知らないけど、そこまでしなくてもいいんじゃないのか?」
「んだとこのガキ! こいつは亜人のくせして俺の肩に当たったくせに、謝罪に誠意がねえんだよ」
「肩が当たっただけなんだろ?」
「馬鹿! こいつは亜人で、俺は人間だ。事の大小は問題じゃねえ! 誠意が足りねえんだよ、誠意が!」
「悪いが、土下座して泥まみれになりながら謝っているのが、誠意じゃなかったらなんなんだ?」
「かーっ! 話にならねえな! てめえ、冒険者みたいだがランクはいくつだ?」
「ランク? なんだそれ」
さっきステータスを見た時にはそんなものはなかったな。名前からしてギルドのランクだろうか? それなら俺にあるはずがない。
「てめえ、無所属かよ。……それで、ジョブは?」
「それならわかるぞ。テイマーだ」
俺がジョブを答えた途端、おっさんの目が俺を嘲るものになる。
「フハハハッ! テイマーか、そうかテイマーか! そりゃあギルドにも入れてもらえねえよなあ!」
「テイマーってそんなに馬鹿にされるジョブなのか?」
「知らなかったのか? テイマーってのは魔物を使役することができる。だが、その使役できる魔物は総じて低級の雑魚! おまけに、お前が使役してるトカゲ。そいつはその中でも雑魚! わかったか!」
罵声を浴びせられるのには慣れてるけど、気分悪いなあ。
事を荒立てるのは嫌だし、ここは謝っておくか。
「おい人間、よくもカズヤ様をコケにしてくれたな」
「……おい、レッド」
赤尾の赤竜――レッドが言葉を漏らしてしまう。
挑発的な言葉に反応して、おっさんの蟀谷に青筋が立つ。
「レッドの言う通りだ! 雑魚はお前!」
「よくもトカゲとか言ってくれたね!」
便乗して、ブルーとイエローも挑発してしまう。
あちゃー、これはおっさん怒っちゃうな。
「貴様……カズヤとか言ったか、よくも恥ずかし気もなくそんなことが言えたもんだなおい!」
「俺が言ったわけじゃないんだが」
「魔物が言葉を喋るわけがないだろうが! てめえが何か特殊なトリックを使って喋ったに違いねえ」
「……だとしたら、どうするんだ?」
「生きて帰れると思うな」
おっさんは指をパチンと鳴らす。
周りから人相の悪い、冒険者風の男たちがゾロゾロと出てきた。ざっと二十人くらい入る。
「えーと?」
「この村の裏社会を仕切ってる【アロイス盗賊団】だ。団長である俺を怒らせたのがお前の運の尽き。てめえの命をもって贖え」
この村の裏社会を仕切っているのなら、さぞかし強いんだろうなあ。
謝っても許してくれなさそうだし、どうしようか。
「チーロ、こいつらどれくらい強い?」
「全員ゴミです」
なんだ、弱いのか。
「レッドたち三匹だけでもどうにかなるかな?」
「余裕かと」
「そうか」
よし、決めた。教育は大切だ。
「レッド、ブルー、イエロー。あのおっさんが怒った原因は君たちだってわかるよね?」
「わかるよ」「わかるけど」「わかる」
「君たちの気持ちは嬉しかったけど、結果はこうなった。三人で盗賊のお片付けできるかな?」
「できるよー」「できる」「もちろん」
「じゃあ任せた」
俺は盗賊の駆除をレッド、イエロー、ブルーに任せることにした。
三匹のドラゴンは返事をすると、三倍くらいの大きさになった。元の大きさに戻ったということらしい。
「な、なんだこれええええ!?」
「団長! こんなの無理! 撤退を!」
涙目で撤退を訴える盗賊たち。しかし、団長のおっさんは、
「ええい、怯むな! これも何かのトリックだ! 見た目に惑わされるんじゃない!」
「は……はい!」
「突撃っ!」
二十人の盗賊たちは、短めのナイフを取り出して、三匹にそれぞれ襲い掛かる。
「なあに? このおもちゃ」
ぶんっ!
レッドの赤尾が猛烈な勢いで盗賊を吹き飛ばした。
三メートルくらいの高さから落下する者、壁に打ち付けられる者。地面を激しく転がる者。状況は様々だったが、全員が恐怖を覚えたようだ。
「レッドばっかり楽しんでずるいよ!」
今度はブルーが前足をドンッと打ち付ける。
地面にヒビが入って、激しい振動が起こった。
「ひ、ひえええええ!?」
「もうやめてくれええ!」
「団長! 団長!」
「ひ、怯むなっ!」
この期に及んでまだ強気な態度を崩さない。
しかし、団長のおっさんはガクガクと身体を震わせていた。
「ねえカズヤ様~」
「なんだ? イエロー」
「お腹空いたからこれ食べていい?」
「どうしようかな」
俺とイエローがそんなやりとりを始めると、盗賊の顔が真っ青になった。
攻撃をしようと隙を伺っていた者たちも、後ずさった。
「そうだな、俺が十秒数えるまで逃げなかったら、食べてもいいぞ」
「やったー♪」
「イエローばっかりずるいよ。カズヤ様~レッドも食べていい?」
「いいぞ」
「ブルーも食べていい?」
「十秒待ってからな」
「はーい」
三匹のドラゴンに捕食の許可を与えた後、俺はカウントを始めた。
「十……九……八……」
「も、もうついていけねえ! 俺は逃げる!」
「七……六……」
残り時間は半分を切った。盗賊の人数は三分の一にまで数を減らしている。
「俺も限界だ! 団長、すみません!」
「俺ももう無理。逃げます!」
「アロイス様、今までお世話になりました!」
「五……四……三……」
このくらいになると、もう団長のアロイスに挨拶も残さず「わあああああ」と叫んで逃げていく者が続いた。
「二……一」
十秒が経って、ついに残すは【アロイス盗賊団】の団長――アロイス一人になった。
「アンタは逃げなくていいのか?」
「俺には俺の誇りがある。テイマーなんぞに負けるわけにはいかん!」
「そうかい。それはご立派なことで。じゃあ、もう食べてもいいぞ」
俺が捕食を解禁すると、三匹が一斉にアロイスを襲った。
「こ、これでもくらえい!」
アロイスは持っていたナイフを二本同時に投げた。
だが、ドラゴンの硬い鱗を破ることはできず、カキンッという音ともに地面を転がった。
「くそおおおおおおおおおおお! うがあああああああああ……」
バキバキ……と骨が砕ける音がして、とても見ていられなかった。
「……美味しかったか?」
アロイスを食べたイエローはちょっと微妙そうな表情で、
「なんかあんまり美味しくなかった」
「そうか。まあ贅沢言うな」
「レッドも食べたかった―」
「イエローいいなぁ」
一人も食べられなかったレッドとブルーはどこか不満そうだった。
それからしばらくして、近くで見ていた通行人が次々と声を漏らす。
「あのアロイスを殺っちまうなんてあのテイマー何者だ!?」
「あんな冒険者見たことねえぞ!」
「お、俺たちはアイツから解放されたのか!?」
アロイスを殺したのは俺じゃないのに、なぜか俺が評価されているようだった。