プロローグ:転生社畜は赤竜を隷属する
――ああ、いっそ死にてえ。死んで楽になりてえ。
俺の名前は瀬戸和也。零細企業の社畜をしている。営業担当の社長が無理な納期で仕事を取ってきたせいで、デスマーチだ。徹夜三日目の夜はちょっとテンションが高くなる。机の上のデジタル時計は午前三時を指していた。
残業代? 労働基準法? なにそれ。都市伝説だろ。
中学を卒業してから長い間ニートをやってきた人間を拾ってくれる会社なんて探してもそう簡単には見つからない。辞めたところで、金に困れば働くしかない。また似たようなブラック企業に拾われて奴隷のように働かされるだけのことだ。
それなら、どこの会社でも変わらない。これが社会の現実ってやつだ。一度レールを外れた人間は二度と戻ってこられない。
この辛い現実から逃げる方法はただ一つ――死ぬしかない。
「……死ぬ勇気があればもう死んでるけどな」
首吊り、練炭自殺、列車飛び込み、飛び降り……いくらでも死ぬ方法なんてある。でも、どれも怖いんだよ。来世ってものがもしあるのなら、俺は支配される側じゃなく、支配する側になりたい。
そして、支配される側の人間を大切にしてやりたい。
「……なに馬鹿なこと考えてんだ」
五人しかいない社員のうち、俺以外の四人全員がインフルエンザでダウンしている。熱が下がれば仕事はできるが、納期はもう明日だ。
明らかに俺のリソースを軽く超えている。想定されるコード量を書くことは絶対に無理。
またドヤされるんだろうなあ。
「ハハ……ハ……」
乾いた笑いしか出てこない。
無心でキーボードをタイプしていると、突然変なウィンドウが出てきた。
――――――――――――――――――――
剣と魔法の世界に興味がありますか?
[YES] / [NO]
――――――――――――――――――――
なんだこれ? 会社のパソコンだし、変なソフトをダウンロードした覚えはないんだが。訝しく思いながらも、俺は[YES]をクリックした。
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あなたは支配する側と支配される側どちらになりたいですか?
[支配する側] / [支配される側]
――――――――――――――――――――
「支配する側だよな……やっぱり」
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あなたは異世界に転生することができます。どうしますか?
[転生する] / [転生しない]
――――――――――――――――――――
「何を言ってんだこいつは。できるもんならやってみろって話だ」
迷わず[転生する]をクリック。
――――――――――――――――――――
異世界に転生します。本当によろしいですか?
[YES] / [NO]
――――――――――――――――――――
多分、同僚の誰かが面白半分でこんなプログラムを仕掛けておいたんだろう。こんなことに時間を割くくらいなら仕事をしろって話だけど、まあまあ面白かったかな。
俺は嘆息して、[YES]をクリックした。
ウィンドウは閉じられ、見慣れた作業画面だけが映っている。
「なんだ、やっぱり何も起こらないじゃないか――――ん?」
まだ寝ちゃいけないとわかっているはずなのに、突然強烈な睡魔が俺を襲った。
「まだ……仕事が……でも……もう……む……」
その後の記憶はない。
◇
――目が覚めると、俺の目の前に大きなドラゴンがいた。
ファンタジーゲームのような赤く、巨大なドラゴン。踏まれたら骨が折れるどころの話じゃないことはわかる。
周りには俺の背丈よりも高い岩がたくさん並んでいて、ドラゴンの後ろには三つの大きな卵があった。
「いやいやいやいや、なんだよこれ!」
ああ……ははっ、これ夢だよな。うん、俺さっきまで仕事してたんだもんな。
普通に考えて……。
「――うおっと!」
ドラゴンの前足が動いて、風圧で弾き飛ばされる。
地面に転がった衝撃で、足を擦りむいてしまった。傷口からは血が流れている。
「普通に痛いし……リアルすぎるし……な、なんなんだよ!」
どこかに逃げられないかと思って目に見える範囲を探していると、視界の端に変なアイコンが浮かんでいるのが見えた。
指で触れてみると、ゲームのようにいくつかのメニューが見えてきた。
スキルメニューをタップすると、視界上にウィンドウが表示される。
「【強制隷属】……? なんだこれ」
スキルメニューには、それ一つしかなかった。
そうこうしているうちに、巨大なドラゴンと目が合ってしまう。
「……あっ」
俺の存在に気づいたドラゴンは、爪を使って俺を殺そうと襲い掛かってきた。
やばい、このままだと死ぬ!
なにがなんだかわからないまま死ぬ!
俺はその辺の岩を利用しながら逃げ続けた。ドラゴンは獲物を逃がすまいといつまでも諦めずに俺を負い続けてくる。
――そして、壁際に追い詰められた。
ああ、死ぬんだなと思った。
鋭いドラゴンの爪が俺を襲う――。
「きょ、強制隷属でもなんでもいいから食らえ!!!!」
俺はスキルを使うという『意思』をもって叫んだ。すると、その叫びが届いたかのようにドラゴンの攻撃が止まった。
心臓はバクバクしていて、まるで生きた心地がしない。
「えっと……俺、助かったのか?」
わけもわからず大きなドラゴンを下から見上げると、その巨体が俺に平伏した。
「申し訳ありませんでした、ご主人様。ご無礼をお許しください。私、赤竜はご主人様にお仕えすることを誓います」
「……は? つ、つまりもう俺に攻撃はしないってことでいいんだな?」
「ご主人様を攻撃するなんてとんでもございません! 重ねてお詫び申し上げます」
「はぁ……」
何が何だかわからないが、スキルを使った途端に従うようになったらしい。
スキルを使うのが正解だってことなのか?