№9 意思たる願い
予定よりだいぶ遅れてしまい、申し訳ありませんでした!
光が射し込む方へ顔を向けると、僕は目を見開いた。
その先に在ったのは、一本の剣。其れは、僕が描いた挿絵である。
アレさえ有れば、この危機的状況を逆転する事が出来るかもしれない!
そんな期待も束の間。僕は有る一点…問題に打ち当たっていた。
そう、其れは…剣が在る場所までの距離だ。
そのまま道の通りに進んでいたら、時間が掛かり過ぎる。
そんな事じゃ、ヴァースを助けられなくなる。
何か他に手立ては無いのか?
………否、そんな物…一つしか無いだろがっ!!
そんなの決まっているっ!!
僕は前に在る大きな柵に手を掛け、勢いを付けて乗り上がった。
「――このまま降ってやるっ!」
そう意気込んでみたが、乗り上がった状態で下を見下ろすと、思った以上の高さと暗がりで底が影で見え辛くなっている事に、脚が竦み身体を震わせた。
しかし、直ぐにハッと我に返り、顔を左右に強く振り、身を引き締め直す。
高いから何だ? 暗いから何だ? 一々そんな事にビビっていられない。ヴァースを助けたいんだろ! なら、迷わず足を動かせ!! と、自分に言い聞かせ、降り始める。
恐る恐る一歩…また一歩と、崖面の凹みに足を伸ばし、そのまま降って行く。
其れ程、断崖絶壁では無いものの。崖面にへばり付かなければ、転げ落ちる程の超激斜面。
然もサラマンドラの出現により、強い高気圧で発生した強風に煽られ、身体が飛ばされそうになる。
その結果、風で砂埃が舞い、視界は更に増すばかりで、思わず目を細める。
僕は歯を噛み締め、口を固く閉じる。そして、強風の音と心臓音が耳元に鳴り響く。
こんな時は、慌てていてはいけない。
冷静さを掛けば、足元を掬われる。
此処は慎重に…其れでいて、素早く足運びを行う。
そうして再び一歩…また一歩と、崖面の凹みに足を伸ばし、降り続けた。
その後、降り続けてから半分以上は行っただろうか?
下を見下ろすと、視界から漸く底の地面が見えて来た。
後もう少し!と、思ったのも束の間。
脚を伸ばした崖面の凹みに、足を乗せた…次の瞬間――
ガダッ!
物音と共に足下の凹みが崩れ落ち、そのまま落下した。
突然の出来事に、目を見開く。
このままでは、地面に叩き付けられ……下手をすれば――。
脳裏に浮かび上がった瞬間、背筋から異様なまでの寒気を感じた。
何とか回避するべく、落下する速度を落とそうと、僕は咄嗟に崖面へ両手を伸ばし爪を立てる。
崖面に接触した際、ガガァァァアっと、引きずられる様な音と共に、指から伝わる強烈な痛みに思わず声を上げる。
そして崖面は、下がって行く程、段々荒目になっていく。
その時、崖面に触れていた両手が、頭一つ分の大きさの岩に接触。その際、身体は後ろ側に弾き飛ばされた。
先程の斜面よりは、大分マシになった。しかし…転げ落ちた先は、凸凹と入り組んだ岩が並び立つ坂だった。僕は頭を抱えながら、前転…後転…そして横回りと転げ落ちて行く。
時任受け身を取り、時に手足を使い速度を調節しながら降って行く。
転げ落ちて行く際、大きさの異なる砂利や石…岩等を潜り抜ける。
途中、体の至る所に打つかる為、徐々に全身は痣や擦り傷を負い、泥等の汚れが付いて来る。
その後、最後に2〜3段ぐらいの高さの段差から叩き落された。
仰向けの状態だった身体を横たわせた。
やっとだ……やっとあの崖を降り切った!
そんな事を考えていた時だった。
「ぐっ、アアァァァーーッ!!」
突然後から来る痛みに、声にならない叫びを上げながら身悶える。
自分の身体をよく見てみると、両手がボロボロになっていた。特に指の辺りが一番酷く、指先が真っ赤な血で染まっており、所々の爪が剥けていた。
動かす度、身体中に痛みが走り、袖から見える肌には、痣が浮かんでいる。恐らく、身体の至る所に同じ様な痣が出来ており、そして…その中には、折れる程まで行かなかったが、多分コレ…骨にヒビが入っている。
ここまでの大怪我を負ったのは、前の世界でもなかった。
僕は痛みの余り、目元が涙で滲んで来た。
「……っ! ……カッ、ハァ…ハァ――」
只息をしているだけで、こんなにもしんどいなんて……最早、自力で立ち上がる事すらままならなかった。
少しでも動けば、再び痛みが全身に走り出し叫びたくなる。其れを堪え、痛みに耐えながら指先の傷を包む様に握り締め、俯せで地べたに両膝を使い、前へ…前へと進んだ。
なんとか剣の所まで辿り着いた僕は、軋む体を起こし、そのまま剣にしがみ付く様に柄を掴んだ。
両手で握り締めた際、手元から血が線を描く様に流れ、刃元へと垂れていく。
口元からは、崖から転げ落ちた際にか、血の味が広がる。
息をゼェゼェとしながら、其れでもなお、剣に向けて声を掛けた。
「――はじめまして…かな? 僕はカイマと言います。君ニ……っ、頼みたい事がアって来たんダ…」
息もし辛い中、何とか声に出してみたものの…声は震え掠れている。
そして固く閉じた目からは、徐々に涙が溢れ返り、深々と頭を下げた。
「頼む! ヴァースを救う為、どうか協力して貰えないだろうか?」
そう告げると、口元を噛み締めながら手に力が入り、肩を震わせていた。
「君が…私欲な者達から、力を求められている事を厭わしく思う気持ちは、痛いほど良く分かる。君の剣は、人を護為の剣だ。……だから少しだけで良い! 勿論、タダだとは言わない。僕が出来る事なら何だってする!」
僕は顔を上げ、目を閉じ思い出す様に語り始める。
「僕は……神様の無茶振りに巻き込まれ、こんな異世界まで飛ばされて来た。右も左も分からない、行く当てもなく途方に暮れていた。――そんな時、こんな僕に声を掛けてくれたのが…ヴァースだった」
言葉を口にする事に、涙は刀身を伝って流れ落ちる。
ああ、情け無い――こうでもしなければ、何一つ成し得ない。そんな自分の弱さ…無力さを噛み締め、悔む程に涙が止まらない。
其れでも彼を救えるならば、こんな他愛も無い意地など割り切れる。
そして流れていく際、刀身に付着した血と混ざり合う。
涙と混ざり合った血は、赤みが徐々に薄れていき、若干だが薄紅色の様な色に染まっていく。
「そんな彼が今、危険な状況に陥っている。ヴァースは僕なんかより何十倍も強い。たった一人で、あんな化け物と戦っている。だけど、其れも時間の問題だ。このままじゃ、本当に死んでしまう……そんなのは嫌だっ! ――彼を助けたい! 今の僕じゃ、帰って足手纏いにしかならない事ぐらい、自分でも解り切っている。……其れでも! 彼の為に僕にしか出来ない最大限の事をしたい。彼を死なせたくない! 失いたく…ないんだ……だからっ!!――」
話していくにつれて、感情的になっていくのが自分でも分かる。
最後の方を涙声にしながら目を見開いた。
その瞳には、意思に至る強さが宿り、剣の頭に額を打ち付け、剣に向けて叫んだ。
「――力を貸してくれ! 極刀 桜染乱月!!」
すると次の瞬間、剣から発光し、周囲を覆う程の光に包まれる。
そして、そんな時…何処からか声が聞こえる。
『仰せのままに……我が創造主よ!』
この瞬間、周囲を覆い隠した光は、一気に天高く轟、大きな光の柱が出現したので在った。
次の回は、7月末に更新する予定です。なるべく予定通りに、原稿が出来るよう努力しますので、宜しくお願い致します。