猫はいつでも可愛い
正月気分が抜けきらない一月半ば、俺は女房と言い合いになった。
「ダラケルのも程々にしろ、稼ぎが悪い」
女房の言い分は分かる。だが、世界は思い通りには回ってくれない。
「なら、私が外に出る」
「ああ、やってみろ」
売り言葉に買い言葉だ。結局、俺は主夫となった。それが二月の初旬だ。
主夫業は悪く無かった。そもそも、幾つもの職場を転々とした俺だ。『稼ぐ』事が不向きな生き物なのだろう。黙々と乾いた魚を刻んでいる方が断然に楽しい。一方、『働く女』になった女房は絶好調だった。
初月なのに、彼女の稼ぎは軽く前任者を超えていると聞いた。予想外の彼女の能力に俺は舌を巻いた。やはり、『適正』は存在するのだと実感する。そんな期待に応える様に、彼女はますます仕事に精を出す。そんな彼女ならば、俺の期待にも必ず応えてくれるはずだ。
二月の半ばを過ぎたころ、完全に『稼ぎ』が女房の本職になった。肉食獣並みの貪欲さが評価され、大人物のお眼鏡にかなったらしい。
「良いわよね」
専業主夫である俺は、稼ぎ頭に反論は出来ない。二つ返事で了解した。そもそも、反論など無い。家事全般が『完全』に俺の本業となった事は、むしろ嬉しい事だった。毎日、鼻歌交じりで女房を送りだす。この狭い部屋に二人きりの生活だ。掃除、炊事、その他雑用をひっくるめても大事では無い。むしろ、この程度で喰わして貰えるのだから女房様様だ。
彼女は増々輝きだした。『家』に捕らわれていた時間を取戻すかのように毎日を溌剌と過ごしている。そんな彼女に触発され、職場環境も非常に良くなっていった。今では彼女の有無が職場の雰囲気に大きく影響する程だ。さらに、彼女は『遅れ』を取り戻すほどの功績をたびたび挙げた。この功績により、彼女の存在は確立された。実力者には『特権』が当然だ。俺は彼女の姿を求めて部屋を出た。
女房が大食いになった。ふくよかになった身体も一見で分かる。だが、ストレス系の暴飲では無い。激務と春先の空腹時期が重なっただけだ、と女房は言った。
「心配しないで」
その言葉が俺に感激を与える。『稼ぎ』の辛さは知っている俺だ。愚痴一つこぼさずに連日の勤務に励み、俺の至らぬ家事にも満足してくれる女房。
― 夫婦は支え合って、なんぼ。
俺の出来る事は少ないが、支える事は伴侶である俺にしか出来ない。俺は拳を握って誓った。
― 旨い飯をたくさん作ろう。
ならば、まず、弁当だ。
彼女の肌は柔らかい。そして、温かだ。何度、交じっても高揚するのは背徳感からだろう。背徳感は香辛料だ。食欲を増進させ、肉の旨味を増す。しかし、俺もイイ年齢だ。自戒の頃合いかもしれない。
数日間の出張から女房が帰って来た。扉を開けて迎えた俺はその姿に驚く。乱れた毛並み、涙痕の残った顔、巨大な胸回りに対して凹み切った腹回り。只、身体中から慈愛が溢れている。
「この子達に、ご飯を食べさせて」
一言残し、女房は倒れた。死んではいない。艶の無い黒毛が上下し、激しい鼾がぷーぷーと聞こえる。
― この子達?
俺は開いたままの扉に目を向ける。そこには六人の子供たちがいた。キジトラ、黒、白、三毛、サビ、ぶち。それらを纏った十二個のキトンブルーが俺を見つめる。
「にやおぅ!」
俺は全身毛を逆立て、飛びあがった。子等に聞いたら、瞳孔は限界まで開き、顎が外れていたらしい。俺にこれらの自覚は無い。