いなつま
「目を閉じていたのだから、見える筈が無い」という。いや、でも夢ならば目を閉じていても見る事が出来るだろう。「ならば、夢だったのだろうか?」おいおい。そんな事はどちらでも構わないだろう?事実として私は確かに見たのだから。
あの夜、脳味噌に突き刺さる程の刺激の中にうごめく生物の姿を確かに見た。あれは絶対に竜だった。竜は雷を纏い、空中を駆けていた。
人間が竜を見た時、吉兆も凶兆も生ずるとされいる。想像上の生き物だから、その説もマユツバに決まっている。だが、まて。想像獣だと判っているならば、初めて竜の竜は何処に現れたのだろうか?
答えは夢だ。最初の出会いは何者かの夢の中だったのだ。成程。ならば、竜は夢の中に住んでいる。これは私的には大発見だった。
夢は誰もが見る事ができる。勿論私も大変よくみる。夢の世界の広さは判らないが、1ポンドにも満たない脳細胞の内だ。なら、その世界も、たかが知れているだろう。だから、見つける事はそれほど困難ではない。私はその結論に至った。
その夜、帰宅後、私は早速床に潜った。
目を閉じるがなかなか寝付けない。油断すると出来っこない計画とか、残念な出来事、面白かった漫画などが浮かんでくる。しかも、隣家のテレビや暴走車を追いかけるサイレンが邪魔をする。
「寝れないの?」
長年連れ添った妻の声にも無視をする。
私は眠りを妨げる者はすべて意識から排除する事にした。それ程、私の竜に対する欲求は強いのだ。
さて、呼吸すら止めた狸寝入りが見事だったようで、心配そうに傍に居た妻も部屋を出て行った。さらに、玄関を静かに閉める。自身の存在すら迷惑だと考えたのだろう。夫への心配りに感謝だ。さて、寝るぞ。
『ブルブルブル』
また、邪魔が入った。今度は携帯だ。
すでに遺伝子に組み込まれてしまった反応の為、着信は無視できない。携帯電話は既に、人間の生体に組み込まれている。トイレだろうが、風呂だろうが、淫行の途中だろうが電話だけは無視できない生物に人間はなった。私もその端くれだから、もっそり起き上がった。手を伸ばし、震源を求める。
「はい?」
切れた。
無言電話には身に覚えが無い。手にした震源をみると、妻の携帯だった。液晶画面には非通知の文字。
「……」
私は不思議な感覚に包まれた。虚脱感と高揚感。清々しさと疲労感。身体と精神が分離したような錯覚。
とにかく毛布に潜り込む事にした。そして、ぐぐぐ、と脚を爪先まで伸ばす。は、と息を吐くとすぐに寝てしまった。
竜を見たのはそれからすぐだった。
竜を見る事はそれほど困難では無い。むしろ、睡眠状態に至るまでの過程が難しいと云える。
以上、竜との遭遇をご希望の方、この報告を参考にしてください。