CASE.36 モンスター掃討戦<1>
さぁこの章も終盤に差し掛かって来ましたよ~?
……何、早くないか、ですって?
いやいや、そんな筈。あっはっは。
モンスターの軍勢が押し寄せるまでの二日間はあっという間に過ぎ去り、いよいよその当日の朝を迎えた。
「…………」
いつもの様に宿屋のベッドで目を覚ました俺は、起き上がると髪をクシャクシャ掻いてから支度を整えていく。
普段なら洗面台に立って、後はオルカちゃんの待つ食堂へと向かうのだけど、今日はその前にする事があった。
「一応昨日も確認はしたけど、もう一度確認しておこう……」
そう呟いた俺は、普段持って行くリュックの中身を確認していく。中には今まで着ていた衣類や未だに換金していないマンイーターの核、幾分かのお金と神様から貰った図鑑が入っていた。
……うん、大丈夫だ。昨日と同じで、問題は無い。
「……気合い入れないとな」
何時もの場所に鋼鉄の剣と、もう一振りの剣が引っ提げられているのを確認した俺は、ふとラドーガさんに言われた事を思い出してしまった。
”噂が潰えるまでの一年間ほど、別の大陸で身を隠して貰えないか?”
こんなにも早く王国に目を付けられるとは思っても居なかった。それが、素直な感想だった。
やはり自分の立場の事を考えるなら、どこかの街に住み着くような真似は止めた方が良かったのかも知れないし、何より冒険者ギルドなんていう人と関わるような場所に立ち入ってしまったのが、そもそものミスだったのかもしれない。……あー、考えれば考えるだけ自分の無能さが露わになってしまう。
「……ラドーガさんには感謝だな」
身を顰める為に向かう大陸までの準備は、何でもラドーガさんの方で全て手配してくれるらしい。戦いが終わったタイミングで、すぐそこへ向かってこの大陸を離れる、という手筈になっている。
それと、この戦いに参加するのは自分の顔を晒しにいくようなもので余り良くないように思えるかもしれないけど、図鑑が埋まったり、経験値稼ぎだったりとメリットは存在する。そもそも、今回の件は俺も結構関わっているから、戦いに参加しないなんていう事は有り得ない。
こちらの世界に来て早々、予想外の大事に巻き込まれてしまった事に苦笑いを浮かべた俺は、荷物をベッドの脇に置いて部屋を後にするのだった。
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モンスターが大量発生するのは王国側の情報通りなら昼過ぎ、大体午後の一時らしい。ギルドで招集を掛けられていた人たちは、それに合わせて東側の通路へと移動していた。
「……予定の時間までまだ少し残されているか。
お前ら、ここらで散開しろ。打ち合わせ通りチームで行動、出来るだけ互いの足を引っ張らないように位置取りをしておけ。
いいか────気合い入れていけよ?」
「「「「「はいっ!!」」」」」
先頭を歩いていたラドーガさんの指示に力強く反応した冒険者達は、各自周囲の様子を窺いながら適当な位置に散らばっていく。
「俺達も動くぞ」
「あ、はい」「ええ」
ラドーガさんの後について行くと、その先では男女二人が待っていた。
「待たせたな」
「おっ、来たな。セラスも久し振り」
「……まさかヘッヅが地下から出て来るなんて。一体何年以来ですか?」
「そりゃ、こんな事態なら出るしかないでしょ。
ってか、それで言ったらセラスこそ。よく来ることに了承したな?」
「仕方ないじゃないですか。こんな緊急事態」
「ははっ、結局みんな一緒って訳か」
そう言って色黒スキンヘッドの大男は豪快に笑い飛ばしていた。セラスさんの事を呼び捨てにしていたし、そういう間柄なんだろう。というか、地底人なのこの人……?
一方で、ラドーガさんはもう一人の女性と話し合っていた。
「リーン、魔導協会は何か言ってたか?」
「いいえ。今は”魔導”の研究が本腰に入ったって騒いでてそれ所じゃないもの。
……全く、研究所が襲われたらそれこそ”それ所じゃない”ってのにね?」
「お前……結構溜まってんのな」
「まぁね。その憂さ晴らしに来たとでも思ってちょうだい」
「お前の憂さ晴らしに付き合わされるモンスターに同情だな……」
「あら。そんな事言ったらそこの”爆殺聖女”はどうなるのよ?」
「はっ、”凍獄の魔女”が何を言うか」
「……懐かしい呼び名を持ってくるのね。冒険者だった頃を思い出させるのが目的?」
「別に、そんな事はねーよ」
こちらもこちらで楽しそうに会話を弾ませていた。話の内容からするに魔法とかそう言った方のお偉いさんなのだろうか。何はともあれ、まともそうな人なので良かった。
どうやらここにいる四人は”元”冒険者チームらしい。何とも豪華なパーティーである。
そうして完全に蚊帳の外に追いやられていた俺だったけど、その事に気が付いたラドーガさんが会話を打ち切り、俺の肩に手を置いてきた。
「っとと、忘れる所だった。今回臨時でパーティーを組む事になったイスミだ。
見た目こそ若いが、それなりに戦えるはずだ」
「あ、えっと、イスミです。宜しくお願いします」
促されるままに簡単な自己紹介をする俺。だけど、それを聞いた二人は怪訝そうにこちらの様子を窺ってきた。視線の先は……俺が身に着けているローブのようだ。
「そのローブは、ラドーガが渡したのか?」
「ああ。まぁカモフラージュが必要でな。
その、何だ。あんまり詮索しないでやってくれ」
「……お前がそう言うのなら。リーンはどう思う?」
「私も少しは気になるけど、それより彼に纏わりついてる魔力の方が気になるわ……
ねぇ、この掃討戦が終わったら私の”研究”に────」
「リーン、悪いがそんな時間は無いし、そもそもお前の研究に差し出したら二度と帰って来なくなるだろ」
「そんな事無いわよっ。……いや、ちょっとはある、かな。アハハ……」
……訂正。この中にまともな人はいないのかも知れない。
一応補足しておくと、ヘッヅさんの言う通りこのローブはラドーガさんに貰った物。『宵闇のローブ』という名前で、身に纏う者を認識し辛くする魔法が掛けられているらしい。
何でもこれ一つで一軒家が二軒買えるとか。……そんなのを俺に渡していいのか?
「さ、小話はこれぐらいで良いだろ。
……王国兵も揃っているみたいだし、信号弾を撃たないとな」
腰に巻いたポーチから口径の大きな、玩具の銃のような物を取り出したラドーガさんは、それを空に向けて発砲した。
赤い光が上に打ち上がる。ラドーガさん曰く「これが準備完了の合図だ」との事。少しすると、街とは反対側から同じ赤い光が打ち上がっていた。
「向こうも準備は出来てるみたいだな。
……そろそろ予定時刻だ。総員構えろっ!!」
「「「「「はっ!!」」」」」
ラドーガさんが他の冒険者達の士気を高める為に檄を飛ばす。その影響は恐ろしいもので、要路に空気が震える程の大声が鳴り響いた。
刻一刻と時間が過ぎていく。誰かが予定時刻だと呟いた。しかし、それでも聞こえて来るのは人々の雑音と、草木を揺らす風に乗せられる自然の音だけ。
何分経っただろうか。未だモンスターが発生する気配はない。
「……もしかして、出現情報が嘘だった……?」
「いや、そんな筈────」
「モンスター出たぞっ!!」
「こっちにも出たわっ!!」
「これは……ゴブリン達だっ!!」
「ガーゴイルもいるぞ!!」
余りのタイムラグにヘッヅさんとラドーガさんが戸惑いの表情を浮かべた途端、事は大きく動き始めた。
初めは俺達が居る所から少しずれた場所で、様々なモンスターがスポーンしていた。
出て来ていたのはゴブリンやライノボアなどのその場所で出現するモンスター達と、ガーゴイルやシャドウデーモンなどの普段現れる筈の無いモンスター。これには多くの冒険者達が困惑を露わにしていた。
「ラドーガ」
「分かってる。っと、俺達の方にも来たか」
中央辺りの方に気を取られていると、自分達の周りを取り囲むようにしてスポーンの光が見え始める。光の中から現れたのは、明らか人間の1.5倍程はありそうな、角の生えた巨人。オーガと呼ばれるモンスターだろうか。
背中から自分の頭身より大きい槍を取り出したヘッヅさんは、ラドーガさん達よりも一歩前に出る。それを見てセラスさんとリーンさんは中衛の位置に立つ。……って、ラドーガさんが後衛!?
「ラドーガさんは前にでないんですか?」
「ん? あぁ、俺はよっぽどじゃない限り出てはいけないんだよ」
「?」
「まぁ、後で分かるかもよ。
ほら、折角のチャンスなんだ。セラスとの特訓の成果を見せて見ろ」
「え、あ、はいっ」
背中を少し強めに叩かれた俺は、よろける様にしてヘッヅさんの隣に並ぶ。
ラドーガさんと元は同じパーティーという事は、同じだけの戦闘力があるという事。そんな異次元級の強さを持つ人とこうして肩を並べることになるなんて、一体誰が想像しただろう。
「おいボウズ。お前は右側の数体を任せて良いか?」
「あ、はい。たぶん大丈夫です」
「おし、なら行くぞっ!!」
ラドーガさん率いる元冒険者パーティーが出揃った所で、いよいよ討伐戦ですね~
この戦いの行方は……? そして、討伐戦後に待ち受けるイスミの運命とは……?
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