CASE.28 彼と彼女のプロローグ
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・マンイーター,
体長3mを超える巨体に二本の太い蔦を持つ植物系モンスター。普段は触角以外を地中に埋め、周囲の生態系に合わせて触角を花に擬態させ獲物を惑わせる。
二本の太い触手を使った一撃は重く、並の冒険者が直撃すれば気絶するほどの威力を持つ。特に蔓の先端部分に力が集積する為、出来る限り接近する事が討伐に関係してくる。火に弱く、斬撃に強い。
<ドロップアイテム>
・マンイーターの核
・???
・???
・???
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「何見てるの?」
「ん? あぁ、これの説明をしてなかったっけ」
ソファの上で図鑑を開いていた俺の横に、公衆浴場から帰って来たオルカちゃんが腰掛ける。それと同時に女性特有のふんわりとした良い香りが漂ってきて、思わず視線が吸い寄せられそうになる。
「これは討伐したモンスターの情報が自動的に更新されるアイテムで、これも神様からの貰い物なんだ」
「へぇ、ちょっと見せてよ」
「えっ!?」
「な、何よ……ダメな訳?」
「い、いやそうじゃないけど……」
別に見せる事は問題じゃない。問題なのは、図鑑を見る為にオルカちゃんが俺に引っ付いてくることだ。
こちらに身を乗り出してまで図鑑を見ようとすれば、当然密着する面積は増える。どう見ても男女の取るべき距離感ではない。これは……敢えて触れない方が良いのだろうか。
「へぇ、これ凄いわね。ちゃんとドロップアイテムまで表示されるんだ」
「あ、ああ。でもここの『???』欄を見て分かるように、まだドロップしていないアイテムは隠されてしまうらしい」
「つまり、イスミの目的を達成するためには、この図鑑を埋める事が正規ルートになりそう、って訳ね」
「そういう事。でもこの分厚さだから一体どれぐらい掛かるか……」
「あれだけの力を持ってるのに、そんな不安がる事?
効率良くやれば、一年も要らないんじゃない?」
「……いや、今の時点だと無理かな」
「どうして?」
すぐ横で首を傾げるオルカちゃんに、俺はギルドマスターであるラドーガさんに審査して貰った話をした。すると、意外な言葉が返って来た。
「ギルドマスターと? それは不運だったわね」
「え、どうして?」
「知らない……のは当然よね。いいわ、教えてあげる。
ギルドマスターは元Sランク冒険者なのよ」
「なっ……」
ラドーガさん、何とSランク冒険者でした。元だけど。
というか、何となくだがそれぐらいの強さはあるような気がしていた。でないと、俺の全力の一撃をあんな感じで躱せる筈が無い。
「で、どうしてギルドマスターの話を?」
「これからこの図鑑を埋める為に色んな奴と戦う事になる訳だろ?
その中には勿論、Sランク冒険者でも倒せない様な敵だっているかもしれない」
「まあ、確かに言われてみれば……」
「となれば、元Sランク冒険者のラドーガさんより強くならなければならない訳で、でも実際はあの人に勝てる気がしなかった。模擬戦だけど」
「なるほど……」
「だから、そんなに早くは図鑑を埋めることは出来ないかもしれないし、何より俺はまだこちらの世界に来たばかりのひよっこ異世界人だから、大して強くないんだよね」
割と真面目に相談する形になってしまったけど、それが功を奏したのか、オルカちゃんが一旦距離を取って座り直してくれた。そして、一緒になってウンウン唸ってくれた。
今言ったように、俺には神様のお願いを叶える上で致命的な問題点がある。中途半端に強いという事だ。
もしこれが他者の追随を許さない様な成長チートだったり、若しくは初期から世界最強レベルの強さならまるで悩む必要は無い。ただただモンスターを狩って回ればいいだけの話に収まってしまうから。
だが、実際はSランク冒険者にすら到達出来ない戦闘力。確かに周囲の空間を完全に把握できる能力や、周囲の微小な音を完全に聞き分ける能力、スキルの取得が早い能力等は役に立つかもしれない。しかし、それらを完全に使いこなすに至っていない節があるというのも、また事実である。
そんな下向きな自己分析をしていると、隣でオルカちゃんが突然声を張り上げた。
「……そうだわ!!」
「えっ? ど、どうかした?」
「イスミ、アンタギルドマスターと仲良いんでしょ?
だったら稽古でも付けて貰いなさいよっ」
「稽古? ……あぁ、確かにそれはアリかも」
その発想は無かった。確かに俺のこの強さに興味を示しているあの人なら、稽古をつけて貰えるかもしれない。隙あらば、あの人の強さの秘密も聞きだしておきたいし。
「……うん、街に戻ったらラドーガに頼んで見る。それでもし断られたら、その時は別の方法で強くなる事を考える事にしよう」
「そうね、それがいいわ。それに、最悪そういった師事を仰げなくても、依頼をこなしながら強くなっていけばいい事だわ。そう言う意味では当たって砕けろ、よね」
「出来れば砕けたくないんだけどな……」
「ふふっ、それもそうね」
苦笑いを浮かべる俺とは対照的に良い笑顔を見せるオルカちゃん。正直、控えめに言っても無茶苦茶可愛い。
と、そんな俺の戯言は置いておいて、一つ気になる事があった。
「そう言えば、もし俺が稽古する事になったらさ、オルカちゃんはその間どうするつもり?」
「アタシ? アタシの事なら心配ないわ。する事は既に決めているもの」
「そうなんだ、因みに何するつもり?」
「情報収集よ。取り敢えずは街周辺のモンスターの情報でも集めてみようと思うわ。
……イスミに協力するって言ったんだから、アタシは優秀なサポーターにでもなってあげるわっ」
「感謝なさいっ?」と得意げな表情でそう口にするオルカちゃんだが、実際物凄く有難い。こちらの世界に疎い俺が情報を集めるよりはずっと正確で、かつ要点を抑えた情報を持って来てくれるはずだ。
「そっか、それはメチャクチャ助かるな。ありがとう」
「っ、と、当然よっ!! ……ふふっ」
素直に感謝を伝えた途端顔を真っ赤にしてそっぽを向いたと思えば、すぐに表情を緩めるオルカちゃん。見てて飽きないなぁ、本当に。
何はともあれ、今後の方針は固まった。だから俺は彼女の顔を真っ直ぐ見て、そして右手を差し出した。もう一歩、こちらから歩み寄る為に。
「まぁ、取り敢えず。改めてよろしくな、頼れるサポーターさん?」
「……ふふっ、そうね。こちらこそよろしくね、頼りないリーダーさん?」
「そこはもっと良い事言って欲しかったなぁ……」
「あら、だったらもっとカッコいい所を見せなさい?」
「ははっ、善処する」
軽口をたたき合いながらもしっかりと手を握り合った俺達は、ここに来て漸く”パーティーメンバー”としての契りを交わす。この瞬間、俺と彼女の冒険譚の序章が終わりを告げたように思えた。
オルカちゃんのデレがヤバい!!
……まぁ、私の趣味なんですが(笑)
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