1 アウル・インフィールド
というわけで転移回です。
次話で早速チョロいんこと女神が登場する予定です。
また本文は後々弄る可能性があるのでご了承ください。
「いきます!」
そう短い言葉と共に走り出す一人の若者。
彼の名前はサン・ヨージスという。
短く揃えた赤い髪に、歳にして十三、四には見えない程発達した筋力。そしておおよそその歳の少年が持つには不釣り合いな大剣を手に正面に立つ人物へと間合いを詰めるため迫っていた。
「サン!右は私がやるわ!左をよろしく!」
「了解!」
そして突出したサンに合わせるように指示を出した彼女の名前はリン・アスフェード。
歳はサンと同じくらいに見える彼女は剣を手にした彼とは違い、手には杖が握られていた。
手にした杖からは周りにある木々達を明るく照らす程の光が漏れ出しており、同時に彼女のもつ美しい金髪を靡かせている。
「ふっ!」
短い言葉と同時に杖の放つ光が一瞬、一際強く輝く。
瞬間、前を走るサンを避けるようにして光の矢が飛び出した。
その標的としているのはやはりサンと同様、彼女から十数メートル離れた場所にいる一人の人物だ。
「おりゃっ!」
リンの放った光の矢がその人物へと到達する直前、それよりも前を走っていたサンが大剣を振りかぶり目の前にいる人物を両断するように斬りかかる。
大剣というからには、それなりに重量があるはずのその剣は見た目に反して凄まじい速さで未だ棒立ちのままの人物へと迫っていた。
このままでは次に目を開けた時目の前にあるのは上半身と下半身がサヨナラを告げた見るも無惨な体だろう。
もし、周りに観客がいたならば悲鳴と共に想像せざるを得ない光景だ。
実際、剣を振った本人であるサン自身も「トッた!」と思った程である。
しかし、予想に反して無惨な死体が転がる事はなかった。
ギィインッと鈍い音が鳴り響いたと思えばサンの振った大剣が先程まで確かに棒立ちであったはずの人物がいつの間にか手にしていた「刀」呼ばれる武器に止められていたのだ。
普通、物理法則的にいえば信じられない事だろう。
重量のある大剣を走った事で勢いをつけた状態、更には事前に振りかぶる事で益々威力を上げたサンに対し、刀で受け止めた人物は直前まで棒立ちであった。
加速度をつけた重い剣を細身の刀で、それも踏ん張る様子もない実にあっさりとした状態で受け止めたのだ。しかも片手で。
それこそ、魔法か何かだと思うしかない。
だが、涼しい顔でサンの大剣を受け止めたその人物---中性的ともいえる男は空いたもう片方の手でサンより僅かに遅れて飛来していた光の矢の方へと向けられていた。
手の平を向けられた光の矢は、まるで誰かに掴まれたかのようにその場で止まっている。
この矢達が仮に自我ある状態ならばきっと「あれ、全ッ然進まねェッスいやマジで」と言っている事だろう。
そうして訪れる静寂。
刀で大剣を止められたままのサンはもちろん、それより後方にいるリンもまた何も出来ずに立ち尽くしていたからだ。
そんな二人の様子を見て「うん」と頷いた男は静かに、けれど何故か響き渡る声で「そこまで」と告げたのだった。
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アウル・インフィールド。
この世界において、彼の名前を知らない者はまずいない。
小さい頃より読み聞かせられてきた絵本には幾度となく国や人々を救った「英雄」として。
大きくなってからも日用魔法具の開発者やら剣の基礎を築いた人やら魔法の始祖やらと至る所で聞くその名前はまさに「偉人」と言っても過言ではないだろう。
しかし世間の認識としては過去の偉人、というものであった。
それはその筈だ。
何せ、このアウル・インフィールドという名前が初めて登場するのが今より六百年程前なのだから。
人の寿命はせいぜい五十〜七十と言われているこの世界の常識的に、生きている筈のない人物なのである。
そんな中、長い時が経った今でもなお彼のしてきた出来事が鮮明に語り継がれているというのは、それだけ彼のしてきた事が偉大だったという事だろう。
それこそ、逸話の一つや二つはポンポンと出てくるくらいに。
本で語られている英雄譚の他にもやれ龍神と闘って倒した後親友になったやら、やれ彼と結婚したいがために押し寄せた女性達の数が一軍隊に匹敵するほどで国王自らの取り締まったやら、やれ料理の腕もマジ神レベルらしいやら。
そんな少し変わった話なんかもあった。
さて、そんな偉人アウルだが実のところ成し遂げてきた偉業こそ数多く語り継がれているものの、その生の最後を知る者は誰もいなかった。
絵本で語られる最後にも、彼の偉業が書かれている書物にも彼の最後については何も記されていないのだ。
諸説にはそもそもアウルという人物は一人ではなかっただとか、実は現世に降りた神だったのではないかという中々突拍子もない話もあるのだが…そのどれもが信憑性のない語り話としてでしかない。
何処にも死亡したという記載がないため中には
「今もなおアウル・インフィールドは生きていて現世の世を見守っている」というものもあった。
アウルの名が登場してからおよそ六百年が経過している現在。
普通に考えれば生きているわけがない。
故に先にもあった複数ある諸説の中でも尤もありえない話であり、ある意味での験担ぎや戒めのような意味合いとして語り継がれていたこの話なのだが-----
「ふぅ…」
自らの弟子の旅立ちを見送った中性的な風貌の男性---アウル・インフィールドは一仕事を終えたように短く息を吐いた。
そう、ありえないと言われていた諸説は実は正しく六百年の月日が経った今でもアウルは生きていたのだ。
六百年…おおよそ人が人である限り生きれる筈のない時間を、彼はふとしたきっかけで生き続けられるようになってしまっていた。
それは今から大体五百八十年ほど前のこと。
その当時、孤児として細々と暮らしていた幼少の経験もあり自由に憧れた彼は冒険者をしていた。
幸か不幸か剣の才能も魔法の才能もあった彼はまたたく間に実力を上げていったが、それでも冒険者を初めて日の浅い彼は知識不足や経験不足などもあり、まだまだ新米の冒険者と言っても過言ではなかった。
そんな己の実力不足を自覚していた彼は時間が解決してくれるだろうという事も分かってはいたのだが、頭では分かっていてもそれを受け入れられるかはまた別である。
まだ若い歳ともなればなおさらだろう。
しかし、そんな気の焦りが判断ミスを招き結果として致命傷、最悪だと死につながるという事も彼はよく理解していた。
ならばと、ちょっとした気晴らしも兼ねてその時滞在していた街にある神殿で道中の安全でも祈願しとくかと祈りを捧げてみる事にしたのだ。
それはただの気まぐれによる行動。
だが、この事がきっかけで彼の運命は変わる事となる。
特にこの世界を創造たといわれている女神ミナリスの宗教に入っていたわけでもなく、ミナリスに対して祈ったわけでもなかった筈のアウルは何故か女神の加護を得てしまったのだ。
当初の彼は「お?なんか体が光ったぞ?」程度にしか思わず、特に気にせずに旅を続けていたのだがその数年後にようやく女神の加護がなんたるものかが理解できた。
と、いうのもその神殿で祈祷した日から体が一向に老いないのだ。
外的要因では死亡する可能性もあるだろうから不死とは言えないかもしれないが、その体は歳をとらない、つまり不老になってしまっていた。
その事に気付いた彼は「強さ」を得るのに丁度いいか、と前向き考え最初の数百年は自己鍛錬に費やす。
だが何せ余っている時間が膨大すぎた。
剣も魔法も極めてしまい、途中で強くなる事へ「飽き」がきてしまった彼は考える。
そして不意に思い出だした。
強くなる前の、孤児として生きていた無力な自分を。
生きる事に精一杯で何一つ自由のなかった毎日を。
そこで彼は同じ境遇の子供達に「力」を与える事にした。
それは「生きる力」だ。
決めてから行動までは早かった。
各地を周り、自分と来る事を望んだ「生きる力」を欲する子供がいれば連れ出し一人前に育て上げる。
そうしたことを何十年、何百年と今現在に至るまで繰り返していた。
育てる方のレベルが規格外だからか、彼視点での「一人前」がどのレベルだかは語らないでおく。
つい先程模擬戦を行なったサンやリンも孤児として行くあてもなく彷徨っていたところをアウルに拾われそのまま弟子として育てられた子供達であった。
さっきの戦闘はある一定の強さがあるかのちょっとしたテストであり、見事合格した二人は腕試しも兼ねてアウルと住んでいた森にある小屋を去り、街へと旅立っていったのだ。
一、二ヶ月の別れだというのにリンが「師匠と別れたくないッ」と駄々を捏ね出したのには流石のアウルも苦笑いするしかなかったが、それも寂しくなったらいつでも帰ってきて大丈夫という事で何とか納得してもらった。
そうして、久しぶり…それこそ十年ぶりくらいに一人となったアウルは静かになった空間にちょっとした寂しさを感じる。
「…ふむ」
思わず漏れる声。
その声には普段弟子の前では見せてない感情が見え隠れしていた。
日常の喧騒が消え寂しさを感じたのももちろんある。
だがそれ以上に教育方針別に剣の道や魔法の道を極めてしまった時に感じた「飽き」というのも薄々感じてしまっていたのだ。
今更弟子を育てる事を辞めるつもりもないがそれでも同じ事を何百年も繰り返していれば飽きてしまうのも当然だろう。
何か面白い事が起きないだろうか。
柄にもなくそんな事を思った時だった。
「ん?」
凄まじい魔力を感じたと思えばアウルの身体が輝きだしたのだ。
「・・・ほぉー」
瞬時にその魔法が何かを解析したアウルだったが、特に焦った様子はない。
それどころか、口には笑みさえ浮かべていた。
『ッ、ダメッ!!』
不意に溢れ出す光が強くなった瞬間、何処からか聞こえた女性の声。
そしてそれを最後にアウルの身体は完全に光に包まれ・・・やがて光が収まった頃にはアウルの姿はまるで最初からいなかったかのように消えてなくなっていたのだった。
読んでくださった方々に感謝を。
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