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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

アイリス

作者: k2taka

ある国に病弱な少女がいました。

外で遊ぶこともままならず、部屋で過ごすのが大半な日々。

裕福な家庭に生まれた少女は体の療養の為に、地方の屋敷で過ごしていました。

でも、忙しい父母は仕事に追われ、居るのは身の回りの世話をしてくれる大人たちだけ。

そんな彼女に父母は人形を与えました。

美しいまるで生きているかのような精巧に出来た人形。

少女はその人形を妹として可愛がりました。

「貴女の名前はアイリス。白いお花が似合うわね。」

被った帽子に白い造花を付けながら名付ける少女。


少女は人形をそれはそれは、とても大事にしました。

ご飯の時もお風呂の時も寝る時も、常に一緒に行動をしていました。

それはもう、可愛い妹を抱きかかえてお姉さんであることを楽しむようにアイリスを愛でていました。

そんな少女の姿に、両親はたくさんの人形やぬいぐるみが与えました。

少女の住む邸はたちまち人形の館となりました。


でも、少女の身体は良くなりません。

少女は先天性の重い病気を患っており、医者からは匙を投げられていました。

でも、少女は自分の身がどのような状態かを知ったうえで日々を懸命に生きていました。


そんな少女に他国で手術をする機会が出来ました。

同じ症状の子が手術に成功したと聞いて、父母は望みを持って少女を他国へ向かわせます。

でも邸にある人形たちを連れて行く訳にいかず、アイリスとも離れなければなりません。

「アイリス、必ず戻ってくるから、それまで良い子で待っててね。」

名残惜しそうに涙ながら少女は邸を出て行きました。

そして手術は行われましたが、少女は帰って来ませんでした…。


たった一人の愛娘がいなくなり、悲しみに暮れる父母。

せめてあの子の愛した人形たちをとその邸を売らずにそのままの状態で遺しました。

しかし、少女がいないために、誰もその邸には寄り付きません。

やがて年月が経ち、邸の庭が草木で生え埋もれた頃、父母は清掃して貰おうと人を雇いました。

庭の草木は生え埋もれて、数人がかりで何とか刈り終えた後、屋敷内の掃除に入ります。

でも、どうした事でしょう。

少女が他界して数年。

それまで人が入った形跡など無いのに、邸の中は埃ひとつない程に整然としていたのです。

不思議がる清掃人たち。

しかし、特にすることも無いために人々は報告だけ行い、それからまた数年、邸は誰も寄りつきませんでした。


やがて年は巡って、少女の父母も他界します。

少女を失った悲しみから大きな財産を蓄えた父母の遺産は、それまで尽してくれた使用人たちへ均等に分けられましたが、邸に関しては誰も手出ししませんでした。

両親の愛していた少女の事を想い、使用人たちは多額の報酬を受けた代わりに邸を自分たちで遺していく事にしました。


草木に埋もれぬよう、定期的に庭を掃除し、邸の外壁を洗います。

でも、邸の中だけはいつも整然としており、信じられないほどに清潔感に溢れてました。

そんな不思議な現象に使用人たちは噂し、その噂は地域に広がりました。

そしていつしか物珍しさに人々が集まって来ました。

中にはその真相を探ろうとする者もいましたが、元使用人たちは父母の想いを察して、中へは入れさせませんでした。


そんな時、欲目を持つ者が邸に忍び込みます。

『誰も入れないのは、きっとお宝があるためだ』とその者は思っていました。

時間は皆が寝静まった夜中。

1階の裏手の窓ガラスを割り、中へと侵入します。

「ふん、使用人の休憩所か。」

こじんまりとした広めの部屋の中は机と椅子、それにいくつかの棚がある以外は特に目ぼしいモノはありません。

泥棒は射し込む月明かりを頼りに移動を開始しました。


廊下に出ると、静寂が漂い、張りつめた空気が漂っていました。

もう何年もの間誰も寄りついていない邸。それなのに清掃の行き届いた廊下は月明かりを受けて白く美しく輝いています。

「ケッ、どうせ誰かが掃除してんだろ。まぁ行き届いてるのは確かだが、どんなお宝が待ち受けているやら…、へへっ。」

欲目に染まった泥棒は、廊下を突き進みます。

途中で扉を開けては中を覗き込みながら、やがて正面のエントランスホールに出てきました。


「チッ、目ぼしいモノねぇな。」

少女の為にあった邸。泥棒が思うようなモノがある訳が在りません。

「ま、二階も見てみるか・・・?」

そう言って階段を登り始めた時、泥棒は気配を感じました。

「!?だれだ。」

視線を向けた先…2階の踊り場にてこちらを見つめる二つの瞳。

吸い込まれるように美しい赤い瞳がじっと泥棒を見ていました。

思わず身を竦めた泥棒でしたが、すぐに緊張は解かれます。

「何だ、人形か・・・びっくりさせやがる・・・!」

冷や汗を拭って人形を凝視した時、泥棒は歓喜した。

「こいつはなんてこった!精巧な人形じゃねぇか。これ1体だけでとてつもない額になるぜ。

へへっ、忍びこんだ甲斐があるってもんだぜ。」

欲に彩られ狂喜する泥棒。

その視線の先に見えるのはかつて少女が愛した白い衣装の人形。

これだけ整然とした邸において、普通であればなぜそこに立っているのかと考えるはずだが、

初めて入った邸で、思わぬ宝物の登場に泥棒は舞い上がっていました。


階段を上ろうとした時、泥棒は自分の身体が重い事を知りました。

脚が震えて動かず、身体がズシンと重くて堪らない。

自分の身の異常でようやく頭を冷やした泥棒は、周囲の異常にそこで気付きます。

階段の手すりの至る個所に青白い炎が浮かんで燃えている。

その炎は泥棒と人形を結ぶ道を形成しており、泥棒の足下には無数のぬいぐるみが抱き付いていた。

思わず悲鳴をあげるが、声が出ない。

口だけでない、手足のどこもかしこも動かせない状態!

すでに体の自由が乗っ取られたように泥棒はただ、周囲の状況を眺めるしかできなかった。

やがて、その耳に声が聞こえた。

「オネエサマハドコ?」

頭に響いてくるような無機質だが女性と判断できる声。

お姉さまという人物を探しているようだと察するが泥棒は全く思い当たらない。

それもそうだ。

あれからすでに半世紀が過ぎた今、この邸の事を知る人は僅かである。

そして声は更に続く…、

「オネエサマ、マダモドラナイ。」

「イツニナッタラモドッテコラレルノカ?」

「マタイッショニスゴスノヲココロマチニシテイルノニ・・・。」

悲しい言葉が無機質で感情無く聞こえる恐怖。

同時に宙に浮いた美しき赤目の人形が、青白い炎に沿ってゆっくりと空中を移動してきた。

「オネエサマノタメニ、マイニチキレイニシテマッテル。」

「オネエサマガクルシクナラナイヨウニ、キレイニシテル。」

「ナノニ、ナゼアナタハヨゴスノ?コワスノ?」

最早目前にまでやって来た人形。

身動きできぬ泥棒の目が、じっと人形を怯えながら見ていた。

「ケガラワシイメネ!・・・ヨゴレハケサナイトイケナイワネ…。」

青白い輝きの中で、人形の赤い瞳だけが煌々と輝いていた。

それが、泥棒の最後に目にした光景でした。


明くる朝、邸の玄関先にて一体の死体が転がっていました。

恐怖に歪んだその顔に、それを目にした人々は身震いするほどでした。

「どんなことに遭ったら、ここまで怯えた顔になるんだ?」

捜査に来た一人の警察が呟くほど、元泥棒だったその死体は苦しく悲しそうな顔をしていました。

死因はショック死と診断されました。

捜査の結果、裏手の窓ガラスが1枚破られていたのと、この死体があった事だけしか分からず、結局この死んだ男が捜索中の泥棒であったことからそこまで深く捜査されずに終わりました。

ただ邸の中は変わらず整然としており、この男は何故窓を壊して侵入しなかったのだろうと言う、不可解な状況だけが残るのでした。


そのような事件があって、邸は気味悪く思われ、そうした奇怪な噂が誇張する事により、次第に人は遠ざかって行きました。


やがて時は経ち、この国は大きな動乱の時代を迎えます。

大飢饉から貧しい民衆に対して、贅の限りを尽くす王政。

その怒りは大きな市民活動を招き、革命が起きました。

その大きな波は邸にまで押し寄せてきます。

活動家の一人が邸を見て、調査すべきだと主張します。

一方、地元民は古くから言い伝えられる人形の館は触らぬ方がいいと言いますが、活動家は聞かずに踏み込んでいきます。


既に誰も手付かずとなった邸は草が生え埋もれ、扉の鍵もすでに不明。

そこで活動家と数名の同士は手荒く扉を叩き壊し、中へと入って行きました。

「ほぅ、これはまた素晴らしい造りだ。誰もいないのにこのような贅は必要ない!徴収を始めるぞ。」

元々活動家は、資金調達を目的として各地の大きな豪邸などを巡回していました。

整然としたエントランスホール。

誰もいないこの邸の中は、外の荒れ方に対してシミ一つなく手入れがされていました。

まずは1階の各部屋を調査する活動家たち。食堂にあった食器はなかなかに高額な物でした。

「ふむ、さほど大きな屋敷ではないが、過去の貴族のモノらしいな。どれ、それでは2階を見るとしよう。」

エントランスホールに集められたモノを前にして品定めをした後、いよいよ2階へと視線を向けます。

その時、ふと声が聞こえました。

「オマエタチハ、ナニヲシテイルノ?」

無機質で無感情な女性の声。一瞬耳を疑うが、皆がその声を聞いた事で緊張が走った。

そこにまた声が聞こえた。

「ココハオネエサマノオヤシキ。オマエタチガスキカッテデキルバショデハナイワ。」

「だ、誰だっ!」

直接頭の中に聞こえる声に、一人が叫ぶ。

すると、ホールの左右にある2階への階段から、ぞろぞろとぬいぐるみが転がり落ちて来ました。

人の姿をした物や動物、大小問わず多くのぬいぐるみが床に落ちて来ると、それらは各々に足で立ち、活動家たちへと歩み寄ってきたのでした。

「うおっ!、何だこれは!!」

不可解な現象に活動家たちが戦慄する。

恐怖のあまりに腰を抜かす者や逃げ出そうとする者もいましたが、活動家が腰に提げていた剣を抜くと、迫るぬいぐるみを一刀のもとに斬り裂いた。

「恐れるな!所詮はぬいぐるみ、斬ってしまえば怖いことなど無い!」

その声にメンバーは剣を抜いてぬいぐるみを斬っていきました。

裂けて中の綿や羽毛が舞い散ります。

その様子に再び声が、先程より大きく強く聞こえました。

「ナンテコトヲ!ナンテコトヲオマエタチハスルノカ!オネエサマノアイシテクダサッタコノコタチヲ・・・。ツグナイナサイ!」

声の後、舞っていた綿や羽毛が活動家たちを包み込み、その体に付着していきます。

そして、活動家たちの周囲に青白い炎が揺らめき現れると、一斉に活動家たちへと襲い掛かりました。

「ぐわあぁぁぁ!」

「ぎゃぁぁぁーっ!」

瞬く間に炎に焼かれる活動家たち!でも、その叫び声も長くは続きませんでした。

青白き炎は高温。それが綿や羽毛を伝って、活動家たちの全身を一気に覆いました。

瞬く間に焼かれ、活動家たちの身体は骨も残さずその全てを燃やし尽くされたのでした。

そう、僅かな消し炭も遺さず…。


そのような事態を、恐れ見ていた地元民たち。

自分の住む場所にある不可侵的場所を活動家たちが踏み荒らしたために、何らかの封印が解かれて自らに災いが降り懸かるかも知れないと言う恐怖。

理解できない状況を目の前にして思考が止まっていく。

思考の止まった頭脳に浮かび上がるのは、己に降りかかろうとする恐怖に対抗しようとする生への執着。

そして思いつく手段は最も単純で粗野な行動。

人々は互いにその意思を通じて己を正当とし、恐怖に対抗する。

つまり、「集団による対象の破壊」であった。


昼の惨事の後、陽の沈みかけた夕刻に地元の民たちはたいまつを手に邸へと集まっていた。

そして互いに視線をぶつけ合い、頷きあった後、民たちによる浄化活動が始まった。


次々と投げ込まれるたいまつ。

その火が庭にあった雑草に燃え移ると、瞬く間に邸は炎で包まれた。

轟々と燃える炎を見つめる民たち。

草や木を燃やす炎は邸へと移っていきます。

かつて少女の過ごした白い邸。

熱量からガラス窓が裂け、その裂ける音が何だか悲鳴のように聞こえる。

そして割け開いた窓から中へと炎は侵入し、木造建築の邸は一気に業火に包まれたのでした。


全てを焼き尽くす紅蓮の炎。時間が過ぎ、夜の中でその一帯だけが明るく照らされています。

ガラガラと屋根瓦が転がり、地面に落ちて割れていきます。

壁が焼かれてなくなり、真っ黒な柱が次第に細くなって折れていきます。

そんな悲しく儚い炎の姿を見ながら、やがて民たちは皆涙を流しました。

「なんて事しちまったんだ。おら達は・・・。」

ある少女の過ごした邸。

一部の人間の勝手な行動によって、白い邸がその姿を消してしまう状況に、言い伝えを改めて思い出す民たちは己の所業に頭を抱えて朝を迎えるのでした。

「少女の思い出を、おら達は消してしまっただ…。」


次の日、民たちは神父に邸跡を祈って貰うよう願い、皆で懺悔しました。

黒く形の無くなった邸。そこに足を踏み入れる者はいませんでした。

それからその跡地は、周辺の人々の懺悔の場所となり、やがて神聖なる場所とされるのでした。


でも、ここで一つ疑問が残ります。

人形たちはどうなったのでしょうか?


地元の人々によって邸が燃やされる中で、妹の様に可愛がられた精巧な人形アイリスは、他の人形たちによって炎の影響を受けませんでした。

「イツカカナラズ、ゴシュジンサマトアッテ!」

最も愛してくれた人形に想いを託したぬいぐるみや人形たちは、邸にあった金庫の中へアイリスを閉じ込め、その願いを伝えました。

皆がいない中、金庫の中で時を重ねる日々。

きっといつか、オネエサマが扉を開けてくれると信じる毎日。

やがて、その扉が開かれます。

薄暗い夜の闇の中、その真紅の瞳に写った人影。

その捕えた姿は下品な感じの男でした。

「やったぜ、やっぱり宝がありやがった!」

邸の焼け跡を夜中に散策していた男でした。

もちろん直ちに倒そうとしますが、邸を失ったことで、アイリスの力が失われていました。

金庫から持ち出される時、その瞳に邸の跡が映りました。

その様子を見て、更にアイリスの心は沈みます。

(アァ、オネエサマノオカエリニナルバショガ・・・)

気落ちするアイリスをよそに、下品な男は持って来たカバンの中へアイリスを押し込めると、そのままその場所を去って行ったのでした。


数刻してアイリスの瞳に灯りが映ります。

カバンが開けられ、次にアイリスの瞳に映ったのは怪しい場所でした。

ふかふかのソファーで踏ん反り返る男の前に置かれるアイリス。

その後ろに先ほどの下品な男が焦った様子でいました。

「どこで手に入れたんだ?」

「へへっ、そりゃーもぅ、あっしらの世界の中でですよ。旦那様が欲してると聞いて、手に入れて来たんでさぁ~。」

黒い服を着た男たちが何人も立ち並ぶ中で交渉する下品な男。

やがて目の前の男が一度頷くと、アイリスの横に大き目のカバンが置かれ、慌ててそれを嬉しそうに手にした下品な男は、何度も頭を下げてこの場を去って行った。

「ふん、奴が出たら回収しとけ。どうせどこかから盗んだものだろうから足が付かねぇ様にな。」

「ハッ!」

そう言って出て行く黒服の男たち。

そして旦那と呼ばれた男はアイリスを持ち上げると部屋を出て行った。


「ほら、土産だ。」

所変わって一人の若い女の居る部屋。旦那と呼ばれる男は、この若い女のご機嫌取りにアイリスを入手したのでした。

「まぁ!素敵なドール。親方、愛してるわ。」

「フフフ、当然だろ。お前の為だからな。」

女性の手に渡ったアイリスは部屋の小さなドール用の椅子の上に座らされる。

「うんうん、可愛いわね。」

(イヤナヒトデハナイワネ。デモ、オネエサマジャナイ。)

そう思ってる前で、男は女性を後ろから抱きしめ、そのままベッドへと二人は倒れていった。


それから数日の間、この女性にアイリスは大事にされた。

本当はこの場を離れたくても、今のアイリスにはどうしようもなかった。

そしてたまにあの男が来ると、二人は裸になってベッドに向かう。

今もまた、そうした情事を行っている最中だった。

そこに突然雪崩れ込む男たち!

激しい喧騒と女性の悲鳴の後、火薬の破裂する音が数回鳴り響き、やがて男たちは去って行った。

そこに残されたのは動かなくなった裸の男と女だけだった。


それからアイリスは様々な人の手に渡って行きます。

元々精巧に出来た人形であるため、欲望に濁った瞳に晒される日々。


時には、戦時の真っただ中に晒されたこともあった。


また、野晒しにされることもしばしば…。


野良犬に噛まれたこともありました。


それでも価値を認められ、オークション会場などで何度もやり取りされてきました。


しかし、アイリスを入手した人は何らかの災難に遭って、アイリスの居場所は長続きしなかった。



そんな中でアイリスは人間には寿命というモノがあるのを知りました。

(ニンゲンハソンナニナガクハイキラレナイ…、アレカラドレダケタッタカシラ?)

真っ白だった衣装は黒くなり、つやつやの白い肌も黒ずんでしまっていた。

体の部分も幾つかひび割れており、欠損もある。

何より、かつて愛する姉に付けて貰った白い花は、返り血や汚れによって赤黒くなってしまっていた。

(イマノワタシデハ、オネエサマニワカッテモラエナイワネ…。)

かつて別れた仲間たちとの約束。どうやら守れそうもない事にアイリスは気落ちしていく。

既に何世紀も経ってしまっている今、しかも人の手に渡る中で、かつて暮した邸とは何万何千㎞も離れた地に今はいる。

更に幾つものオークションに出ていたことで、不幸をもたらせると悪評を持たれてしまったアイリスを手にするヒトなどいなくなっていた。



「ふ~、もうこいつは廃棄処分かのぅ。」

今の所有者となっている骨董品店の店主が、アイリスを見て呟く。

ここに来てもう数年になるが、未だ購入の声はない。

時代は移り変わり、不気味なアンティークドールを入手しようとする人はいなくなっていた。

(ゴメンナサイミンナ、ヤクソクハマモレソウニナイワ。)

失意によって、アイリスの心は弱くなっていました。

今まで見てきた人間の欲望と凶暴性、

果たせぬ仲間たちとの約束、

そして叶わない姉との再会。

今まで保ってきた意識が薄れかかっていました。


そこへ、店の扉が開き鈴の音がしました。

雨の中、店に入ってきた若い女性。

その子はまっすぐにアイリスの前まで来ると、じっとその姿を覗き込みます。

やがて…、

「おじさん、この子値段ついてないけどいくらですか?」

アイリスを見たまま尋ねる女性。

それに対して店の主人は、一拍してから溜息交じりに答えた。

「む?あぁ、止めとけ、いわくつきの人形だぞ。」

それを聞いても女性は引きません。

「こんなに可愛いんだから、尾ひれとかも付いちゃうでしょ。それよりいくらですか?」

主人に振り向き、真剣な瞳を向ける女性。

その言葉に、店主は驚いた表情の後でアイリスを見る。次に女性。

数度、女性とアイリスを見比べた後、店主は言った。

「お前さん、この子を大事にするか?」

「もちろん、買えたならずっと大事にするよ。まぁ、値段にもよるけどいくらなのかな?」

顎に手を添えて、主人は首を傾げる。

「そうじゃな。普通なら数百万とも言えるんじゃが…、お前さんの熱意に1万え…」

「買ったー!もう絶対買う、買う、私の子にする!」

言い終える前に勢いよく身を乗り出す女性。その姿に溜息一つ付く店主は微笑みながらアイリスを譲ったのでした。

店を出るとき、女性はアイリスを抱いて片方の手で傘をさして出て行った。

その様子に主人は少しにこやかな笑顔をして呟く。

「何十倍もかかった人形だけに大損…、なのにこう晴れやかな気持ちはなぜかのぅ。」


そして女性に抱かれたアイリスは久々に外の世界を見ます。

夜というのに昼間のように明るい街。

節操なく建物が立ち並び、かつて見てきた風景とはかけ離れていました。

やがて、女性がアイリスに言います。

「さ、家に着いたよ。」

女性は家に帰るや否や、自分の作業机に向かいます。

そして机の上に座らされるアイリス。

周りは様々な工具が置いてあった。

「さてと、まずは服を脱がさなきゃ」

女性はそう言うと、アイリスの服を脱がせていく。

(ヤメテ、オネエサマニモラッタフクナノヨ!)

遠いあの日を思い出す。

様々な服を着せてもらった楽しかった日々。

それらを踏みにじるようにアイリスは裸にされてしまった。

「あぁ、やっぱり欠損部分がある…。」

女性はそう言うと、ナイフをもって腕のひび割れた部分を削っていく。

(イタイ、イタイ、ヤメテェ!)

そんな悲しい声が聞こえる訳もなく、暫くの間、女性の手によってアイリスの体は切ったり、何かを塗られたりされたのでした。


「ふぅ、本当はもっとちゃんとしたなおし方しなきゃいけないんだろうけど、もうその素材は手に入らないだろうからこれで許してね。」

そう言って女性は部屋から出て行った。

そんなアイリスの体は、決して元通りとは言えなくとも、壊れていた部分が丁寧に修復され、指先なのどの欠損部分が新しく作り直されていた。

そのうち、桶とタオルを持った女性が帰ってくると、せっけんやシャンプーなどを使ってアイリスの体を綺麗に洗ったのでした。

「本当はお風呂入れちゃうといいんだけど、なおしたトコがまだ十分乾いてないからね。なおったらお風呂入ろうね。」

丁寧に洗い、髪の汚れも次第に落とされると、かつての銀色の輝きが戻ってきたのでした。

「あら、ホント綺麗な髪だね。うん、お顔もすっごい美人ちゃんだ。」

体中の汚れを洗い落とし、ようやく洗い終えたアイリスの体は、かつての美しさを取り戻していた。

そこでようやく、アイリスは気付く。

今いる部屋は決して広くはない。

しかし、見れば至る場所に人形やぬいぐるみが置かれている。

そう、かつて楽しかったあの頃の部屋のように…。


そして女性は服を着せてくれる。

白いドレスに、青いラインの入った幅広の帽子。

「着ていた服は一度洗うから、これを着てね。さて、それと…、」

そして女性は帽子に花を付けてくれた。


かつて見覚えのある白い可愛い造花。


それを見てアイリスの心は震える。

「あら、やっぱりあなたは白い花が似合うね。私の好きなこの白い花にちなんで、あなたの名前はアイリスにするわね。

アイリス、よろしくね。」

その言葉を聞いて、アイリスは知った。

そう、この女性こそ、かつて愛してくれたあのオネエサマの生まれ変わりだったのです。

何世紀もの時間と、何万何千㎞もの長い距離を経て、ようやくアイリスは愛しき少女に邂逅できたのでした。

「アァ、オネエサマ。」

声が出るとともに、アイリスの赤い瞳から涙が零れました。

でも、女性は、

「ん?何か聞こえたような…?あ、さっき洗った時のお湯が残っちゃってたのね。ごめんごめん。

でも何だか泣いてるようだねアイリス。」

タオルで涙をぬぐうと、優しく抱きあげます。

(ヤット・・・、ヤットアエタ…。)

喜びに震えるアイリス。その時、ふっと頭をなでて、彼女にだけ聞こえる声がしました。

「頑張ったね、アイリス。遅くなったけどただいま!」


それこそ、聞きたかった声でした。


その声を間違うわけなどありません。


その優しさを疑う必要などありません。


そしてもはや、何も言うことなどありません!


それからアイリスは幸せに暮らせたのでした。



このお話の最後にアイリスの花の花言葉を添えます・・・

 希望

 信じる心

 メッセージ


(白いアイリス)

 純粋

 思いやり

 あなたを大切にします

拙いお話ですが、アイリスの心を感じて頂けたなら何よりも幸いです。

お読み頂き、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 遅くなったけどただいまのとこはとても良かったです。最後に花言葉を添えてるとこも良かったと思います [一言] 長編で読みたいお話し短編で読むには展開が早いのかなと思いました
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