10話 日常と面倒事
ダークエルフの島から南方都市に戻り、のんびりとした日常を過ごす。
イネスとフェリシアにお休みをあげて、漫画三昧はかなり楽しかったな。
シエーナ村にも様子を見に行った。驚いたのは村人達の行動の速さだ。川沿いに大きな看板を立てて、石窯を作り、小舟が寄って来るとその場でピザを渡している。なんかドライブスルーの川バージョン? 中々人気があるようだ。
「村長さんこんにちは」
「おお、ワタルさん、お久しぶりです。ワタルさんの御蔭で村に活気が出てきました」
「凄いですね、川沿いで売ってるピザも人気みたいですし。でも川で売ったら村には人が来てくれないんじゃ?」
「川では手早く作れる1種類のピザしか売ってないのです。ピザを焼いている間に、村に行けば手の込んだピザが食えると宣伝しております」
「へー、それで興味がある人が来てくれるんですね」
「はい、教えて頂いたカッテージチーズのサラダも好評です」
「それは良かったです。それで、チーズとミルクと、卵を仕入れたいのですが、余裕はありますか?」
「ええ、大丈夫です。いか程必要ですか?」
「そうですね、チーズの塊を1つとミルク2樽、卵を50個ほど欲しいのですが、大丈夫ですか?」
「もちろんです。直ぐに用意させます。この前のように船の前に運べば良いですかな?」
「ええ、お願いします。その間に人気のピザを頂けますか?」
「はい、ご案内します」
結果から言うと、結構美味しかった。僕が教えたピザに、肉を乗せたのが基本だけど、野兎や鶏肉、卵、トマトの輪切り、色々乗せて好評なのを残しているそうだ。客で実験してるな……
買い物の代金は受け取って貰えなかった。買いに来辛くなるからと、次回からは安く売って貰う事にして。今回はありがたく貰って帰る。カミーユさんに知られたら、呆れられそうだな。
その後はカミーユさんとお話したり。グイドさん達に会いに行ったり。ワインを卸す商談もした。中々充実しているな。これがリア充なのか?
今後、行ってみたい国を話し合っていると、アレシアさんが飛び込んできた。
「ワタルさん、お願い力を貸して」
「ど、どうしたんですか?」
「おねがい、お金ならあるだけ払うわ。足りなかったら何でも言う事を聞くからお願い」
「お、落ち着いてください。訳が分からないです」
普通なら魅力的な提案なんだけど、必死過ぎて、スケベ心がピクリともしない。ジラソーレのメンバー全員が深刻な顔をしてる。創造神様が言っていた困った事が起こったのか?
「アレシア、落ち着きなさい。ワタルさん、すいません、事情を説明します」
「あっ、ドロテアさん、お願いします」
「先ほど冒険者ギルドの担当の受付嬢に呼ばれて、ギルドに行くと、ギルドマスターの部屋に通されました。そこで私達の故郷、貿易都市ルッカが帝国に包囲されている事を教えてくれました」
「帝国って主に獣王国と争ってるんですよね?」
「はい、ですが、ルッカに矛先を向けた様なんです。帝国軍の軍船を発見し、戦時体制に移行したルッカは、港の商船と漁船をルッカから脱出させました。
その後、ルッカに偵察に出た船の情報では、船から見える範囲の、都市の周りは帝国の兵士に囲まれていたそうです。またブレシア王国に帝国軍が一気に攻め入ったとの噂もあるそうです」
「……奇襲を受けたんですね。聞き辛い事ですが、ルッカは耐えられるんですか?」
「……ルッカはブレシア王国の重要な貿易港です。実力者も多数います。戦時体制に移行して、城壁で帝国軍を食い止めたのなら暫くは持つはずです。だからワタルさん、私達に力を貸してください。家族も友人も沢山いるの」
うわー、創造神様が言っていた、ジラソーレに困った事が起こる………困った事って戦争じゃん。困った事ってレベルじゃないよね? どうすんの?
みんな不安そうな表情で見て来るし。見捨てられないけど戦争も怖い、どうしたらいいんだよ……
実際どうなれば良いんだ? ぶっちゃけ僕はビビッて攻撃なんか出来ないだろうし、戦いになったら船召喚して、壁役くらいか? それで目の前で起こる殺し合いを見てるの?
無理だな、絶対に吐く、後でご飯が食べれなくなるな。僕はヒーロー役とか無理だし、戦争とか関わって来なかったら見えない、聞こえないで、やり過ごすタイプだ。
創造神様、主人公っぽいイベント1発目が戦争って、おかしくないですか? もう少し段階を踏んで欲しいです。
「ワタルさん、戦争に関わらせるなんて、酷いお願いなのは分かっています。私もアレシアと同じで、どんな言う事でも聞きます、お願い出来ませんか?」
あー引き籠りたいな。逃げるか? まあ無理だろう。断る勇気すら無い。妥協できないラインを決めて、お手伝いするしか無いか。
「あー、大丈夫ですよドロテアさん。出来るだけのお手伝いはします。でもいくつか条件があります」
「ありがとうございます。なんでしょうか? 何でも言ってください」
「いえ、難しい事ではありません。まず、僕は攻撃はしません。あと僕とイネス、フェリシアの事は絶対に秘密です。もし、ルッカで偉い人に関わり合いになっても、僕は交渉には応じません。
僕が嫌だという事は絶対に強制しないでください。防御面や脱出に関してはお手伝いは出来ると思います。報酬は無理なく払える位の金銭で結構です」
「それだけで良いんですか?」
「ええ、構いません」
「ありがとうございます。今から出発しても大丈夫ですか?」
「最低限の偽装は必要です。僕達は今から商業ギルドに顔をだして出発しますが。ジラソーレの皆さんは門から出て海沿いまで歩いて来てください。そこで合流して出発します。怪しいですが、やらないよりはマシでしょう」
「分かりました」
「ああ、今回は契約を結んでおいた方が良いかもしれません。契約しているので話せない。それで相手が納得してくれたら良いのですが。本当に契約をしているのか確かめる方法はありますか?」
「はい、あります。ウソの可能性もあるので、大きな組織には、契約を確認する魔法陣があります」
「では、きちんと契約をしておきましょう。先ほどの条件に、僕の情報も洩らさないように付け加えても良いですか?」
「はい」
ジラソーレのメンバーと商業ギルドに向かい。契約の間で先ほどの約束を契約した。その後、カミーユさんにもう一度パレルモに向かうと言っておいた。なんか穴の開きまくりなアリバイ工作だな。
帰りにフード付きのローブを3枚買う。これを着てれば顔は見えないし、怪しい魔導士で通そう。
船に戻り、出発する。
「ねえ、ご主人様。彼女達、何でもいう事を聞くって言ってたわよ? 金銭だけで良かったのかしら」
「イネス、意地悪な質問しないで。体を要求すれば、通ったかもしれないけど、あんな状況で要求出来るわけ無いでしょ」
「うふふ、そうね」
考えたよ、考えたんだけど、口に出せなかったんだよ。ジラソーレの全員が、必死な表情で、お願いしに来てるのに。じゃあ抱かせてねって言うの? 無理だって。言うには化け物並みの精神力が必要だって。僕に言えるわけないじゃん。
暫く海岸線で待機して。ジラソーレのメンバーと合流する。
「お待たせしました」
「いえ、取り合えず出発しますね。大陸沿いに進みますのでルト号で行きますが良いですか?」
「はい」
「自動操縦が使えないので、夜に話をしましょう」
「よろしくお願いします」
フライングブリッジに上がり、操縦席に座る。取り合えず船を走らせる。暫くするとイネスがお茶を持って上がって来た。
「みんなの様子はどう?」
「仕方がない状況だけど、余裕が無いみたいね。話し合いをしているけど、空回りしているわ」
「そうですか……」
あー、戦争とか考えてなかったな。ラノベの主人公みたいに颯爽と現れて、戦況を引っ繰り返すとか、憧れるんだけど無理だよね。
日が暮れるまで、イネス、フェリシアと交代しながら操船して、サロンに戻る。
「それでは、話し合いを始めましょう。まずはルッカについて教えて貰えますか?」
「はい、ルッカは2万人規模の人口を誇る、ブレシア王国でも有数の大都市です。巨大な城壁に囲まれていて大きな港を備えた貿易都市です」
2万人、日本なら少ないんだけど、異世界なら大都市なんだな。でも2万人か、フォートレス号ってキツキツで乗ったら何人ぐらい乗れるのかな?
「ここからどの位で着きますか?」
「ルッカまでは、普通の魔導船で22日掛かるそうです」
「うーん、朝から暗くなるまで全速力なら20日位で着きますかね?」
「早く着いて頂けたら助かります」
「そうですか……僕と、イネス、フェリシア、後はアレシアさん、マリーナさんで夜通し走れば10日以内で着くとは思いますがどうしますか?」
「……大変だとは思いますが、お願いしても構いませんか?」
まあ、5人で交代すれば1人1日5時間弱か、特に問題は無いだろうな。
「分かりました、頑張ってみます。アレシアさん、防衛出来そうなら、防衛のお手伝い。脱出するなら、脱出のお手伝いで良いんですよね?」
「はい」
「防衛の場合は、危ない所に船を出して、壁の役割しか出来ません」
フォートレス号を召喚して、帝国軍に向けて倒せれば、物凄い威力だろうけど。そこまで深く関わり合いになりたくないしな。
「はい」
「脱出の場合は、最低でも皆さんの家族、友人を連れて脱出が目標で構いませんか?」
「はい。出来れば、獣人の方達も救出できればと思いますが」
「帝国は人族至上主義でしたね」
よくある話なんだけど、自分に関係してくると、面倒だな。
「はい、酷い境遇に落とされると思いますので……」
奴隷なんだろうな、しかも違法な感じの。可哀想だと思うが僕はヒーローじゃない、余裕があったらその時に考えよう。
「ルッカに入る方法はありますか?」
「陸地の部分は囲まれてると厳しいですが。港は全体に城壁の上から攻撃が届くので、船で封鎖しているんだと思います。船の封鎖を突破出来れば、中に入れると思います」
「分かりました。まず考えるのは船の封鎖を突破してルッカに入る事ですね」
「はい」
「最悪、フォートレス号で突っ込めば突破は出来ますが、出来ればこっそり入りたいですね。状況次第ですが、コッソリ行けそうならゴムボートで、無理だったら状況にあった船で突入ですかね? 門に辿り着けば中に入れますか?」
「はい、Cランクまでは、ジラソーレの拠点はルッカでした。兵士にも知り合いはいるので、大丈夫だと思います。しかし戦時ですので、ワタルさん達は調べられると思います」
「僕達は、このフード付きローブで行きます。顔も隠しますので、怪しまれるでしょうが、僕達の事は一切話さないでください。今回の為に雇ってきた人物で、契約の為、何も話せないで通してください」
「はい」
「それで入れないのなら、僕達は一度船に戻ります。皆さんだけで話を通してきてください。次の日の夜にでも港に突入して来ますから、そこで情報の共有をしましょう」
「ですが、前日に強硬突破していたら、突入出来なくなりませんか?」
「1日で、僕の船の突破を阻止できるような包囲網は築けないと思いますよ」
「分かりました」
「あと名前で呼ばれたら困るので、僕の事は魔導士と呼んで下さい。イネスとフェリシアは、従者で良いですかね?」
「分かりました、魔導士様」
「アレシアさん、様って要りますか?」
「はい、魔導士は地位がありますし。私達が雇った形とは言え、呼び捨ては有り得ないかと」
「分かりました。ですが、魔導士様と呼ぶのは、フード付きローブを着ている時だけで大丈夫です。それで中に入れたら、冒険者ギルドですか?」
「もしかしたら領主様に呼ばれるかもしれませんが、それが無ければ冒険者ギルドですね」
「領主様ってどんな方なんですか?」
「侯爵様です。お会いした事はありませんが、酷い噂は聞きません。街も発展していますので、優秀な方だと思います」
「そうですか、ありがとうございます」
侯爵ってとっても偉いよね。会う機会なんて無い方が良いんだけど、Aランクのパーティーが来たら、呼ぶかな? 呼ばれないといいなー。
「分かりました。後は状況次第ですね。出来そうなことを色々考えておきます。夜通し走るので操船の順番を決めましょう」
5人で交代の順番を決める。夜中のきつい時間にアレシアさんとマリーナさんが立候補したが、気がせいているように見えて不安なので夜は僕達が引き受ける事にした。
「予定の無い人は順番にシャワーを浴びてもう寝ましょう。体調を崩さないようにしないと、ルッカに着いてから何も出来ませんしね」
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