20話 コロッケとふうちゃんの石投げ
南方都市に向かって出航して数時間。
自動操縦が使えて、のんびりした船旅になるはずが、イネス、アレシアさん、マリーナさんの3人が、久しぶりの操船で魔物の襲撃でもないのにハイテンションで蛇行運転している……
「当分はこのままですね、落ち着くまで待ちましょう」
「すみません、ワタルさん」
「いえ、イネスも操船しているんですから、謝るのは僕の方ですよ、クラレッタさん」
「まあいいじゃない。久しぶりではしゃいでるだけなんだし、暫くしたら落ち着くわ」
「でもイルマ、魔物が襲撃して来た訳でもないんですよ?」
「あまり難しく考えないの、ワタルさんもクラレッタが申し訳なさそうにしてると困るのよ?」
「えっ? そうなんですか?」
「ええ、まあ、そんなに気にしないで大丈夫ですよ。長い航海ですから、気楽に行きましょう」
「分かりました、あまり気にしない様にしますね」
「ええ、気楽に過ごしましょう」
「はい」
昼食の頃には3人も落ち着いてサロンに戻って来た。昼食を終えると、カーラさんが話しかけて来た。
「ワタルさん、コロッケ? いつ作ってくれる?」
「コロッケですか? ああ、分かりました、では今晩はコロッケにしましょうか」
「うん」
そうだった、コロッケの事も忘れてた。蟹クリームコロッケの流れから、カーラさんにコロッケを作ってあげる約束をしていたんだった。しっかり覚えていたんだな。さっそく下拵えをしてくか。
「ワタルさん、料理をされるんですか?」
「ええ、カーラさんと約束していたコロッケを作ろうかと」
忘れてたけど。
「お手伝いさせて頂いてもいいですか?」
「ええ、とっても助かります」
えーっと材料は、ジャガイモ、ひき肉、玉葱、バター、ミルク、パン粉、卵、塩、胡椒だったな。
「まずはジャガイモを柔らかくなるまで茹でます。茹でてる間に、クラレッタさんは玉ねぎをみじん切りにしてもらえますか?」
「はい」
「カーラさんは、フライを作った時みたいに、このパンを粉々にしてもらえますか?」
「できる」
カーラさんって料理が苦手らしいけど、手伝えると嬉しそうなんだよな。
「ひき肉とみじん切りにしてもらった玉ねぎを、塩胡椒で炒めます」
「「はい」」
「次は、よし、ジャガイモは煮えましたね。このジャガイモの皮を剥いて、バターを入れて潰します、熱いので気を付けてくださいね」
「「はい」」
「ジャガイモを潰したら、炒めた具材と少し生クリームをいれて混ぜ合わせます。いまは此処までですね、夕食前に形を整えてフライのように揚げれば完成です」
「分かりました。楽しみですね」
「たのしみ」
下拵えも済んだし、少し休憩するかな。紅茶を入れてみんなに配る。
「ふー、こう船でのんびりするのもいいですねー」
「ふふ、そうね」
「ワタルさん、プリンが食べたい」
「そうですね、夕食までまだ時間がありますし、いいですよ」
全員にプリンを配り、おやつを食べながらのんびりする。あーまったりしていていいなー。
最近、ギルドマスターとか枢機卿とか、緊張する人と会ってたから疲れたし、南方都市までのんびりしよう。だらしなくスカイラウンジのソファーにもたれ掛かると……こっちを見下ろしているシーサーペントと目が合った。
「……みなさん、あれ、見てください」
「きゃー、シーサーペントよ。私一番」
「アレシア、この船はご主人様の船よ。ならご主人様の奴隷の私が一番よね」
「どんな理屈よ、ご主人様のお客様である私達が先よ」
「うふふ、あなた達はお客様じゃないわ」
「早い者勝ち」
「「あっ、マリーナ待ちなさい」」
どたばたとフライングブリッジに駆けていく3人を、苦笑いで見送る。
「フェリシア、3人が無茶しないように見ていて、あとフェリシアも操船していいからね」
「ご主人様ありがとうございます」
嬉しそうに追いかけていくフェリシアを見送り。暫くして船が急加速した、結構時間が掛かったな、順番決めで手間取ったんだろう。だれが一番手かな?
しかし、シーサーペントをみて、嬉しい悲鳴をあげるのはどうかと思いますよ、アレシアさん……
「ふうちゃんもレベルアップが出来ますね。今のうちに石投げを教えておきましょうか。マリーナさんはいませんが、良いですよね?」
「ええ、私が教えますね」
「分かりました。ドロテアさん、リムにお手本を見せて貰いましょうか?」
「それは分かりやすいですね、お願いします」
「はい。ねえリム、ふうちゃんに石投げを教えてあげたいんだ。リムがお手本見せてくれる?」
『りむできる』
「ありがとう、リム。じゃあこの石をあのソファーに向かって投げてね」
『うん』
体をへこませた部分に石を置き、勢い良く弾き出す。ビシッっと音をたてて石がソファーに当たる……レベルが上がったからか、なかなか強力な石投げだな。
「凄いねリム、前より全然強かったよ。凄く上手になったね」
『りむじょうず?』
「うん、とっても上手だよ」
『りむうれしい』
リムをべた褒めしてから、ふうちゃんの様子をみる。ポヨンっと石を弾いて、ポヨンっと石が飛ぶ。なんか懐かしいな、リムも最初はあんな感じだった。
「大丈夫よ。ふうちゃんもレベルが上がれば、リムちゃんみたいに出来るわ。今はそれで十分よ、よく出来たわね偉いわ」
「本当よ。レベルが上がれば大丈夫。リムちゃんに聞いてみて」
もっちもっちとふうちゃんがリムに近づく。くっついてプルプルしている。かわいい。
暫くして、ふうちゃんがドロテアさんの所に戻り、石投げを再開した。ドロテアさんの顔がデレデレになっているな。レアな光景だね。
「リム、ふうちゃんに教えてあげたの?」
『れべるあっぷ、だいじ』
「そうだね、リムは賢いね、とってもいい子だね」
『りむいいこ?』
「とってもいいこだよ」
再びリムを褒めまくる。かわいいな。
そういえば僕も新しい弓を試せるんだ、シーサーペントにダメージを与えられるかな? まだゴブリンを一回倒しただけだからな。楽しみだ。
外の様子を見てみると、シーサーペントがブレスを放っていた。イネスが笑いながらハンドルを切る……まだ暫く掛かりそうだな。
ソファーに座り、リムを撫でながら、ふうちゃんの練習を見守る。他のメンバーも雑談をしたり武器の確認をしたりしている。完全にこの状況に慣れてるな。
ようやく船が止まり、みんなで外に出る。
「うふふ、楽しかったわ」
「私の時、ブレス吹かなかった」
「マリーナは最後だったもの、疲れてたのね」
「次は私が一番」
「ふふふ、次も私が一番です」
「フェリシアは最後よ」
フェリシア、後から追いかけたのに一番手だったのか。どんな決め方をしたのか気になるな。
「4人とも、シーサーペントを倒しますよ。真面目にやらないと操船禁止にします」
僕の言葉に慌てて船内に武器を取りに戻る。まだシーサーペントが居るのに、見向きもしないで次の順番決めなんて油断し過ぎだよね。
4人が戻って来たので、ふうちゃんの石投げを披露する。ポヨンっと弾いた石がシーサーペントにあたる。ドロテアさんが褒めまくってるな。
そしてその光景を愕然とした顔でマリーナさんが見ている……相当ショックを受けている。
続けて僕と、リムが矢とホーリースピアを放つ。おっ刺さった。シーサーペントに刺さるなら、殆どの魔物にダメージを与えられるだろう。
後は総攻撃でシーサーペントを倒す。船召喚でシーサーペントを受け止め。解体してから送還する。
いい加減、海の魔物が溜まって来たな、どうしよう?
サロンに戻ると、必死にふうちゃんのご機嫌を取っているマリーナさんが居た。
「ドロテアさん、マリーナさんが必死ですけど、ふうちゃんは怒ってるんですか?」
「いいえ、レベルアップして喜んでたわ。マリーナは、まあ、自分が夢中で遊んでる間に、ふうちゃんが成長してたものだから、焦ってるみたいね」
「なるほど、まあふうちゃんが怒っていないのなら大丈夫ですね」
「ふふ、そうね」
少し休憩してからコロッケを作るか。のんびりマリーナさんの空回りを見守る。マリーナさんって初対面の時は無口で冷静な人だと思ってたんだけどな。
「うふふ、ワタルさん、マリーナを見てニヤニヤしちゃ駄目よ」
「イルマさん、人聞きが悪い事を言わないでくださいよ。自然な微笑みです」
「そうだったかしら? それで何を考えていたの? 悪いことを考えたら駄目よ?」
「イルマさんが、僕をどう思っているのかじっくり聞きたいですね」
「あら? 私の気持ちが知りたいの?」
「是非ともし……違いますよ。僕はただマリーナさんって初対面の頃と随分印象が変わったなって思っただけです」
いかん、またイルマさんのペースに持って行かれそうだ、落ち着け。
「そうね、マリーナは元々自分をあまり出さないタイプだし、そう思うわよね。仲良くなると少し素顔を見せてくれるわ。まあ、操船の事と、あそこまでスライムが好きになったのは予想外ね」
「あはははは、なんかすいません」
「いいのよ、あの子があんなに楽しそうなんですもの、良い変化よ」
「楽しそうですか? 必死に空回りしているようにしか見えませんが……」
「まあ、そうね。でも感情が素直に出てるわ、良い事よ」
「イルマさんって見た目と違って、やさしいお姉さんなんですね」
「あら、私の見た目は、優しいお姉さんに見えないのかしら?」
ええ、色っぽい女王様にしか見えません、色気が突出しています。でもそのままいうのはやばいよね……
「そうですね、優しいお姉さんと言うよりは……そうだコロッケ作らなきゃ」
なんにも思い浮かばなかったよ。イルマさんを見てると。妖艶とか色っぽいとかそんな言葉しか思いつかない。もてる男はこんな時なんて答えるんだろう。
「あら、まだ大丈夫よ。どう見えるのか聞かせてちょうだいね」
(……美人で色っぽいお姉さんに見えます)
「うふふ、聞こえないわ」
「……美人で色っぽいお姉さんに見えます」
「うふふ、そうなの、ありがとう」
くっ、完全に遊ばれてしまった。しかも絶対聞こえてたのに2回も言わされた……イルマさん相手だと少しの油断で弄られるな。
「暗くなって来たので、そろそろハイダウェイ号に移りますか。あっ、ハイダウェイ号って動力が付いてないんですよね。自動操縦も無駄になりますし、どうします?」
「ワタルさん、自動操縦ってなんなの?」
「あれ? 説明していませんでしたか?」
「聞いたかしら? 私は覚えてないわ。ドロテアは知ってるの?」
「いいえ、初めて聞いたと思うわ」
「そうでしたか。説明した気になってました。自動操縦は、一度行ったことのある場所なら、何もしないでもそこまで到着出来る能力なんです。僕達が何もしなくても、ご飯や睡眠時も進んでくれるので、目的地にかなり早く着くんです」
「凄い能力じゃない、一度行けば次からは倍以上早く到着出来るのよね」
「はい、アレシアさんの言う通りなんですが、ハイダウェイ号は動力が付いてないので、自動操縦が使えないんですよね」
「ああ、そうだったのね……私達は急いでいる訳じゃないから、ワタルさんにお任せするわ」
「ちょっと考えてみます」
うーん、別にルト号でも問題無いし、ハイダウェイ号は偶に休憩で使う位でも良いんだけど……ルト号でハイダウェイ号を引っ張るのはどうだろう……遅くはなるかもしれないけど、引っ張れるのなら先にも進めるし良い考えかも。
「ちょっと試してみたい事が出来たのでハイダウェイ号を召喚しますね」
「ええ」
ハイダウェイ号を召喚して、ルト号と筏で使っていた太いロープ2本で結び付けてみる。船には不壊がついてるし壊れないなら大丈夫だろう。
ルト号を動かすとゆっくりと進みだした。成功だ、問題はロープが魔物に切られたら、ルト号だけ先に行っちゃうことだね。まあ送還すれば問題無いか。
「上手くいきました。速度は遅くなりましたけど、今日はこれで様子を見てみますね」
「ええ、分かったわ」
一度船を停泊してハイダウェイ号に移る。停泊した時、ルト号とハイダウェイ号が接触した。ちょっと怖かったけどお互いの結界の効果か、衝撃も無くピタリと止まった。凄い違和感のある光景だった。
「じゃあ、夕食のコロッケを作って来ますね」
「ワタルさんコロッケ作られるんですね、お手伝いします」
「みてる」
「はい、ありがとうございます」
クラレッタさんとカーラさんには癒されるな。頑張ろう。
「では、この冷ましておいたタネをこんな風に平たい楕円形に整えます」
「こうですか?」
「むずかしい」
「はい、クラレッタさんのは良いですね。カーラさん焦らないでください。修正は出来ますから、落ち着いて、そうです、出来ましたね」
「できた」
「はい、焦らなければ大丈夫ですよ」
「うん」
「全部をこの形にしたら、小麦粉をまぶして、溶き卵に潜らせて、パン粉をつけて揚げます。具材には火が通ってますから、カリッと揚がったら取り出して、油を切って完成です」
「良い色ですね」
「おいしそう」
「はい、全部揚げてしまいますから、食事の準備をお願いします。揚げたてが美味しいですから、揚げ終わったら直ぐに食べましょう」
「「はい」」
食糧庫船を召喚してメイン以外を食堂に並べてもらい、揚げ終わったコロッケの山を持って行く。
「コロッケにはトマトで作ったケチャップがあいますよ。では、いただきます」
「「「「「「「「いただきます」」」」」」」」
「おいしい」
「本当ね、サクッとして、中のお芋は、バターと生クリームかしら? ホクホク、シットリで美味しいわ」
「ジャガイモをしっかり潰すより、少し形が残ってるコロッケのほうが好きなんです」
「へーしっかり潰したのも食べてみたいわ」
「ケチャップも合うのね」
うーん、ケチャップもいいけど、ウスターソースも欲しいな。フェリーにあれば良いんだけど。でもコロッケも人気だ。多めに作ったから、いくつか送還出来るかと思ったけど無理そうだ。
まあ、大量に余るよりはいい。みんな嬉しそうだし。
コロッケの山は綺麗に無くなった。
「ふー、美味しかったわ。フライや、カツとも違って、お芋の味と、ひき肉と玉葱、生クリームとバターの味が混ざり合って、私、コロッケ好きだわ」
「エビフライよりも好きなの?」
「え? うーん、エビフライも美味しいし……どっちも一番ね」
「あはは、アレシアさんに気に入って貰えて嬉しいですよ」
他のメンバーもコロッケを気に入って、クラレッタさんも今度作ってみると張り切っている。
後片付けを済ませ。湯着に着替えてのんびりお風呂に浸かっていると、ジラソーレもお風呂に浸かりにやって来た。
「ワタルさん、お邪魔してもいい?」
「ええ、どうぞ」
「ふー、シャワーも気持ちがいいんだけど、ゆっくりお湯に浸かるのもいいわよね」
「そうですね。お風呂に浸かると疲れも取れますし、いいですね」
船を結び付けるのを思いついて良かった。ルト号だったらシャワーで終わりだからね。僕偉い。
「マリーナさん、ふうちゃんもお風呂平気そうですか?」
「ええ、気持ち良いって言ってるわ。リムちゃんも入ってるから、怖がらなかったし」
「そうですか、よかったです」
お風呂の水流にぷかぷかと流されながら、偶にぶつかってポヨンと跳ね返るリムとふうちゃん。楽しそうだね。
ゆっくりお湯に浸かり、部屋に戻り、じっくりイチャイチャして眠りにつく。おやすみなさい。
誤字脱字、文面におかしな所があればアドバイスを頂ければ大変助かります。
読んで頂いてありがとうございます。