16話 交渉と予想以上の反応
村から出て2日、昼過ぎに、バルレッタに戻って来た……馬車の中には大きな鱗を、布でグルグルに巻いてゴムボートの上に立てかけている。
門を通り抜けて、冒険者ギルドに直行する。
「ギルドマスターと話がしたいの。取り次いでくれないかしら?」
「何か緊急事態ですか?」
「いえ、でも大きな話になるの。この場では話せない事よ」
うーん、冒険者ギルドに来るとアレシアさんの緊張感が増すんだよな。いつもの2割増しでキリリとしているな。
「別室で内容をお伺いしてからでも構いませんか? 緊急事態でないのなら、内容をお伺いして取り次ぎたいのですが」
「この情報が下手に漏れると大騒ぎになるわ、1人でも知る人数が少ない方がいい話よ。取り次ぎが無理なら、商業ギルドか大聖堂に行くから、ギルドマスターに伝えるか、あなたが判断してちょうだい」
「分かりました。お伝えしてきますので、少々お待ちください」
「アレシアさん、別室でギルド職員に話すのも駄目なんですか?」
「ある程度の話なら構わないのだけど。ギルドの受付嬢が他の冒険者と繋がっていて、情報が流れる事もあるの。今回の情報が流れて、あの場所が荒らされたら困るでしょ?」
「そんな事も有るんですか、難しいですね」
「殆どのギルド職員は真面目で秘密を守るのよ。でも過去に何度も情報が流れて、問題になった事も事実なの。今回は重要な情報だから念のためね」
話をしていると受付嬢が戻って来た。
「お会いになるそうです。ご案内します」
案内されてギルドマスターの部屋に入る。なんか強そうだけどガラの悪いおじさんが正面に座っている……あの人がギルドマスター? 組長にしか見えないんだけど。
「ギルドの受付嬢にも話せない重要な案件なんだってな? 俺が信頼している職員を疑ったんだ。くだらん話だったらぶちのめすからな」
うわっ、怖っ、ギルドマスターがあんな感じで良いの?
「なんだ、そこの坊主は? Aランクパーティーには実力が足りてないんじゃないのか?」
「彼は商人よ、話を進めたいから人払いをしてくれない? 聞きたくないのなら商業ギルドに行くから構わないわよ」
「ここに居るのは俺の腹心の部下なんだがな、こいつも信用できねえって言うのか?」
「私は、受付嬢に1人でも知る人間が少ない方が良いって言ったはずよ。話を聞いて、その腹心の部下に話すのはあなたの自由よ。でも私は腹心の部下を知らないから、ギルドマスター1人に話したいの」
「ちっ、分かったよ。おまえは下がってろ」
うおい、アレシアさんがなんか怖いな、そんなに大事なのかな? いや他国の王侯貴族も血眼になるって言ってたな。間違いなく大事だ。
「ほら、下がらせたぞ。くだらん話なら本気でお前たちを潰すからな」
「脅しは結構よ、心配しないでも寝る間もないほど忙しくなるわ」
「そりゃ、楽しみだな、さっさと話せ」
なんでこのギルドマスターは喧嘩腰なんだろう?
「貴重な薬草の群生地を発見したわ。クラレッタ、お願い」
クラレッタさんが採取した薬草をギルドマスターの前に並べていく。薬草が並ぶにつれてギルドマスターの顔が驚きに染まっていく……相当貴重なんだな。
「おいおい、本気かよ、これらの薬草の群生地なのか? どうすんだよ大事じゃねえか。薬師ギルドに連絡か? 保護の体制を整えねえと、詳しい場所は?」
「話はまだ終わっていないわ、最後まで聞いて欲しいのだけど」
「ああ、まだあんのかよ早く言えよ」
こう、なんて言うのか、見た目は組長なんだけど、中身はヤンキーだな。それがギルドマスターとか訳が分からんな。
「ふう、騒ぎ出したのはお前だ、黙って話を聞け」
うわ、アレシアさんがイラついてる。でもギルドマスターにそんな態度でいいの?
「おいおい、ギルドマスターにその口調は無いんじゃねえのか?」
「面倒ね、商業ギルドに行きましょう。ワタルさんお願いね」
「えっ? 僕が話すんですか? Fランクの商人なんですよ?」
「ここで話すよりはマシよ。重要な話だって言ってるのに理解しない人には話せないわ」
そう言ってさっさと部屋を出て行ってしまった。えっと、この空気どうすんの? ギルドマスターも固まってるよ?
「うふふ、ご主人様、行くわよ」
「えっ? あっ、はい、今行きます」
扉から出ると怒鳴り声と何かを叩き壊す音が聞こえた。これいいの? 冒険者ギルドを敵に回してない? アレシアさん達大丈夫なの?
馬車に乗って商業ギルドに向かう。
「ドロテアさん、商業ギルドに行って本当に良いんですか? 冒険者ギルドを敵に回しませんか?」
「良くはないんですが、ギルドマスターも機嫌が悪かったようですが、あの態度は有り得ません。アレシアは、ああいうタイプの男が嫌いなんで、我慢出来なかったのでしょうね」
「そ、そうなんですか。でも嫌がらせとかされませんか?」
「まあ、南方都市に帰れば大丈夫ですし。これからのワタルさんの交渉で冒険者ギルドのマスターをぎゃふんと言わせてください」
「先ほど言ったように僕は単なるFランクの駆け出し商人なんですけど」
何で僕が交渉するのかいまだに理解出来ない。僕がぎゃふんと言いたい気分だ。こんな大事に関わりたくないのに。
「ふふ、頑張ってください、失敗しても大聖堂に行くんで大丈夫ですよ」
大聖堂に行くって、この国の中心に行くって事じゃん。行きたくないよ。
商業ギルドに着いてしまった。中に入りカウンターのキツネミミのお姉さんに話しかける。
「すいません。重要な案件がありまして。ギルドマスターにお取次ぎ願えますか?」
「どのようなご案件でしょうか?」
「すいません、本当に重要な案件なのでギルドマスターだけに話したいんです」
「申し訳ありません、内容が把握できない場合。よほどの信頼が無ければ、ギルドマスターにお取次ぎは出来かねます」
「ええ、まあ、そうなんでしょうが……では国を巻き込んで、大騒動になるかもしれない案件ですっとギルドマスターにお伝え願えますか?」
なんか自分達で話を大げさにしている気がする。龍の鱗をみせてギルドマスターに取り次いでください。で良かった気がするな。
「そのような内容ならばお伝えしますが、冗談では済みませんよ? 大丈夫ですか?」
「あはははは、今からでも逃げ出したいぐらいですが、残念な事に大騒ぎになる内容らしいので、お取次ぎお願いします」
「かしこまりました。少々お待ちください」
うわー本当に帰りたい。船に引き籠りたい。リムを抱きしめて、もっちもっちして心の平穏を取り戻そう。
「ギルドマスターがお会いになるそうです。ご案内します」
キツネミミのお姉さんの後に付いて、ギルドマスターの部屋に入る。
「ふむ、国を巻き込んで大騒動になる話だそうだね。聞かせて貰おうかな」
「あっ、はい。その前に人払いをお願い出来ますか?」
「ん? 彼は商業ギルドのサブマスターで、信用できる人物だがそれでもかね?」
え? そんな偉い人を人払いするの? どうすればいいの?
「あの、そんな偉い方だとは知りませんでしたが、この話は知っている人が1人でも少ない方が良い話だそうです。必要ならばギルドマスターの方からお話しして頂ければ有難いです」
どうなんだろう、ギルドマスターだけに話しても、結局動くのは下の人なんだから、話しても良い気がするんだけど、本当に此処までして隠さないといけない事なのかな?
「ふむ、分かった。済まないが下がっていてくれ」
「はっ」
「では、お話し願えるかな?」
「はい、話は2つありまして、まず1つは、クラレッタさん、お願いします」
「これは、希少な薬草だね。商業ギルドでも、めったに取り扱う事の出来ない物だ。これがどうしたのかね?」
「はい、これらの薬草の群生地を発見しました」
「なんと、それは本当かね? これらの薬草の群生地となると、計り知れない価値があるが」
「ええ、彼女達Aランク冒険者のジラソーレの皆さんが発見したものです。間違いは無いと思います」
「ん? おかしくないかい? Aランクの彼女達が発見したのなら、冒険者ギルドに行けば良い。わざわざFランク商人の君を介して、商業ギルドで話す意味が解らないな」
「それは、初めは冒険者ギルドに行ったのですが。ギルドマスターの機嫌が悪かったのか喧嘩腰で、最後まで話す事無く出てきました」
「ふむ、あの男はガラは悪いが、簡単に喧嘩腰になったりはしないと思うが、何かしたのかね?」
「いえ、会った時から喧嘩腰でした。ただ、何となくですが、僕達が受付嬢にも話せないと言ったことに、不快感を覚えているように感じました。その後、人払いをお願いしたら、更に機嫌が悪くなりました」
「ああ、彼は部下思いだからな、信頼している部下を疑われたと感じて、機嫌が悪くなったのか。しかし重要な案件は、受付嬢に話せない事も普通なのだが……少し問題だな」
「それでここからが本題なのですが、よろしいですか?」
「ん? 貴重な薬草の群生地よりも重要なのかね?」
「はい、それで。馬車からそれに関する素材を運び入れても良いですか?」
「ふむ、分かった、こちらから人を出そうか?」
「いえ、大丈夫です。イネス、フェリシアお願いします」
イネスとフェリシアに乗船許可をだす。
「「はい」」
「しかし、本当に国を巻き込む話になるとはね。群生地だけでも、薬師ギルドと国に話を通して、警護の派遣を約束しよう。冒険者ギルドは今回は見送りだな」
「ありがとうございます」
だいたいの目標は達成出来たな、冒険者ギルドのマスターがぎゃふんと言うかは分からないけど。
イネスとフェリシアが鱗をもって戻って来た。ギルドマスターの前で巻いている布を取り外す。
「こ、これは竜の鱗かね?」
「ええっと、龍の方です。群生地の側にこの龍の鱗が2枚、埋まっていました」
「龍だと……信じられないのだが……証明できるのかね? 龍の鱗だとしたら、この国どころか、この大陸が大騒動になるぞ」
うわっ、本当に大事だな……大陸が大騒ぎとか本気で言ってるのか? ……本気なんだろう。本気で帰りたい。
「証明ですか? ええっと……イルマさん、お願いします」
「その鱗の魔力を感じ取れる者が見たら直ぐに分かるわ。魔力に神聖な力が混じっているの」
「ふむ、神経質に思えるほどの対応に納得がいった。それでこれをどうするのかね?」
「はい、1枚は大聖堂に献上します。もう1枚はオークションに掛けるそうです」
「そうか、自分達の装備は作らないのかね?」
「国宝級の物になるそうなので、身に着けているだけで危険と判断しました」
「良い判断だね。分かった、まずは薬師ギルドのマスターと、魔力を感じられる枢機卿においで頂こう。
私には竜と龍の判断がつかないが、竜でも十分に大騒動だ。この事はサブマスターにだけは話を通す。後は彼1人で段取りを組ませる、それで構わないかな」
「おまかせします」
枢機卿とか出ちゃったよ、どこら辺の地位かよく分からないんだけど、物凄く偉い人だったはずだ……どうしよう。
「うむ、では、詳しい話を聞かせてくれるかな」
「はい、此処から2日程離れた場所に、強風が吹く洞窟があるのをご存知でしょうか?」
「たしか、木材を卸す者達の小さな村が近くにある洞窟のことだね」
商業ギルドのマスターともなると小さな村も把握しているんだな、凄いけどなんか怖い。
「はい、その洞窟を探索した後に、洞窟周辺を探索したら、崖の中腹から強い風の音がするのをジラソーレの斥候のマリーナさんが発見しました。
確認したところ大きな穴があり、ロープを搔き集めて穴を下りたところ、薬草の群生地と鱗を発見したそうです。私では下りる事は出来なかったので外で待機していました。以降はジラソーレのリーダーアレシアさんにお聞きください」
「分かった。だがその前に疑問がある。あの周辺はAランク冒険者が探索する程の場所ではないはずだ。なぜそんな場所を探索したのかね?」
「はい、魔法が使えるスライムをテイムする為です。属性スライムは、その属性の現象が強く起こる場所に居ると言われていますので、強風が吹く洞窟と、その周辺を探索しました」
「なるほど、何故スライムをテイムするのかが分からないが、その女性が抱いているスライムがテイムしたスライムかね?」
「はい」
「では、アレシアさんだったね。洞窟の内部の情報を貰えるかな?」
ふー、終わった。後はアレシアさんが全部やってくれるだろう。バルレッタのギルドマスターってなんか迫力があって疲れる、南方都市のギルドマスターの方が楽でいいな。
アレシアさんの話が終わり、僕達は別室で待機だそうだ。まだ当分帰れないらしい。
「では、部屋に案内するので、そちらで待っていてくれ。少し時間が掛かるかもしれないが、今日中に話を通せるはずだ」
「はい、よろしくお願いします」
キツネミミのお姉さんが案内してくれた部屋に入る。紅茶を出してくれたのでやっと一息つける。
「アレシアさん、あれで良かったのですか?」
「さっきの交渉の事?」
「はい」
「十分だと思うわ。薬師ギルドのマスターと枢機卿が来るのなら、話はスムーズに進むはずよ」
「そうなんですか。良かったです。でもここからの交渉はアレシアさんにお願いしますね」
「ここまで交渉したんだから、ワタルさんが続けた方が良いと思うわ」
「ワタルさん、私もそう思います。商業ギルドマスターも、ワタルさんとの話し合いを前提に、相手に話を通しているはずなので、いきなり交渉相手が変わるのは問題になります」
「うう、分かりました。頑張ります。それで枢機卿ってどの位偉いのですか?」
「そうね、この国では教皇、枢機卿、大司教、司教、司祭、助祭の順番だったかしら? クラレッタ」
「ええ、アレシアの言う通りですね。教会内ではもう少し細分化されてますが、概ね正解です」
「そ、そんなに偉い人が今日、呼ばれて、今日、商業ギルドに来るんですか? そもそも世間体とか大丈夫なんですか?」
「うーん、それ程の価値が龍の鱗にはあるんじゃないのかしら? 装備を作るの、止めておいて正解だったわね。それに枢機卿ですよって格好で来るんじゃなくて、お忍びで来ると思うわよ?」
商業ギルドマスターに薬師ギルドマスターに枢機卿、なんでそんな人達と会わなきゃならないんだろう……ジラソーレの手柄だと前面に押し出さないと。
誤字脱字、文面におかしな所があればアドバイスを頂ければ大変助かります。
読んで頂いてありがとうございます。