1話 パレルモへの出発と船内案内
出発の朝、気合を入れて身支度を整え出迎えの準備をする。
「うふふ、ご主人様、頑張り過ぎると引かれるわよ」
「私も普段のご主人様の方が良いと思います」
「えっ? 気合が入ってるの分かる?」
「目力が強いわ」
「鼻息も荒いです」
「そ、そう……少し落ち着きます」
ジラソーレとの船旅……力が入るよね! ……あっ、駄目だ落ち着け。気合が入って空回りしてると引かれてしまう。冷静に……落ち着いて……
そう、期待を持つから力が入るんだ。冴えない男と、輝く美人、月とスッポンだ。思うと悲しくなるけど、自覚しないとあの従業員さんみたいになる。あれだけは駄目だ。
「ふー、落ち着いた。ありがとう」
「なんだか物凄く元気が無くなったのだけど……大丈夫?」
「はは、大丈夫。少し現実を直視しただけで問題ないよ」
ちょっと鬱になったけど、リムを抱きしめれば元気百倍だ。
「そう?」
「ええ、そろそろ時間だし外に出て待とうか」
「「はい」」
外に出て暫くすると足音が近づいて来た、ジラソーレかな?
「みなさん、おはようございます」
「「「「「「おはようございます」」」」」」
「とりあえず出発してしまいましょうか、皆さん乗ってください」
個々に挨拶を交わしながら乗船許可を出していく。
「このまま出発しても問題はありませんか?」
「ええ、大丈夫。よろしくお願いします」
「では、出発します」
フライングブリッジに上がり船を出航させる……あれ? 初めて行く場所だから自動操縦が使えない……
これってあんまりジラソーレと絡めないんじゃ……一気にテンションが下がる。あー、そんな事にも気が付かないほど舞い上がっていたのか。サロンからキャイキャイ楽しそうな声が聞こえてくる。寂しい……
暫く船を走らせているとイネスとフェリシアが交代に来てくれた。操船教えてて良かった。サロンに行こうとして重要な問題に気が付く。
「あー、イネス、魔物が襲ってきたら、ジラソーレにこの船の事を説明するから、いきなりの逃走ゲームは禁止だよ。きちんと報告に来てね」
軽く目を逸らしながら返事をするイネスを見て、気が付いて良かったと心の底から思う。外海に出てから交代しに来たし、間違いなく故意犯だ。
いきなりの魔物との逃走ゲーム、ジラソーレのメンバーを驚かす企みだったんだろう。
「フェリシア、イネスが暴走しそうになったら、止めてね」
「はい、分かりました」
イネスはともかく、フェリシアは冷静で頼りになる。頼んでおけばきちんと対応してくれるから大丈夫だろう。
「じゃあ、頼むね」
「「はい」」
ちょっと不満そうに返事をするイネス、なんだか戻るのが怖くなってくるな。
「みなさん、何か不自由な事はありませんか?」
「とっても快適よ、ワタルさんも操船お疲れ様です」
「ありがとうございます。あっ、アレシアさん、パレルモまでの予定を説明しておいた方がいいですか?」
「そうね、お願いします」
「では、船の走行は朝から日が暮れるまで、食事と休憩を除いて走行します。17日で到着予定ですね。臨検があるそうなので、大陸沿いでなく、外海を移動します」
「ワタルさん、ちょっと良いですか?」
「はい、大丈夫ですよドロテアさん」
「臨検は確かに面倒ですが、外海を移動して魔物に襲われる確率を上げる程のリスクではないと思います。嫌がらせも受けますが命までは取られませんし、臨検も受けない場合もあります」
「ええ、普通ならそうなのですが、この船には結界が張ってあります。魔物の被害はありませんので臨検のほうが面倒なんです。結界はドラゴンブレスも簡単に弾く強度だそうで、シーサーペントの攻撃もまったく通用しませんでした」
「そうなんですか? ユニークスキルですからありえますが、俄かには信じる事ができません」
「まあそうですよね。実際に魔物に襲われたら確認できますので、それまでは信じてくださいとしか言えないですね」
「あっ、いえ、胡椒貿易を2度も成功されてますし、疑っている訳ではないんです。ただ想像できないだけで、申し訳ありませんでした」
「いえいえ、気にしないでください。実際に僕も効果が分からない時は、ゴブリンの攻撃にも不安でしたから。ですので確認すれば大丈夫だと思います」
「はい、ありがとうございます。それでワタルさん達は防具を着用されていないのですね」
「ええ、防具を身に着けていると疲れますので、皆さんも確認が終わったら防具を外して楽にすると良いですよ。最低でも防具を身に着ける時間はあると証明できますから」
「絶対の安心を確信してらっしゃるように見えます。本当にドラゴンブレスを弾き返した事がおありなのですか?」
「いえ、ですが信頼できる方のお墨付きですので、間違いはないと思っています」
創造神様からのお墨付きなんだから大丈夫だよね? 少し不安になる性格だったけど創造神様だし。
「どなたのお墨付きか気になりますね、教えて頂けますか?」
「うーん、秘密です、僕の秘密ならある程度は話せるんですが。この場合は話して良いのか僕では判断が出来ませんしね」
「そうですか、立ち入った事をお聞きして申し訳ありません」
「いえいえ、気にしないでください」
暫く話しているとイネスが魔物の襲撃を知らせに来た、定番のグラトニーシャークだそうだ。
「皆さん、魔物が来ましたので外に出ましょうか、実戦で説明しますね」
外に出るとグラトニーシャークが大口を開けて飛び掛かって来る所だった。船の中だし、もう慣れたけど、船に乗ってなかったら腰を抜かすよね。
ジラソーレは、Aランク冒険者だけあって冷静に状況を判断している。少しだけキャっとか、かわいい声が聞きたかったんだけど、即座に臨戦態勢に入っています。美人だけど迫力があって正直怖いです。
「凄いわ、グラトニーシャークなんて船で出会ったら絶望的な相手なのに、攻撃されても振動すら感じないのね」
「ええ、船体への攻撃も傷一つ付かずに弾き返してるわね」
「えっと、見て頂いているように強力な結界です。シーサーペントでも今と変わらない結果になります。そして、僕とリムが弓と石で攻撃を当てた後に、イネスとフェリシアに倒してもらっています」
弓と石を当てて2人に倒すように頼む。
「倒してしまうの? 久しぶりなんだし、いずれ体験するのだから今からゲームがしたいわ」
「イネス、まだ初日だし、そんなに急がなくても……分ったよ。説明が終わるまで待ってね」
「うふふ、わかったわ」
うーん、僕、弱。
「それでですね、操船訓練を兼ねて魔物が出ると逃走ゲームを2人がやっています。転覆等の心配はありませんが、揺れますので船の操縦が荒れだしたら魔物の襲撃と判断してください」
「逃走ゲーム?」
「追いかけて来る魔物から逃げ切らない様に、結界に接触されないように操船するゲームです」
「何でそんな事をするのかしら?」
「恥ずかしい話なんですが、操船訓練と暇つぶしですね。長い航海になると時間が余りますから……まあ、今から逃走ゲームをしますから、この船がどんな動きをするのか体験してみてください」
「ええ、分かったわ、でもグラトニーシャークに襲われているのに、本当に余裕がある状況なのね」
「そうですね、慣れたら外に出ても大丈夫ですが、一応、今回はサロンの中から見ましょう。イネス、フェリシア、中に入って少ししてから開始してください」
「「はい」」
「では、中に入りましょう」
皆で中に入りソファーに座ると、船の速度が上がる。揺れる船内、皆平気で会話している。特に問題はなさそうかな?
フェリシアも許可があると存分に逃走ゲームを楽しむからな。結局は操船好きって事なんだろうな。
「突然こんな感じで逃走ゲームが始まったりしますけど、皆さん大丈夫でしょうか?」
「ええ、慣れない間は少し驚くかもしれないけど、この位の揺れなら問題無いわ、皆はどう?」
全員問題無いみたいだ、マリーナさんとカーラさんは揺れを楽しんでいるし、他のメンバーも紅茶を飲んだりとリラックスしている。さすがAランクパーティー。
暫く経つとフェリシアが魔物が疲れたと呼びに来た。全員で外に出て、もう一度僕とリムの攻撃を当ててからイネスとフェリシアが止めを刺す。
魔物の下にボートを召喚して魔石を取り、切り分けてから送還する。
「大体こんな感じで魔物には対処しています。一応安全だと証明できたと思うのですが、どうでしょうか?」
「ええ、グラトニーシャークに同情する事になるとは思わなかったけど、安全性は十分だと思うわ。ワタルさんありがとう」
やっぱり魔物相手でもこの方法は可哀想だよね。共感してくれる人が居て良かった。イネスとフェリシアは喜んで逃走ゲームをしているから、僕が異常なのかと思ってたよ。
「いえ、納得してもらえたのなら良かったです。まあ、だいたいこんな感じで航海しますので、のんびり航海を楽しんでください。何か質問はありますか?」
「いいかしら?」
「はい、アレシアさん、なんでしょうか?」
「体を動かしたい時は外で動いても大丈夫かしら?」
「ああ、外の前方デッキと後方デッキでの訓練は大丈夫ですが、前に言った通り、打ち合い等は止めてください。船内での殺傷行為は外に弾き出されますので、訓練でも止めておいてくださいね」
「分かったわ、本当に凄い船ね」
「他にはありませんか?」
「はい」
「はい、カーラさん何でしょうか?」
「ワタルさんの取って置きは何時作ってくれますか?」
「カーラさんは早い方が良いですか?」
「はい」
満面の笑みだ。凄く可愛い、プリンは確定として、夕食のメインはどうしようかな? ミルクもバターもあるしクリームシチューが食べたいな。両方夕食までには作れるし今から作るか。
「じゃあ今から作りましょうか。夕食には食べられますよ」
「うん」
「ワタルさん、お手伝いします」
「お願いしますね。クラレッタさん」
まずは冷やすのに時間が掛かるプリンを作って、その後シチューだな。昼食は屋台の物で我慢してもらおう。鍋に砂糖と水を入れて砂糖が茶色くなるまで熱する。出来たら陶器製のコップに入れてお湯を少し足す。
ミルクを温めながら、ボウルに卵を溶き砂糖を入れて丁寧に混ぜ合わせる。温めたミルクをボウルに入れて卵としっかり混ぜ合わせる。
目の細かい布でプリン液を漉してカラメルソースの入ったコップに注ぐ。沸騰手前のお湯にコップを沈めて蓋をして10分ほど加熱する。火を止めて更に10分蒸らして、冷まして冷蔵庫にいれる。
「ワタルさん、変わった料理ですね? 美味しいんでしょうか?」
「うーん、僕のいた所では大人気だったので、ここでも大丈夫だと思います。夕食後を楽しみにしていてください」
「ふふ、凄く楽しみにしていますね」
「いえ、あまり期待され過ぎるのも困るので、程々でお願いします」
「ふふ、ワタルさん後ろを見てください」
振り向くとキラキラした顔で見つめるカーラさんが……物凄く期待されてるな……でももうどうしようもない。せめてバニラエッセンスがあればなー、期待が重いです。さてホワイトシチューを作ろう。
クラレッタさんにジャガイモ、玉葱、ニンジンの皮をむいて大きめに切り分けて貰う。バターで鶏肉を炒め切ってもらった野菜も投入して塩胡椒で炒める。
そこに小麦粉をしっかり混ぜ合わせてチーズとミルクと鳥ガラスープを混ぜる。コンソメがあれば良かったんだけど、無いので鶏ガラスープで代用……出来るのか?
「ワタルさん、ミルクで作るシチューなんて初めてです。不安ですが良い匂いですね、こちらも期待しても良いんですよね?」
「うーん、ミルクが受け入れられれば大丈夫だと思います。後は弱火でじっくりコトコト煮込めば完成です。クラレッタさん、お手伝いありがとうございました」
「いえ、とっても勉強になって楽しかったです、夕食が楽しみですね。ああそういえばワタルさん、前にマヨネーズの作り方を教えて欲しいって言われたんですけど、教えても大丈夫ですか?」
「マヨネーズですか? 教えても構いませんよ……ああ、ちょっと待ってください。レシピを広めるのは危険かもしれません」
「何か問題があるんですか?」
「ええ、マヨネーズは作り方が分かれば、体力は使いますが簡単に作れます。問題は浄化を使わないでも見た目では判断がつかない事です。浄化は一般的に使われていませんよね?」
「はい、そうですね、教会には使い手は居ますが、普段の料理に浄化を使うのは無理です……残念ですが止めておきます」
「まあ、教会が作るのであれば問題無いのかもしれませんね。教会から売り出せば信頼出来るでしょうし」
「教会でですか?」
「ええ、教会なら浄化を使える神官さんもいますし、孤児院もやってますよね。大変な仕事ですから孤児達に恨まれるかもしれませんが、神官さんが浄化を掛けて孤児達が掻き混ぜる。売り上げの1部が孤児達に入ればみんな幸せになれませんかね?」
「とても面白い考えだと思います。マヨネーズは間違いなく売れますし、教会に来る人も増えますね。孤児達も収入が得られるのなら独立時に余裕が出来ます。成功した場合ワタルさんにはどの位お支払いすれば良いのでしょうか?」
「僕は報酬は要りませんよ」
「そういう訳にもいきませんよ」
「そうなんですか? なら、僕に支払われるお金の半分は教会に、残り半分は孤児院に寄付してください」
ラノベのパクリだし、お金は胡椒で稼げる。ここはクラレッタさんの好感度を手に入れるんだ!! 孤児院でマヨネーズ作成はテンプレだよね?
「いいんですか? ワタルさんは商人なのに不思議な方ですね」
「そうですか? まあまだ成功した話でもないですし、莫大な利益が上がったら後悔するかもしれませんね。そうなったら慰めて欲しいです」
「ふふ、その時になったら考えます」
おうふ、クラレッタさんは手ごわいな……
誤字脱字、文面におかしな所があればアドバイスを頂ければ大変助かります。
読んで頂いてありがとうございます。




