15話 なんかごめん
古竜との戦い。どちらも決定力に欠け、長期戦の様相を呈していた。だが、古竜は意地になっていたハイダウェイ号への攻撃を止め、地面にブレスを吐き周辺をマグマの海に変えようとする。対策として僕も放水船を購入、大量の水で対抗した。火と水の攻防もこちら側の勝利で終わり、ついに詰みかと思ったが……まだ古竜は諦めていなかった。
マリーナさんの言葉で古竜の後ろ脚に注目すると、確かにドクドクと流れ出していた血が止まっている。
抉れて骨が見えていた部分はそのままなので、マリーナさんの言うとおり傷口を焼いて止血したのだろう。
終わりが見えてきたと思ったのだが、長い時を生き抜いてきた古竜だけあって簡単には勝たせてくれないようだ。
アレシアさんが結界の外に手を出し頷いている。おそらく外の温度を確認したのだろう。
「行くわよみんな。まずは塞がれた傷口を狙うわよ。あ、ワタル達はしばらく放水を続けておいて」
アレシアさんの指示の後、前衛の女性陣が飛び出していく。命がけの戦いなんだから当然のことなんだけど、指示が物騒だ。
指示に従い放水を続けながら戦いを見守る。
クラレッタさんとリムが相変わらずハイダウェイ号から聖属性魔術で攻撃しているが、大ダメージがないと見切ったのか、古竜は傷口を狙う前衛陣の対処に集中している。
そのせいでなかなかこちらの攻撃が通らない。特に接近に成功しても古竜が自分すらもまきこんで火のブレスを吐くから、大ダメージを与えるところまでいかない感じだ。
それでも何度か攻撃が通り、古竜の両後ろ脚から再び血が流れ始めている。
相当な量の血を流しているから、古竜といえど限界は近そうなのだが、巨体から繰り出される威力は相当なもので微塵も油断できない。
「あれ? 古竜の攻撃が止まった?」
諦めずにチクチクと攻撃を続けた甲斐があって、ついに古竜が限界を迎えた?
「違うわ。逃げる気よ!」
イルマさんが珍しく悲鳴のような焦りを含んだ大声を上げる。
逃げる?
うわ、確かに逃げようとしている。古竜は攻撃を止め、こちらを無視するように痛めた足でドスンドスンと山を下り始める。
アレシアさん達もそれに気が付き、歩みを止めようとしているが、巨体に加えて尋常ではない防御力に任せて古竜は無理矢理進んでいく。
追いつけないスピードではないが、止められない。このまま大きな町にでも到達されたら甚大な被害が出る。
あ、フェリシアが進行方向に結界を張った……が、破られた。五千人の盗賊集団ではどうにもできなかった結界なのに、古竜は数度の攻撃で砕くのか。本当にこの世界は強者と弱者の差が激しい。
…………怖いけど、行くしかないよな。
放水席から立ち上がると、イルマさんも付いて来てくれた。僕が何をやるか理解してくれているらしい。
放水船から外を見ると、多少……いや、かなりデコボコしているが、女性陣の攻撃と古竜の無茶で木々は焼き払われ障害物は取り払われている。
「船召喚!」
レンジャー号を召喚し、イルマさんと共に魔法陣に飛び乗る。僕は運転席に、イルマさんは僕の後ろの座席に移動する。
できれば豪華客船でアタックしたいところなのだが、この状況だと倒れる方向が逆になるだけで大惨事になりかねない上に古竜を逃がす切っ掛けにもなりかねない。
怖くてしょうがないが、僕が体を張るのは今なのだろう。本当に怖いけど、船の中に居ればある程度身の安全は保障されるのだし頑張らないとね。怖いけど……。
「揺れるのでシートベルトはしておいてください」
イルマさんに注意しながら僕も素早くシートベルトを締め、エンジンを掛けてアクセルを踏み込む。
途端に激しく揺れる車体。
やはり路面状況は最悪だ。ガタガタ揺れる車体に耐えながら、なんとか古竜を追いかける。
後ろからぶつかるか? いや、回り込んで正面からぶつかるべきだな。とにかく逃走を防ぐことを最優先だ。
僕がレンジャー号で走るのを見た前衛の女性陣が正面を開けながら、激しく攻撃を始める。そこから突っ込めと言うことですね?
やるしかないので覚悟を決めるが、こんなの絶対に僕のキャラじゃないよね。帰りたい。
半泣きになりながら古竜に向かって突っ込む。
恐怖で久しぶりにゾーンに突入したのか、いきなり出現して突っ込んできたレンジャー号に古竜の驚く顔がはっきりと見えた。
ざまぁ。
驚く古竜にぶつかるが船召喚の効果で激しい衝撃は来ない。ただし、急制動の衝撃は殺してくれないので、体が前に投げ出されシートベルトが体に食い込む。
ただ、その衝撃は予想済みなので足をしっかりと踏ん張り、首をしっかり固めていたのでむち打ちにはならないはず。
痛いけどね。本当にむち打ちになっていないのかな? でも、この世界には回復魔術がある。凄腕のクラレッタさんとリムが居るから、むち打ちになっても大丈夫!
そう自分を慰め、前のめりになりながらもアクセルを踏み込む。
「なんだこれは、ふざけるな!」
古竜の怒りの声が頭上から聞こえる。古竜はレンジャー号よりも身長が高いのでレンジャー号を抱え込むような形になっているらしい。
「なぜだ、なぜこのような玩具に俺様の攻撃が通らん!」
よく分からないが古竜の怒鳴り声から推測するに、頭上から前足で振り下ろすようにレンジャー号に攻撃し弾かれているのだろう。
その方向で攻撃してくれるのはありがたい。
地竜の時でさえ押し負けそうになったから、古竜と押し合いになったらヤバいかもと思っていたんだ。打撃なら耐えられる。
ああ、両後ろ足が傷ついているから、踏ん張るような押し合いは避けているのかもしれない。
あと、抱え込まれているから、古竜のお腹しか見えなくて恐怖が薄れてきた。外では爆音が響いているので、おそらく女性陣が激しく攻撃しているのだろう。
恐怖は薄れてきたが、怖い物は怖いのでできるだけ早く決着をつけてください。お願いします。
「え? なに?」
真正面だけ見て耐えていると、車体が大きく揺れ始めた。何が起きている?
「不味いわ。古竜がレンジャー号を持ち上げようとしているの」
「…………ヤバいじゃないですか。イルマ、しっかり座席に掴まっていてください!」
イルマさんの言葉の内容を僕の脳が理解することを拒んだが、内容が脳に浸透してくると同時に冷や汗が噴き出す。
乗船拒否の弱点、それは攻撃ではなく掴まれること。小型の船舶なら触れることはできるので持ち上げられるし、パリスのように海水毎ルト号を上空に打ち上げることだって可能。
でも、レンジャー号はボートではなく水陸両用バスなんですけど? なんでそんな物を持ち上げようなんて非常識なことを考えるの? バカなの?
内心で古竜に罵声を浴びせるが、現状ではどうしようもない。悪あがきでアクセルを踏み込むが、既に車輪は地面から離れてしまったのか空回る音が聞こえてくる。
シートベルトを信じ、ハンドルを強く握りながら身を固める。激しい揺れの後に来たのは浮遊感。ゾーンの影響か、自分達がレンジャー号ごと投げ捨てられたのを理解する。
続いて襲い掛かるのは落下の衝撃。まあ、衝撃自体は乗船拒否が相殺してくれているのだが、揺れとスピードの変化にまでは対応してくれない。
首が凄く痛い。
四方八方に揺さぶられたからか、レベルで強化された僕の肉体でもダメージを受けたらしい。
泣きそうだけど古竜を逃がす訳にはいかない。幸い、放り投げられたがレンジャー号は横転を免れている。
いや、水陸両用バスなので下の方が重いから、タイヤからの着地は当然かも。高く放り投げられるよりもジャイアントスイングのように横に投げられた方がヤバかったかもね。
首の痛みをこらえつつ、目標の古竜に視線を向ける。
マジか。古竜の巨体を支える太い右後ろ脚が切断されている。もしかして、古竜がレンジャー号を持ち上げている隙に集中攻撃を叩き込んだのか?
それでも前足を使い前に進む古竜の執念が恐ろしい。
でも、希望が見えたのでやる気が出てきた。さすがに右後ろ脚が切り離された状況でレンジャー号を持ち上げて放り投げるなんてことはできないだろう。
再びアクセルを踏み込み、正面に回り込んで古竜に突撃する。
「いいかげんにしろ!」
今度は先程と違い、受け止められはしたが少し古竜を押し込めた。古竜はしつこい接触にイライラしているようだ。
まあ、イライラされたからといって、こちらが配慮するいわれはないのだけどね。
いや、こちらにも理由はあるのだが、向こうからすると寝ているところに攻撃されて殺されようとしているのだから理不尽この上ない状況なのか。
そう考えると少し申し訳なくなるが、人と魔物は基本的に殺しあう間柄だし、従魔にでもしないと…………古竜の従魔って凄くカッコいいのではなかろうか?
色々と面倒事も降り注いできそうだが、古竜を従魔にして南の大陸支店の用心棒にできれば安心なのでは?
さすがに北の大陸に連れ帰るのは世間的に無理だが、南の大陸でならOKだよね? だって他の領にまで恥ずかしい名声が響き渡るくらいなんだから、古竜が追加されても今更だ。
「ふざけるな! 貴様、人の分際で俺様を従えようだと! 絶対に許さん! 殺してやる!」
生存にクレバーなようなのでワンチャン契約できるかと思って、契約陣を展開してみたが、返答はマジ切れだった。
生存本能も高いが、プライドはもっと高かったらしい。なんかごめんなさい。
申し訳なく思っていると、レンジャー号が炎で包まれた。放り投げても戻ってきたので、今度は炎で包んで蒸し焼きにするつもりなのかもしれない。
もしくはマジ切れし過ぎて考えることなく炎を吐いたか、どっちかだろう。挑発するつもりはなかったのだが、結果的にこちらに有利になった様子なのでOKということにしておこう。
炎に包まれてはいるが、乗船拒否は炎くらいではびくともしないし、ブレスを吐いている間は外の女性陣も攻撃し放題なはず。次の展開までのんびり待機させてもらうか。
「イルマ、まだまだ時間がかかりそうですかね? というか、イルマは怪我はありませんか?」
少し気が抜けたからか、首筋がズキズキと痛み始めた。ヤバい、急いで治療してほしい。
「私は大丈夫よ。もしかしてワタルは怪我をしたの?」
あの衝撃でもイルマさんは怪我一つしていないのか。僕よりも高レベルだし、反射神経も違うから対処できたんだろうな。
「衝撃で首を痛めました」
「あら? じゃあ運転を代わる?」
「いえ、動くのもおっくうなんで、このままで大丈夫です」
イルマさんと話していると、いきなりレンジャー号を包んでいた炎が消えた。
ドスンと鈍い音が響き、そちらを向くとこれまでとは違う虚ろな表情をした古竜の顔が……もしかして勝った?
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