12話 ワールドワイド
人が集まり過ぎて大物以外の魔物の在庫が足りなくなり、外海に魔物の確保に出かけた。その合間に商売の神様と対価の交渉をして、見事三女神様との一週間の休暇を勝ち取った。その分商売の神様に苦労を掛けることになったが、僕も商売の神様の掌に転がされて苦労しているからお互い様だろう。
商売の神様と報酬の話をしてから十日、僕達は毎日一生懸命に働いた。
報酬が確定し、それが僕の望み通りになったのだからやる気も十分、僕だけ報酬を貰えるのは気まずいのでドナテッラさんにもイネスとフェリシアにもジラソーレにも従魔組にも特別報酬を奮発することを心に決めた。
それが良かったのか、みんな毎日元気いっぱいに過ごすことができた。
「ワタルさん、正直にいいます。現金が集まり過ぎてしまいました」
まだしばらくはこんな状況が続くと思っていたのだが、状況に変化が生まれたようだ。
この変化が良い方に向けばいいのだが、ドナテッラさんの言葉のニュアンスを考えるに問題があるようだ。
「儲かることは良いことでは? なんて単純な話ではないのですよね。というか、僕達は魔物を捨て値で流していますし、対価も魔物の解体費用やその他人件費で消費していますよね?」
ボランティアと言ってもいい行動をしているのに、現金が集まり過ぎたとはどういうことだろう?
「そうですね、商人としてあるまじきほぼ利益なしでの商売をしていました。これは非難ではありません、この状況でそのように動けるワタルさんには尊敬の念を覚えています」
僕がドナテッラさんのような優秀な女性に尊敬される。まさしくファンタジーの奇跡だ。
「ただ、利益が薄くても数が数ですので、それなりに利益は生まれる訳です」
まあ、ブラックホールに直接魔物を捨ててない? と疑いたくなるくらいに運んでも運んでも吸収されていった。そこに僅かにでも利益が発生していたのならまとまったお金になるだろう。
「でもそれなりの利益なんですよね?」
それだけなら、現金が集まり過ぎたという表現にはならないはずだ。
「はい、それなりです。そこに資金の流入が始まりました。今、この国で一番必要とされている物は食料と言っても過言ではありません。それが無限と思えるほどに搬入されているのを見て、お金があっても使う当てがない層が動き出しました。つまり商人です」
まあ、衣食住全般に医療品など足りない物が多すぎる状況だけど、まず、食べることが優先されるよね。
そうか、お金があっても商品がなければ商売は難しい。でも、ヨーテボリには商品が生まれた。しかも商品はこの国で必要とされている食料だ。
運搬の合間に見たヨーテボリの光景を思い出す。
人が集まり解体場が乱立していた。そこから更に人が集まりさすがに人手が余るようになる。そうなったら次は解体した素材を加工する方向に人手が回る。
乱立した解体場の周囲に素材の加工場が乱立し、今のヨーテボリは戦後の闇市みたいになっている。
まあ、戦争方法が違うが、同じ戦後だし似たような雰囲気になるのも当然なのかな? 戦後の闇市なんて白黒の写真でしか見たことないけど……。
闇市はともかく、設備も整っていない状況なので簡単な加工しかできないが、それでも多少は日持ちがするようになった。
つまりその日持ちする食料を、困窮しているところに運べば商売になるということだ。
商売網のフォローが順調で嬉しい限りだ。まあ、商売の神様曰く、そこまで頑張る必要はないらしいのだが、状況が状況だし、無理のない範囲で協力することは悪いことではないだろう。
ただ、少し気になることがある。
「ドナテッラさん、それって暴利をむさぼることも可能じゃないですか?」
食料不足で困窮しているのだから、多少どころかかなり高くても売れる。
食料がなくてピンチなのに、そこから更に搾取されるなんて想像しただけで体が震える。
「その辺りは大丈夫です。さすがに絶対とまでは保証はできませんが、代官が主体となって契約し、大口の取引には商売の神様を介した契約を行っています」
「代官って、僕とフェリシアに土下座した代官のこと?」
どこかに埋められている可能性も考えたが、さすがに生きていたようだ。
「そうです、今は心を入れ替えて冒険者ギルドで冒険者ギルドと商業ギルドの受付を兼任し、代官の権利をフル活用しながら働いてくださっています。おかげで物事がスムーズに進むと大評判です」
……どこからツッコめばいいのかが分からない。
まず、冒険者ギルドと商業ギルドの受付は兼任できるものなの?
そもそも代官が受付って……。
代官の権利って?
フル活用ってブラック労働だったりする?
代官の権力で進める物事とは?
「頑張っているなら良いことですね」
ドナテッラさんの綺麗な笑顔を見て、僕はツッコまないことにした。あの代官が人の役に立つ、それだけで十分だ。
「はい、住民の皆様も代官様のことを代官と呼んで親しくされていますよ」
それは親しいのとは違うのでは?
あ、分かった。僕は一緒にいかなかったけど、ギルマスに連行された代官はあの後、まだ何かやらかしているっぽい。
それで代官の扱いが悪くなっているんだ。
契約の際にゴネたか、契約したことで何かしらの小狡い悪事が公になったか……商売の神様も不満全開で愚痴に付き合わされたし、その両方な気もするな。うん、関わらないことにしよう。
「それで、加工食品が出回り商売が活性化して、そのお金が回って僕達のところにお金が多く集まり過ぎたと」
話題を代官から元の話に戻す。
商売が活性化するのは良いことだけど、お金が一極集中することが僕の拙い経済知識でもよくないことなのは理解できる。
「はい、そのとおりです」
「ドナテッラさんに腹案があるんですよね?」
ドナテッラさんは何もないのに問題だけ提起するタイプではない。何通りもシミュレーションしてプランを用意してきているはずだ。
「はい、トヨウミ商会、南の大陸支店の開設を提案します」
ぱーどぅん?
「なんでそんなことになるんですか? お金が集まったのであればギルドなどに寄付をして回すという形でもよいのでは?」
責任が増えるのは嫌です。
「では、説明させていただきます」
あ、コレ、気をしっかり持たないといつの間にか説得されてしまうパターンだ。
「…………いや、ドナテッラさん、得た資金で土地を買って整備して雇用の創出って、もはや行政の役割ですよね。それこそ代官とかギルドに任せるべきなのでは?」
最後まで気を張って説明を聞くつもりだったが、ドナテッラさんのプランが壮大過ぎて途中でツッコんでしまった。
「説明させていただきます」
あ、気をしっかり持たなきゃ。
「なるほど……」
ドナテッラさんの説明はなんとか理解できた。おそらく僕にでも理解できるように説明してくれたのだろうがとにかく理解できた。いや、理解できてしまった。
まず寄付や代官やギルドに丸投げをする方法の欠点。
代官は信用できないし、商売の神様と契約を結んでいても、代官の上、つまり国から代官を挿げ替えられたら無意味どころか被害を受ける可能性がある。
まあ、ヨーテボリは港町だし、本国が落ち着いたら旨味がある土地に力を入れ始めるよね。その時にヨーテボリに代官の席はないだろうとのこと。凄く納得できる。
ギルドに寄付と丸投げ。
ぶっちゃけキャパオーバー。
あと、緊急事態の今はともかく、少し落ち着いたら各ギルドはそれぞれ己の領分に注力する必要が出てくる。
冒険者ギルドは冒険者をひいきするし、商業ギルドは商人をひいきする。それは当然のことで、むしろひいきしなければ何のためのギルドだという話になる。
今はともかく、後々が不味いことになるので、各ギルドに行政を支配させる訳にはいかない。これもまあ、納得できる。
ここのギルマスは信頼できるけど、敗戦国の出生で今は手が回らないから据え置かれているだけ。ヨーテボリが復興したら変更されると目されている。
それも冒険者ギルド側から自発的にだ。ギルドは国の横槍を嫌い無茶な要望には抵抗するが、敵対したい訳ではない。なら、国とコミュニケーションを取りやすい人間をギルドを代表する位置に置いておきたいというのも道理だ。
ギルマス本人もそのことに納得しているのだそうだ。ヨーテボリは港町で国益にも重要な場所、そこに代官の悪意に対抗するためとはいえ、公に反乱の可能性を持ち出したギルマスが据え置かれることは確実にないとのこと。
納得でしかない。
なら個人事業の方がマシ。
戦後のごたごたに紛れてではあるが、法と規則を守り商会が土地を取得し開発して税金をしっかりと納める。
そうすれば国の横槍は限定できるし、商業ギルドに属していれば商業ギルドの庇護も期待できる。
まあ、それでも国が強権を発動したら不味いのだが、それはどこの国でも変わらないし、国自体もボロボロなんだから今のうちにヨーテボリに根を張ってしまおうということらしい。
僕の目的は商売網のフォローなので、責任を増やしてまで厄介ごとに関わるつもりはない。
正直復興に関しても、知り合った人たちがそれなりに生活できるようになって僕が罪悪感を抱かなくて済めば十分だ。
だからドナテッラさんの提案は拒否一択なんだけど、ドナテッラさんの提案はこれだけで終わらなかった。
正直次の提案も遠慮したいのだが、壮大な計画にドナテッラさんのやる気が天元突破しており拒否し辛い。
その計画は……北の大陸と南の大陸も定期航路で結んでしまおう大作戦!(仮)だ。
さすがに毎年は無理なので二年に一回か三年に一回、最悪五年に一回でも、世に与える影響は計り知れないとのこと。
僕はそんな影響力は必要ないと思うのだけど、メリットがそれなり以上に大きいのは言うまでもない。儲かるもんね、貿易。
その足場の為にもヨーテボリに拠点を築くのは重要らしい。遠いところと連携するなら、足場があった方が良いのは理解できる。
まあ、それでも儲かるだけなら却下なんだけど、この計画、いろんなところにメリットがある。
キャッスル号のスタッフ達は商売大好きが上層部に揃っているから、こんなおいしい商売を見逃すはずがない。というかその計画の提案者が幹部のドナテッラさんだ。
北の大陸の人達も命の危険なく南の大陸に行けるのであれば喜ぶ人も多いだろう。逆もまたしかりだ。
あと、神様方が喜びそうでもある。定期航路も神様方の提案が切っ掛けだし、その切っ掛けが他の大陸まで及んだら絶対に喜ぶよね。
そして僕に一番深く関わるメリット。
北の大陸で各国の注目を集めることになるであろう定期航路、その航路に獣人の町を組み込むことで獣人の町の未来を保証しようと考えている。
そこに南の大陸という強力な手札が増えたら、獣人の町の自立が早まる。それは僕にとって大きなメリットだ。あの町の責任は僕にとって重すぎる。
「………………考えさせてください」
危なかった、喜ぶ女神様方の姿と責任から解放された僕の姿を想像したら頷きそうになった。メリットは多々あれど一番大切なのは僕の平穏。
ワールドワイドな活躍なんて望んでいません。あ、でも集まっているお金の問題はどうにかしないといけないのか……なんか僕、こういう問題ばかりで悩んでいる気がする。
読んでいただきありがとうございます。




