8話 なんで?
ヨーテボリに海の魔物を卸す作業二日目、前日はヨーテボリ側がキャパオーバーしてしまったので簡単に考えていたのだが、港に作業場が増やされ、作業員も町どころか周辺の村からも集まってくる始末で、大量にあるはずの海の魔物の在庫が心配になってきた。
海の魔物卸作業三日目。結局前日は夜まで荷運びを続けたがヨーテボリ側のキャパを満たすことができなかった。
そして三日目のお昼過ぎ、港に顔を出すイネスとアレシアさんに状況を確認すると、増々人が集まりお祭り状態とのこと。
さすがに魔物の積み替えばかりで気がめいってきたので、休憩と気分転換の為に僕とカーラさんの二人で港に顔を出すことにした。
話には聞いていたが港は本当にお祭り状態で、遠目からでも老若男女が騒がしく働いていることが分かる。
僕達が近づいて来たのを確認したのか港の男達が手を振ってくれるが、あれは僕達を歓迎してくれている訳ではない。
多少歓迎の気持ちが含まれていることは信じているが、あの仕草は誘導、ここに筏を付けてくれという合図だとイネスとアレシアさんから聞いている。
知らなかったら大歓迎されているじゃんとか思って、のんきに手を振り返して恥を掻いたかもしれない。恐るべき罠だ。
「お疲れ様、お、いつもの美人さんじゃないな。運んじゃっていいか?」
合図通りに筏を横付けすると、合図を出していた男が明るい様子で話しかけてくる。でも、ちょっと残念そうな表情も垣間見えた。
その気持ちは分かる。僕だってイネスやアレシアさんが来ると思っていたのに、冴えない男がやってきたらちょっとがっかりする。まあ、その男性もカーラさんを見て笑顔になっていたけど。
男の僕が言うのもなんだが、男って単純だよね。
「問題ありません、お願いします」
「あいよ、みんな、始めるぞ!」
三人の男が筏に飛び乗り、魔物を持ち上げて港で待機している人達に放り投げる。魔物を受け取った人はそれを解体場に運ぶ。
ちょっと乱暴に見えるが、不安定な筏の上ならあの方法が安全で効率が良さそうにも思う。ただ、いろんな汁が周囲に飛び散っているんだけど……そんな汁を浴びながら受け取って笑顔な人達にも若干の狂気を感じるよ。言わないけど。
ん? おお、投げられた魔物を受け取った一人が、近くにいる少年に自分が受け取った魔物を渡した。それを受け取った少年が、笑顔でお礼を言って解体場に向かっていく。
分割された小さ目な魔物素材だったから子供に任せたのだろうが、そういう判断ができるのは余裕が出てきた証拠だろう。
放り投げられる大きさの獲物が終わると、筏に更に二人降りてきて大物に取り掛かる。一連の流れが完成しているのか、陸側にも男達が集まり協力して持ち上げ運んでいく。
すでに魔物によって運ぶ場所も決められているのか、港の簡易解体場に向かう物、町中の冒険者ギルドの本解体場に向かう物、特に確認もなく運ばれていく。
これだけ仕組みが出来上がっていると、いくら僕達が高レベルだとしても運ぶ速度が間に合わないはずだ。
あ、ドナテッラさん、フェリシア、ドロテアさんが居る。サイモンさんも一緒だな。テントの方に目をやると、仲間が働いている姿が見えた。
ドナテッラさんとサイモンさんがなにやら真剣な顔で会話をしていて、フェリシアとドロテアさんは護衛をしながら港の様子も確認しているようだ。
当然僕達のことにも気が付いており、フェリシアとドロテアさんが小さく手を振ってくれる。
荷運びも問題なさそうだし、みんなのところに行くか。カーラさんを誘って上陸しようとすると、慌ててフェリシアがこちらに走ってきた。
……そうか、僕も護衛対象だった。お祭りみたいな雰囲気でちょっと油断していた。
フェリシアとカーラさんに挟まれ港に上陸する。もちろんフェリシアの結界も展開済みだ。
「調子はどうですか? あ、飲み物を持ってきました。皆さんでどうぞ」
ここで缶やペットボトルを出す訳にはいかないので革製の水筒に入れた紅茶を木製のカップに入れて手渡す。
この革の水筒、なんと中にビニール袋を入れているので飲料に革の臭いが移らないのだ。しかも、ビニールを取り出して洗うことも可能なのでお手入れも簡単な優れもの!
この優れものな水筒、実はずいぶん前に作っていた。フェリーを購入してビニール袋が手に入るようになった頃に作ったと思う。
完成した時は自分の才能に可能性を感じたが、使う機会がないことを失念していて、今日、ようやく日の目を見た。
他人との関わり合いが薄いから水筒を使う必要がまったくないし、取り出して洗えて便利という利点もね、この世界、生活魔法なんて物があるから浄化すれば良いし……その現実に思い至った時は地味に泣きそうになった。
でも、今この時、僕自作の水筒は輝く時が来たのだ。実はかなり嬉しい。
ありがとうございますとお礼を言って受け取ってくれる女性陣。私も良いのですか? という雰囲気で戸惑っているサイモンさんにもカップを押し付ける。
「え? 冷たい……」
カップに口をつけて驚くサイモンさん。そっか、この世界、甘味はそれなりに広まっているけど冷たさは魔術だよりだから冷たい方に驚くのか。
ダークエルフの島でも氷系統の魔術が使える人が少なかったらか、飲み物を冷やす行為は贅沢にあたるのかもしれない。冒険者ギルドや商業ギルドだと、素材や食料を冷やす方が優先されそうだしね。
まあ、ダークエルフの島ではアイスまで販売されているのだけどね。この大陸での仕事が終わったら島にも顔を出さないとな。さすがにアイス関係は品切れになっているだろうから、あんまり待たせると子供達や妖精達が暴れ出すかもしれない。
「それでサイモンさん、問題は起きていませんか?」
飲み物でホッと一息ついたところで、サイモンさんに現状を質問する。ドナテッラさんに任せておけば僕は必要ないのだけど、責任者としての見栄で質問しておく。難しいことは言わないでね。
…………難しいことは言われなかったが、人員の増加、作業スペース、素材の加工、加工後の流通など、細々と教えてくれた。
小さな文字が密集していると目が滑るって言うけど、細々と沢山報告されると脳がキャパオーバーして内容が入ってこないよね。こういう時は脳が滑ると言うのだろうか?
まあ、とにかく特に問題はないらしいし、それだけ理解できれば十分だろう。
話を切り上げてフェリシアとカーラさんと共に軽く港を見て回り、その後、ストロングホールド号に戻った。
冒険者ギルドの方にも顔を出しますか? と言われたが、これだけ人が集まっているともっと荷を運ばないといけないというプレッシャーが酷く素直に仕事に戻ることにした。
頑張らないと……。
***
船に戻り頑張って荷運びしていると港の方からドーン、バリバリバリという音が聞こえた。
雷、フェリシアの魔術だろう。
港での魔術は呼び出しの合図だが、まだ僕達が港から戻って二時間程度、日もまだ高いので作業時間は十分に残っている。そうなるとアクシデントか?
ちょっと焦るが、正直フェリシアとドロテアさんをどうにかできる状況が想像できない。
「ワタル、とりあえず私とイネスで様子を見に行ってくるわ」
アレシアさんも同じ気持ちなのか、困惑気味な様子。でも、偵察に行ってくれるようなので素直にお願いする。
心配であることは確かなのだが、僕が出向けばなんとかなると思うほど自信満々ではないので経験者に従う。それが大人の対応というものだ。
「ワタル、ちょっと港に顔を出してくれる? 時間がかかるかもしれないからカーラもペントもね」
二十分程度でアレシアさんとイネスが戻ってきた。困惑した様子ではあるが、危険な状態ではないようだ。
「分かりました、それで何が起こったんですか?」
みんなで和船に乗り込み、アレシアさんに質問する。
「そうね、大きな問題が起こった訳じゃない……いえ、一応大きな問題なのかしら?」
アレシアさんが僕の質問に答えようとしてくれるが、要領を得ない内容でアレシアさんも現状を理解できていないようだ。
「ご主人様、私も上手に説明できる気がしないし、向こうで直接確認した方が早いわ」
アレシアさんが駄目なら一緒に港に行ったイネスに質問を、と思ったが、声をかける前に先手を取られた。
欠点はあるが間違いなく優秀な二人が説明に苦労するって、いったい港で何が起こっているんだ?
「うん、分からん」
港に到着し、現状を確認したが現状が呑み込めない。
「ご主人様、お呼びたてして申し訳ありません」
「それは構わないんだけど、何が起きているの?」
申し訳なさそうな表情のフェリシアに質問する。フェリシアなら現状を正しく言語化してくれるはずだ。
「はい、ご主人様が船に戻ってしばらくして、あの方達、この地の代官らしいのですが、あの方達が現れました」
なるほど、ちょっと偉そうな格好をしているし、支配者側だというのは納得だ。たぶん戦勝国から派遣された役人というのがあの人なのだろう。小役人扱いされていたし、周囲の印象は良くないと思っていた。
「それで、私達に魔物を献上する様に要求してきました。あと、私が奴隷ということで、奴隷の私の献上も口にされました」
は? フェリシアの献上? 殺意が湧く内容なんだけど……まあ、小役人のテンプレみたいな行動なので理解できなくはない。
権力者が無茶を言うのはファンタジーの定番だよね。普通の状況でも似たようなことがあり得るのに混乱状態のこの国なら権力者側の無茶も酷くなると予想できる。
「なるほどね……でも、やっぱりわからない……」
「なにか説明に不備がありましたか?」
僕の呟きにフェリシアが申し訳なさそうに質問してくる。
「いや、不備はないよ、というかまだ説明の途中だしね。僕が分からないのは、その無茶を言った代官達が既にボコボコにされて転がっているところかな? しかもしっかり手足まで縛って拘束してあるよね?」
普通、権力者が無茶を言いだしたら主人公の出番で、権力に負けずに、もしくは権力者相手に上手に立ち回ってピンチを凌ぐというのが定番中の定番、王道中の王道だろう。
今の場合だと港に大量の魔物素材を卸した僕が主人公に当てはまるはず。つまり僕が活躍する場面であるはずだ。面倒事は嫌いだけれど、こういう王道なテンプレは嫌いじゃない。
なのに代官はボコボコ、しかもうちのメンバーがボコボコにした雰囲気ではなく、代官の周囲を囲むギルマス達が代官をボコボコにしたのだと一目でわかる状況…………なんで?
読んでいただきありがとうございます。