3話 無事……だよね?
職務熱心なヨーテボリ港の兵士さんの臨検、初歩的なミスをカバーするために隠しておこうと思っていたサポラビを紹介し、未来に厄介事の種を蒔いた気がしないでもないがなんとか無事に臨検を終えた。その翌朝、ヨーテボリ港に近づくと、そこは思った以上に荒れていて先行きがとても不安になる。
ヨーテボリ港のかなりの荒廃ぶりに上陸を躊躇うが、臨検にあれだけ苦労したのに上陸しないのは虚し過ぎるので諦めて和船を接岸し上陸する。
うわー……港のあちこちに家や財産を失ったであろう人達が点在している。
かなり厳しいことになっているのは確実、和船も狙われそうな感じだが……サポラビもバレているし小型の特殊魔導船ってことで乗船拒否の効果も誤魔化すか?
本来の活動範囲が別大陸だから、ある程度開きなおっても大丈夫な気もするし……いや、だからと言って簡単に能力を晒すのもバカらしいか。
和船の護衛に何人か残ってもらおう。
「えー、みなさん、ごらんのとおりかなり荒れている様子なので周囲の警戒をしっかりお願いします」
僕の言葉に女性陣が頷く。頭上と首元でリムとペントが振動したので、こちらも了解の合図なのだろう。
緊張しているとフェリシアが僕とドナテッラさんに結界を掛けてくれる。そういえばフェリシアって結界が使えたよね。
最近はあまり利用する機会がなかったから忘れていた。まあぶっちゃけ、ジラソーレとイネスとフェリシアに囲まれていて僕に危害を加えるのは不可能に近いくらい難しいよね。
みんなレベル的にAランクを逸脱しているし、僕やドナテッラさんと違って戦う技術を学び、それを研鑽し続けている。
たぶん僕の護衛を止めて冒険者家業に専念したらすぐにSランクに昇格するんじゃないだろうか?
それが分かっているのにビビる僕……さすがに自分のヘタレ具合が少し情けなくなってくるな。とりあえず、この大陸では通訳を頑張ろう。
「それと和船に護衛を残しておきたいんですが、アレシア、この雰囲気だと何人くらい残しておいた方が良いですか?」
「そうね、確実に襲ってくるでしょうし、一人でも大丈夫だけど二人いた方が安心ね。ドロテアとイルマ、二人で船の警護をお願い」
え? イルマさんは言葉の即戦力……だからか、こっちでも会話が必要になるかもしれないもんね。
その上で周囲の警戒が得意なマリーナさんと、警護が得意なカーラさんを念のために僕の周囲に割り振ってくれたのだろう。賭博には弱いけど、こういうところは流石リーダーって感じだな。
二人に船をお願いして、港の管理棟に向かう。場所は兵士さんに聞いていたから把握済みだ。
「来たな。書類は準備してある」
管理棟に入ると昨日の兵士さんが出迎えてくれる。既に書類の準備も済ませてくれていてかなり助かる。
真面目だけどきちんと仕事を果たしてくれるのはありがたいよね。まあ、その真面目さゆえに臨検では苦労したんだけど……不真面目な兵士だったら賄賂とかでなんとかなったかもと思うと、真面目なのも善し悪しだと思ってしまう。自分の都合だけを考えればの話だけど。
「ありがとうございます。それにしても聞いていた以上に荒れた印象を受けますね」
兵士さんの臨検中、できる限り情報収集はした。だから厳しい状況だと知ってはいたが想像以上だった。
聞くのと見るのでは大違いと言う言葉を実感した。こういう時も百聞は一見に如かずって使って良いのかな?
「国がなくなってしまったからな」
兵士さんが遠くを見つめるようなまなざしで答える。そう、実はこの国、滅んじゃっていた。
ふむ、いい機会だし、真面目な兵士さんなら話を盛る可能性も低いから、本格的に情報収集をさせてもらおうかな?
職務中とはいえ、港のちゃんとした利用者は僕達だけのようだし、ある程度なら話に付き合ってくれると思う。港の利用者への情報提供も、港の管理者の職責の範囲内と言えなくもないもんね。
兵士さん、うっぷんが溜まっていたのか、僕が心配になるほど色々と話してくれた。まあ、それでも真面目な気質が影響したのか罵詈雑言や危なそうな情報は話してくれなかったが。
話の内容を簡単にまとめると、まず、この国は王様がお亡くなりになった後、宰相が担ぐ第二王子が王権を奪取しようと兵をあげた。
まあ、兵をあげる前から争いの気配はプンプンしていて、僕もその時期に胡椒貿易に来たから、誰もが争いになることを理解していたと知っている。
そして、他国から嫁いできた王妃様も当然息子の第一王子が王に相応しいと第一王子を援助する……母国からの援軍すら引き入れて。
これが切っ掛けで争いが大きくなり、色々と混乱しているところに更に他国がちょっかいを出したりして更に混乱が大きくなり、結果大陸全体が大混乱。
ドミノ倒しと言うかピタでゴラなスイッチというか……冗談みたいに順調に騒ぎが大きくなっていったようだ。
そんな中、切っ掛けになったこの国は動乱の初期に滅亡してしまったらしい。
それならもう復興が始まっても良さげなのだが、滅亡し他国から分割されて統治されているところに、分割した国々が争いを始め更に痛めつけられ、その国々も滅んでしまい、この国周辺を呑み込んで大国となった国に吸収されてようやく所属が明確になった。
そんな悲惨な状態。
しかも勝ち残って大国となった国も、大陸全体の争いに疲弊中で自国の本拠地を立て直すのに手いっぱいで、今のところ統治もおざなりらしい。
なんせ争いが収まっている理由が、どの国も争う余力がないくらい疲弊しているからなのだそうなのでビックリするくらい悲惨な状況だ。
そりゃあ商売の神様も商売網の心配をするよね。どんだけ全力で争ったんだ?
僕の印象では国なんてそんなに簡単に滅ばないし、ギリギリまで疲弊するほど争うのも難しいはずなんだけどね。
まあ要するに、ヨーテボリの港が荒廃したままなのは、立て直す余裕がなく放置されているからということだ。
兵士さんは最初の国、つまりカターニア王国の兵士で、国が滅んでヨーテボリ周辺を支配した国に吸収され、更に滅んで現在の大国から港の管理を押し付けられた可哀想な兵士さんだった。
この広い港、兵士さんと部下の兵士さんの二人で回しているんだって。臨検の時の僕の人員追加の提案になんとも言えない顔をしていたのは、そもそも追加する人員が存在しなかったからなのだろう。
兵士さんに危害を加えたら港の兵士達が! とか言っていたのは全部ハッタリだったということだ。ある意味凄い覚悟だよね。
そして、港町なんて儲けの種なんだから、そこが放置されている時点でこの大陸の疲弊具合のヤバさが分かる。
帰りたい……でも帰れない。
……とりあえずやれるだけやってみるか。商売の神様にはお世話になっているし、義理はできるだけ果たそう。できるだけだけどね。
色々と情報をくれた兵士さんにお礼を言って管理棟を出る。
「あー、やっぱりか……イネス、悪いけど兵士さんを呼んできてくれ」
「了解。まあ、連れてきてもどうしようもない気がするけど」
イネスが身も蓋もないことを言いながら管理棟に走っていく。
和船の周辺にはガラの悪そうなのから明らかに追い詰められただけのひ弱そうな人まで倒れ伏している。
和船が狙われそうだと思ったから留守番に残ってもらったのだけど、留守番が居ても和船が狙われたようだ。
美女二人なら勝てると踏んで襲ったのだろうが、ドロテアさんとイルマさんを襲うくらいなら近場の悪党の拠点を襲う方が成功率が高いと思うぞ。
「はぁ……襲われた君達には申し訳ないが、こちらとしては調書を取って数日拘留が関の山となる」
イネスが呼んできてくれた兵士さんが申し訳なさそうに強盗達の処罰を伝えてくる。
やはりイネスが言ったとおりになったか。
兵士さん二人しかいない管理棟。港の管理棟にその程度しか人数を回せない状況なのだ。他の施設も手一杯に決まっている。
ゴロツキや浮浪者を最後までしっかり裁く余裕なんかないだろう。
こうなると抑止力が意味を失い、犯罪のリスクが低下する悪循環でしかなく、もはや無法地帯に近く国としての意義を失っているが、意義もくそも国が二度にわたって滅んでいて今の国も余力ゼロ……世紀末だ……帰りたい。
「それで構いません、一応、話だけでも通しておきたかっただけですから」
そんな状況でも通報をちゃんとしておくことには意味がある。どうせ無駄だと放置しておいたらそれだけ相手になめられるし、下手をしたらあとから冤罪を掛けられる恐れすらある。
弱みはできるだけ消しておかないとね。僕は自己保身に対しては真剣なんだ。
気絶したまま運ばれていく襲撃者達。兵士さんは二人しかいないから僕達も運ぶのを手伝ったよ。
「酷い状況だったわ。途中から私達には絶対に敵わないと分かった様子なのに、それでもがむしゃらに襲い掛かってきたわ。後がないのと同時に、早く楽になりたかったのかも」
襲撃者達を運び終わりドロテアさんとイルマさんに襲撃の様子を聞くと、なんとも言えない内容が伝えられた。
本当に世紀末だな。
炊き出しが必要な気がするが、僕は商売に来たのであって慈善事業をしにきたのではない。というか、商売でも焼け石に水な気がするのに慈善事業だと商売網をフォローする前に品切れになる。
ああ、頭が痛い。でも、この状況を見捨てるのもヘタレな僕には辛い。
……炊き出し以外のテンプレで考えるなら、仕事を与えるってことになるか。僕達が提供できる仕事となると……思いつかない。
「この町の人に仕事を提供したいのですが、何かありませんかね?」
分からない時には人に聞く。幸いここにはドナテッラさんが居る。
「そうですね……ここに来るまでに倒した海の魔物の解体をお願いするのがいいかもしれませんね。かなりの数になりますし、賃金は魔物の可食部位や素材とすれば仕事も魔物素材の流通もはかどるでしょう」
あ、そういえば僕、海の魔物を腐るほど持っていた。解体するのも冒険者ギルドに卸すのも面倒、でも捨てるのももったいないということでちゃんと確保はしていたんだよね。
その影響でゴムボートの数が洒落にならないことになっているけど……今回の船旅でも更にゴムボートが増えたもんね。物資でパンパンだから買い足ししまくったし……でも結果オーライ。
アホほどため込んだ海の魔物素材、この機会に大掃除してしまおう。そうなると商業ギルドと冒険者ギルドに話をとおさないとね。
さっそく向かうか……商業ギルドと冒険者ギルド……無事だよね?
読んでいただきありがとうございます。