1話 久しぶりの南の大陸
商売の神様の依頼を受けて、南の大陸に向けて出港した。サポラビの意識解放とか定期航路とか獣人の町とかダークエルフのあれやこれやとか人魚さんのあれやこれやとか色々と様子見やフォローが必要な部分も全部棚上げにして……戻った時が少し怖い。
ヨーテボリの港町が見えてきた。
カリャリを出港してから約11日、自動操縦で昼も夜も進めるからこの速さで到着したが普通の魔導船なら一ヶ月は必要な航路、船召喚はやはりチートだ。
最初に向かう港町をカターニア王国の港町であるヨーテボリか、フォルリ王国のテルニの港町かで迷ったのだが、今回はヨーテボリにした。
なぜかというとこの大陸の戦乱きっかけがヨーテボリのある王国、カターニア王国の王位継承争いだからだ。
大抵の騒動はその中心の被害が大きい、だから最初からそこに乗り込むのが効率的ということらしい。
ちなみに僕はテルニの港町を最初の訪問先に提案した。最初から騒動の中心とか怖いよね? 遠くから様子を見たいよね? 僕が間違っているのかな?
間違っていないと思うが、結局女性陣に説得されて効率的に動くことになった。僕は弱い。
と言う訳で、今回はヨーテボリの港町に入港、しかもストロングホールド号で直接。
なぜなら今回は荒れた大陸の商売網のフォローが目的。
つまり大量の物資をバラ撒く必要がある。そんな中でルト号での乗り換えとか荷物の積み替えとかチマチマとしたことはやってられない。
だから胡椒貿易で儲けたお金で、偶々発見された巨大魔導船を手に入れた、という、かなり無理がある設定で押し通すことにしている。
そんな巨大魔導船が個人の持ち物と言う時点で無理があり過ぎるのかもしれないが、そこはまあ別の大陸ということで納得してもらえると信じたい。
国がそんなものの所持を個人に許すわけがないだろうという、真っ当なツッコミが今から怖くてしょうがない。
まあ、それでも豪華客船はやりすぎな気がしたので、フェリーであるストロングホールド号にしたんだけどね。
僕はそもそもとして、先に和船あたりで潜入して、南の大陸の状況を把握してから行動したかったのだけど……大陸全土を巻き込む戦乱の後なのに、ちょっと潜入したくらいで全体の状況が把握できるわけがないという意見にあっさり封殺された。
みんな船召喚のチートを知っているから、危険に対する許容範囲が高くなっている気がする。あと、薄々神様関連の仕事だと察しているからか、この仕事に対する熱意が引くほど高い。
「ああ、やっぱり騒ぎになっていますね。ワタルさん、ある程度港に近づいたら船を止めてください」
「……了解です」
ヨーテボリは大きな港町だけど、さすがにフェリーを横付けできるほどの広さも水深もない。軍港でもあるカリャリだって水深が深い場所に止めて小型船で出入りしているくらいだ。
ドナテッラさんの指示に従い、ある程度近づいてから停泊準備を開始する。
それにしてもドナテッラさん、ハリキッテいるな。
この航海の間もドナテッラさんはすこぶる活動的だった。
南の大陸での商売計画は当然として言語学習にも意欲的に取り組み、レベルアップの為の魔物討伐のチャンスも逃さず積極的に参加し、意識解放した自分専属のサポラビであるソフィアとロレンツォとのコミュニケーションも熱意をもって取り組んでいた。
まあ、ソフィアとロレンツォとのコミュニケーションは仕事と言うよりも趣味が九割くらいな気がするけど。
カミーユさんも活動的だったけど、ドナテッラさんは更に上、他大陸との商売というやりがいのあり過ぎる仕事に燃えに燃えているようだ。
まあ、ハリキッテお仕事をしてくれるのは助かるから構わないが、頑張り過ぎで色気があるイベントがまったく起こらなかったのは悲しかった。
なんでもテキパキ済ませれば良いということではない、帰りの船旅ではそう主張してもっと楽しいイベントを開催するつもりだ。
ストロングホールド号を停泊させて改めてヨーテボリの港町を確認する。
「ボロボロね、結構手酷くやられちゃったのかしら?」
イネスが心配げにつぶやく。
イネスの言うとおり港は割とボロボロでそこかしこに応急修理の痕跡が見られる。大きな港町だけあって、戦争の波からは逃れられなかったようだ。
胡椒貿易でお世話になった商業ギルドのメアさんは無事だろうか? 数回しか会ったことがないしそれほど親しい訳でもないが、誠実に商売をしてくれた人だから、できれば無事であってほしい。
「小舟がこちらに向かってくる。乗っているのは兵士、かなり警戒しているようす」
マリーナさんが状況を報告してくれる。たしかに小舟がこちらに向かってきているな。
こんな巨大な船がいきなり現れたんだから警戒はしょうがないだろう。こちらから出向く手間が省けたから、来てくれてありがたい。
というか、よく小舟を出す決断をしたな。僕ならこんな巨大な船が突然現れたら怖くてしょうがないよ。
……送り出されてくる兵士は間違いなく捨て駒だろう。生贄と言った方が正しいか? 上層部にとって邪魔な存在を危険地帯に送り出して様子を見る。なんてこともありそうだ。
まあ、ストロングホールド号で入港する時点で騒ぎになることも予測済みだし、臨検されることも織り込み済みだ。
ストロングホールド号の内部は船偽装でこの世界でも無理がない状態にしてあるし、商品も全部出して船全体を日持ちがする荷物でパンパンにしてある。
これである程度物資を大量放出しても、そんなものだと納得してくれる……といいな。
「ワタル、お願いね」
「分かりました。イルマとドナテッラさんは言葉が理解できるか確認をお願いしますね」
僕の言葉にイルマさんとドナテッラさんが頷く。他のメンバーもある程度南の大陸の言葉を勉強しているが、イルマさんとドナテッラさんほどの学習速度はない。
最初は僕が交渉して、それを聞いて問題がなさそうであればドナテッラさんとイルマさんに交渉役をお任せしたい。
まあ、それでも全部を任せて船でのんびりできるほど二人とも上達している訳ではないので付き添いからは逃れられそうにないけどね。
色々と作業しながら、その合間に二十日程度学習したくらいで完全な商談は無理がある。それでも日常会話はほぼ完璧なんじゃ? ってところまで仕上げている二人は洒落にならないくらい優秀だ。
二人を引き連れて出迎えに……。
「話がややこしくなりそうですからソフィアとロレンツォは送還しておきましょうか」
当然のごとくドナテッラさんに付き従う二匹のサポラビ、その光景を見慣れすぎていて違和感がなかったが、さすがに臨検されるかもしれない状況で出しっぱなしはあり得ないだろう。
「そんな! ……あ、いえ、当然ですね。ソフィア、ロレンツォ、悲しいですが少しの間お別れです。また後で、必ずまた後で会いましょう」
今生の別れレベルに悲しそうな顔で別れを告げるドナテッラさん。大げさすぎると思うが、送還を嫌がるほど脳がサポラビに侵されていないようなのでちょっと安心した。
この状況でサポラビの送還を嫌がったら、末期だと思う。ちょっと危険だったけどね。
「こちらヨーテボリ港警備隊! 先ぶれなく突如巨大船を入港させた用向きを伺いたい!」
力強く問いかけてくる兵士さん。
僕達が乗船口で手を振るまで、どこに小舟を近づけたらいいか迷ってウロウロしていなければ立派な態度だと思えたのだが……まあ、仕方がないか、豪華客船よりか小さいとはいえフェリーも十分に巨大だから僕だって初見ならどうしたらいいか分からないだろう。
「こちら北の大陸から商売に来たトヨウミ商会貿易船です。長い航海ゆえに先ぶれが派遣できなかったこと、ご容赦いただきたい!」
質問に大声で返事をするが、大声を出すのって苦手だ。マイクとかメガホンを利用したい。
本当は先ぶれを用意することも可能だったし、その案も出ていたのだがインパクト重視で直接乗り込むことになった。無論僕は先ぶれ派遣賛成派だ。
「なんと北の大陸の! …………北の大陸からの客人に申し訳ないが、港は御覧のとおりのありさまだ、簡単に上陸を許可する訳にはいかない! 立ち去らない場合は臨検を執行する!」
北の大陸という返答が予想外だったのか兵士さんは驚き少し悩んだ様子だったが、本来の職務を優先することにしたようだ。
「了解しました。そこの階段から乗船してください」
というか、兵士さんと小舟の漕ぎ手の兵士さん二人しかいないのだけど、それで臨検できるのだろうか? ストロングホールド号はかなり広いよ?
まあ、港側としてもこんな巨大船が入港すること自体想定外だろうから、マニュアルなんかないか。
問答をした兵士さんが一人でおそるおそる階段を上がってくる。そうか、小舟の管理が必要なのかもしれないが、一人で臨検するつもりなのか……さすがに無理だろ。
「あの、見たら分かると思いますが、この船はかなり大きいので一人で調査するのは無理なのでは? 応援を呼ばれることを推奨します」
思わず臨検される側の僕が提案してしまう。だって一人で長々と調べられるよりも大勢でサクッと終わらせてくれる方が楽だもん。
「もっともな提案だが、それはこちらが判断することだ。まずは私一人で臨検させてもらう」
こちらの提案は蹴られてしまった。一瞬苦笑いする表情が見えたので、一人なことにはなにかしらの理由がありそうだ。
「……これで乗組員全員だというのか?」
まずは人の検査ということで乗組員を集めるように指示される。街に入場する時とかに犯罪歴を調べる水晶を持っているので、それで大元の判断をするのだろう。
犯罪という面ではやましいことはないので素直に全員を集めて兵士さんの前に並ぶ。
「はい、全員集まりましたが?」
なんでそんなに怒っているのですか? あ、もしかしてリム達従魔組も集めないと駄目だった? 退屈だと思ってキッズスペースで遊ばせているが失敗だったか。
「こんな巨大船をたったこれだけの人数で維持できるわけがないだろう。隠し事はためにならんぞ!」
…………盲点だった!
他のメンバーに視線を向けると、みんな大なり小なり驚いた顔をしている。
そうだよね、色々と怪しまれないように下準備してきたのだけど……凄く初歩的なことをみんな忘れていたよね。
普通の船ってボタン一つで勝手に目的地に到着したりしないんだった……
読んでいただきありがとうございます。