20話 盲点
ルッカに帰還すると留守番組だったアレシアさん、ドロテアさん、イルマさんに地球の文化の禁断症状が出ていた。好感度を稼ぐためにさっそく外海に出て彼女達の接待をしたのだが、サポラビ達の意識の解放を伝え忘れていて、最初で躓いてしまう。
「なるほど、とりあえず王様の接待については時間があるから後回しにして、南の大陸について考えましょうか。ワタルに突然の依頼と言うことは、深く聞かないけど最優先にした方が良い依頼よね」
ルト号のソファーでアレシアさんが真面目な顔で話し始める。
この場にいるのは僕とイネスとフェリシア、ジラソーレ全員とカミーユさんだ。
ちなみに従魔組はデッキで遊んでいる。
「はい、時間がないわけではありませんが、王様の接待よりも先に済ませておきたい案件ですね」
アレシアさん達もカミーユさんも突然のお願いなのに深く聞いてこないし、王様の接待を後回しと言う時点で、依頼主が誰か想像は付いているのだろう。まあ、極小とはいえ加護なんかも貰っちゃっているしね。
カーラさんなんて美味しいものを報告しちゃっているし。
ただ、神様の依頼なのだと、理解していても口に出さない警戒心の高さは懸命だと思う。僕達の間でならもう少しオープンにしても問題ないのだが、用心はしておくべきだろう。
極小の加護ですら大騒ぎになりかねないこの世界、無駄な警戒だったとしても万が一を呼び寄せるよりかはマシだ。
これがダークエルフの島や人魚の国みたいに孤立気味ならもっと気楽に対応できるんだけどね。
人魚の王族は海神様と直接話しているし、ダークエルフは森の女神様のお手紙を実際に見ている。
ある程度事情を把握しているアレシアさん達の用心は、僕達内部と言うよりもうっかり外で漏らさないための用心だろう。
そんな慎重なアレシアさん達だが、実は合流してから五日ほど経っている。
その間、アレシアさん達は貪欲に地球の文化を楽しみまくった。
豪華客船はもちろんフェリーにもんじゃ焼き、ガレット号での爆走やエッグ号での潜水観光、無論その間に食事と甘味とお酒も忘れない。
それに加えて意識を解放したサポラビ達とのコミュニケーション、充実した五日間だったと思う。
余裕がある僕はそれを優しく見守っていた。
まあ、飛ぶヨットで遊びたいというリクエストは流石に却下したけどね。あれは外海では危険だ。
そして十分に満足したところでルッカに戻り、話し合いの場が設けられたところということだ。
あ、もしかして物凄く真剣な顔をしているのは、神様の依頼があるのにがっつり五日間も遊び惚けていたのをヤバいと思ったからかも。
僕が時間がないわけではないといった時に、若干ホッとした空気が流れたのはそのせいだろう。
そんなに心配することはないのだけど、まあ、言わない方がしっかり協力してくれそうだから内緒にしておこう。
「なるほど、私達が疲れを癒している間に準備は進んでいるの?」
アレシアさんは自分が遊んでいたと言い辛いのか、疲れを癒すと表現を変えながらカミーユさんの方に顔を向ける。
僕が実務をスルーしていることを完璧に把握されているな。まあ、アレシアさん達と一緒に五日間のんびりしていたからそれも当然か。
でも、あの五日間のアレシアさん達、可愛かったなー。
「ええ、ルッカとカリャリには既に話を通しています。南方都市でもかなりの量の商品を積み込みましたので南の大陸に持ち込む商品は十分に集まるはずです」
カミーユさんが自信ありげに断言する。
そうなんだよね、南方都市でも僕達がキャンプだの男飯だのにうつつを抜かしている間にカミーユさんが色々と手配をしていて、僕が所持する二隻のフェリーの倉庫は駐車スペースも含めて満載だ。
カミーユさんはこの国で更に物資を集めフェリーや豪華客船の使っていないスペースを満杯にして運ぶ計画をたてている。部屋なんかも使用していない部分はみっちりとだ。
たぶん船召喚で沈没しないシステムになっていなかったら沈没しかねないレベルで詰め込まれると思う。輸送船を買えばもっとすごいことになるが、仕事も爆増しそうなのでそれは内緒にしている。
僕はそこまでする必要はないって言ったんだけどね。商売の神様もある程度の物資さえあれば大丈夫みたいなニュアンスだったし。
桶を満たすのではなく、桶を満たすポンプの呼び水が役割で、たぶん南の大陸の商売網が壊滅しない程度の物資を運べば十分だと思う。
そう伝えたんだけど、別に儲けてはいけないわけではないのですよね? 暴利をむさぼるつもりはありませんが、物資不足という分かりやすい商機が転がっているのに利益を放棄する理由が分かりませんと真顔で言われた。
まあ確かにそうだ。
今回の場合は慈善事業でも救援の為でもなくあくまでも商売。
戦争に巻き込まれた人達は可哀想だと思うが、神様の方針もその国、その大陸で起こった人災はその土地に住む人達が解決するべきという考えのようなので、僕達が救援に乗り出すのも少し違うのだろう。
アレシアさん達なら目の前で困っている人達を見たら確実に手助けくらいするだろうが、それは個人の裁量の範囲内だ。
僕は……無理だな。見たら助けたいと思うかもしれないが、戦争で荒れた場所を見る時点で怖いから船で引き籠るのは確実……あれ? そういえば向こうの大陸では通訳が必要だった気が……イネスもフェリシアも少しは向こうの言葉を覚えたけど、それは挨拶とか簡単な日常会話の基本くらいで、商売を行えるほどではない。
……僕、引っ張り出される?
いやいやいや、それは嫌だ。僕はビビリでヘタレな一般人。普通の商談ならともかく、戦争後の荒れた国での商売とか怖すぎる。
通訳は僕の見せ場ではあるのだが、時と場所は選びたい。商売に関しては僕も責任者だし見栄もあるから頑張る。怖くてもある程度は頑張る。でも、被害に遭った人達の救援なんて絶対に心がもたない。
特に子供とかが悲惨な目に遭っているのを見たりしたら……うん、絶対にやらかす。
孤児院の子供達相手でもやらかして要塞みたいな孤児院を作っちゃったのに、更に悲惨な場面を観たら、自分でも何をやらかすか想像がつかない。
思わぬ難題に顔を上げる。考え事をしている間に話は進んでいたようで、カミーユさんとアレシアさん達が色々と打ち合わせをしている。
今のうちに手を打っておかないと駄目だ、危険は目が出る前に潰すのがベストだ。
「あの、南の大陸の言葉を理解できる人ってどれくらい居ますかね?」
場を沈黙が支配する。
「そうでしたね……私は文章であれば多少理解できますが、会話となると難しいです。ドナテッラも似たようなものでしょう。根本的な問題を見逃していました」
カミーユさんが深刻な表情で呟く。カミーユさんは王様の接待関連でここに残ることが決定していて、僕達と同行するのはドナテッラさんに決定している。
物資をカリャリで受け取る時に合流する予定だ。
「ジラソーレは私が少し分かる程度ね」
仲間内で確認しあっていたジラソーレでもイルマさんが少し分かる程度。気が付かなかったら僕の仕事が洒落にならないことになっていたな。
西の大陸でも言葉で苦労したけど、被災地で言語学習とか西の大陸の苦労とは比じゃないレベルになるだろう。
「カミーユさん、南の大陸の言語学習の教材を用意できますか? できれば簡単な文章が書かれているものから順番に用意してほしいのですが……」
「……そうですね、南の大陸とは細いとはいえ貿易関係にあります。それなりの教材は用意できるでしょう」
よかった、断絶どころか存在すら知られていなかった西の大陸とは違い、胡椒で繋がっている南の大陸ならこちらで教材を用意できるらしい。
それなら、なんとかなる。
すぐに出発する訳ではないし、南の大陸に到着するまでの航海も時間がかかる。
無論、一つの言語を学習するには少なすぎる時間だが、こちらにはイルマさんが居る。
西の大陸でもそうだったようにイルマさんなら少ない時間でも言語をものにしてくれるはず。
他のメンバーも分野を絞って勉強すれば、それほど僕の通訳を必要としないはずだ。
基本的な挨拶と日常会話、それと被災地で必要になりそうな言葉を覚えればなんとかなるかな?
「では、至急手配をお願いします。あと、カリャリで合流予定でしたが、ドナテッラさんとの合流を早めることはできますか? 迎えはこちらから出します」
カリャリならガレット号でそれほど時間がかからない。ドナテッラさんにはできるだけ早く学習に力を入れてもらわないと、向こうでの僕の苦労が増す。
「そうですね……すでに引継ぎは始めているでしょうし、物資の収集をマウロに任せれば合流は可能でしょう」
マウロさんの仕事も増えてしまうか。
高齢の方に無理をさせるのは本意ではないが、エネルギッシュな人だし、レベルを上げて元気いっぱいだから大丈夫だろう。
「では、手配をお願いします。早い方が良いので……フェリシア、ガレット号でカミーユさんの手紙を届けてくれる?」
「お任せください」
フェリシアも操船が好きだし、良い気分転換になるだろう。
イネスや操船大好き組が自分も行きたそうにしているな。
「何度かカリャリと行き来する必要がありますから、順番でお願いします」
それだけで僕の言いたいことが伝わったのか、次の順番決めを始めてしまった。間違いなく爆走するつもりなんだろう。
ルッカ・カリャリ間でのタイムアタックとかやりそうだな。
「ワタル、南の大陸の文献もいくつか手元にあるの。勉強ついでにお手伝いしてくれるかしら?」
忙しくなりそうだと黄昏ていると、イルマさんが蠱惑的な笑みで話しかけてきた。
今はサポラビや西の大陸の文献の精査に夢中だったはずだが、若干マッド疑惑が生まれるほど好奇心が強いイルマさんが、細い繋がりとは言え繋がりがあった南の大陸に興味がないわけがないよね。
すでに自力である程度言語を習得しているようだし、西の大陸の時よりも早く言語をマスターしてくれるだろう。
好奇心が前面に押し出されているイルマさんとの勉強会は大変だけど……。
「はい、できるだけお手伝いしますので頑張りましょう」
色欲に抵抗するのは難しいよね。大変なことは理解しているが、密室でイルマさんと二人きりで、しかも普段は見せない無邪気な姿や無防備な接触があるので拒否できないんだよね。
たぶん、偶に後悔することになる。
まあ、とりあえず、色々と頑張って準備しよう。南の大陸で引き籠るために。
読んでいただきありがとうございます。




