19話 この余裕がハーレムへの道
カミーユさんが南方都市での仕事に目途を付けたので、僕達はアレシアさん達と合流するためにルッカに向けて出港した。まあ、ラティーナ王国の外交使節団の魔導船が同行することになったのは予想外だったが、それによって思いもよらぬメリットも享受できたし、なにより、ルッカに到着したらアレシアさん達がデレる? という神イベントまで用意されていた。なんだかとっても幸せです。
ルッカの港町からこっそり外に出て和船で出港。
マリーナさんと、イネスとフェリシアにリムとペントにふうちゃんは普段通りだが、アレシアさん、ドロテアさん、イルマさん、それとべにちゃんからは隠しきれない余裕のなさが伝わってくる。
それほど僕の船での娯楽を心待ちにしてくれているのだと思うと未来への展望が開けた気分になる。
今まではアレシアさん達って最高だけれど、さすがに僕では釣り合わないよな、でも、船召喚もあるしなんとか頑張ればワンチャンあるかも、程度の考えだった。まあ、現実を理解しつつも、どうにかしてなんとかできないかと足掻いてはいたんだけどね。
それが、アレやコレや無理をしなくても誠実に対応していればなんとかなりそうな可能性が見えてきた。
僕の未来は明るい!
ずいぶんと欲望に塗れた未来だけどね。
……いかんいかん、テンションが上がり過ぎて調子に乗りそうだ。
こういう時に調子に乗ると、痛い勘違い男になって破滅と言うのがテンプレートだ。しっかり気持ちを落ち着けて自分の欲望を制御し、誠実と言う名の仮面を接着剤で張り付けるレベルで維持しよう。
せっかくのチャンスなんだ、くだらないミスで失うのだけは避けたい。
「そうだ、外海に出たらどの船を召喚しますか?」
いつもはリクエストを聞いたり僕の気分で召喚する船を選んだりしているが、今回はリクエストを聞くべきだよね。
待ち望んでいたのだから、それなりにやりたいことを想像していたはずだ。
「それはもちろん―――」
「―――待ってアレシア、ここでの先走りはパーティーの崩壊を招くわよ」
僕の質問に答えようとしたアレシアさんをイルマさんが真顔で制止する。なんでいきなりシリアスな雰囲気?
「……そうね、ごめん少し先走っちゃったわ。ワタル、少し話し合うからちょっと待ってちょうだい」
「りょ、了解です?」
雰囲気に押されて言葉が詰まってしまった。狭い和船でのシリアスな雰囲気は遠慮してほしい。
…………アレシア、ドロテアさん、イルマさんの話し合う声が聞こえてくる。
本人達は真剣なのだろうけど、僕からすれば肩の力が抜ける内容だ。
つまり、一番に何を楽しみ、次にどういう行動に移るか、そして、それを行うにはどの船が最適なのか? という議論だ。
ちなみに、マリーナさんはそれを余裕な表情で眺めており、ふうちゃんはその頭の上でマッタリな様子で、べにちゃんはドロテアさんの頭の上でポヨンポヨンと飛び跳ねながらなにやら主張している様子。
今回は離れている期間が長かったから、スライム組の間でも精神的格差が生まれている気がする。
なんかごめんね、べにちゃん。
…………結構時間が経っているのだが、いっこうにアレシアさん達の議論が落ち着かない。それぞれにやりたいことが沢山あるようだ。
まあ外海に出るまでまだ時間があるし、簡単な解決策もあるのだからゆっくり議論してもらうか。
今まではご馳走の前で待てをされている飼い犬のような、なんとも言えない焦燥感が伝わってきていたからどの船を召喚するかという議論をしている方が精神的に良さそうだ。
それにしても、とっても簡単な解決策があって、アレシアさん達ならそれに気が付いて当然なのにまったく気が付いた様子がないのが面白い。焦りって本当に思考の幅が狭まるんだな。
でも、少し気になることがあるから、少し質問させてもらおう。
「僕達が居ない間にどうしたいか話し合わなかったんですか?」
アレシアさん達は凄腕の冒険者だから、当然事前準備の大切さも理解している。だからアレシアさん達なら僕が戻ってきたらどう行動するかプランを練っていてもおかしくない、というか、プランを練っていないことの方が違和感を覚える。
「ワタル、あなたは空腹で仕方がないのに、絶対に手に入らない食べ物について想像したい? まあ、話し合わなくても何度も想像はしちゃったのだけど……」
……なるほど、砂漠で水……いや、ダイエット中に大好物から意識を逸らすような感じかな?
どちらにせよ気持ちは理解できた。僕だって空腹時にカレーの臭いテロを受けたことがある。あれは正直、犯罪レベルの非道だと思う。
どうしてもカレーが食べたくなって母さんにワガママを言ったな。そんなに言うならカレーの材料を買ってこいと言われて、お使いに走ったっけ。
……いかん、家族のことを思い出すと泣きそうになる。帰るのは望み薄なのだから、地球の家族や友人達については心の奥底にしまっておかないといけない。
……まあ、帰れるとなって帰るのかは疑問だけど。ごめんね母さん、確かに不便な世界ではあるのだけれど、僕の周りはとても環境が良いのです。豪華客船とか美女とか美女とか美女とか……。
船に滞在している限り、地球よりもいい暮らししているもんね僕。あ、これが離れていた間にアレシアさん達が感じていた気持ちか。僕のアドバンテージ、地味に凄いな。
そろそろ船召喚をしても問題がない海域に出たのだけど、まだ三人の話し合いは終わっていない。イネスとフェリシアとマリーナさんも若干呆れた表情だ。
まあ、イネス達も簡単な解決策を理解しているはずなのに何も言っていないのだから、良い性格をしているよね。
さて、そろそろ結論を出すか。
「あの、アレシア、ドロテア、イルマ、僕はそれぞれが望む船を召喚することが可能ですよ?」
普段は基本的に一隻しか召喚しないが、クラレッタさんからクレーンゲームがしたいとリクエストされた時や、カーラさんからアレが食べたいなどとリクエストされた時等に何度も二隻目や三隻目を召喚しているから、アレシアさん達もそれは絶対に理解している。
現にアレシアさん達三人とべにちゃんは、そういえばそうだった! という表情をしているから確実だ。まあ、べにちゃんの表情は分からないのだけどね。
「ワタル、ストロングホールド号をお願い!」
「ワタル、シャトー号をお願いします」
「ワタル、私はクリス号をお願いね」
アレシアさん、ドロテアさん、イルマさんから即座にリクエストが飛んできた。まあ、三人がどの船を望んでいるのかは聞こえていたから知っているんだけどね。
アレシアさんはストロングホールド号で自販機メニューや売店のジャンクなお菓子と缶ビールを御所望。もんじゃ焼きと悩んでいたようだが今回はフェリーに軍配が上がったようだ。
アレシアさん、外見は活発ながらも高貴なお嬢様って感じなのに庶民的な感覚だよね。まあ、アレシアさん達は基本的に庶民階層らしいから外見以外は違和感がないけど。
ドロテアさんは自分がクジで引き当てたシャトー号がお気に入りだし、べにちゃんと楽しみやすいから一推しの選択。べにちゃんも同意見なのでフォロー気質なドロテアさんも譲らない様子だった。
そしてイルマさんはラグジュアリーなクリス号で優雅にくつろぎ、落ち着いたサロンか図書室で快適に研究に打ち込むのが望みだったようだ。
イルマさんって研究の時には環境を気にしないマッドなタイプだと思っていたが、快適な空間からこの世界のレベルの環境に移ったことで、研究の効率が段違いなのだと熱弁していたから心境の変化があったのだろう。
「了解しました」
ちょっと格好つけてリクエスト通り三隻の船を召喚する。三人から上がる歓声が心地いい。
「もう乗船しても構いませんよ。みなさん、存分にお楽しみください」
僕の言葉に三人がお礼の言葉を残しながら船に飛び込んでいく。それだけ待ちかねていたのだと分かる行動だ。それでもお礼の言葉を忘れないあたり、ジラソーレの面々は人ができている。
「ご主人様、誰かについていかないの?」
イネスが若干不思議そうに話しかけてくる。その疑問を理解できなくもない。今までの僕なら、必ず誰かと行動を共にしようとしただろう。少なくとも三人の様子を確認しようとは間違いなくしていたはずだ。
「うん、みんな楽しみにしていてくれたみたいだから、ゆっくり楽しんでもらおうと思ってね」
三人とも僕の同行を嫌がることはないだろうし、今までなら僕もそれに甘えていたはずだ。
だが今の僕にはアレシアさん達がゆっくり楽しんでもらおうと考える心の余裕がある。
「へー、いいことね。アレシア達も感謝すると思うわよ」
イネスの言葉がなんとなく腑に落ちた。そうか、これが彼女持ちが更に別の女性にもてる秘訣か。
この心の余裕が、女性に対する配慮を生み、それが好感度に繋がる好循環を生み出す訳だな。
ならば僕は彼女達が満足した後に、ゆっくり関係を深めることにしよう。
この余裕こそが僕をハーレムな世界へ導いてくれるはずだ。
「ワタルさん! サポラビちゃん達がなんだかとっても可愛く! いえ、今までも可愛かったのに更に可愛くなっています!」
「ワタル、なんだかサポラビが変化しているの! どうなっているの! 調べさせてちょうだい!」
余裕しゃくしゃくで満足顔を晒していたら、ドロテアさんとイルマさんが和船に飛び込んできた。
……そういえばサポラビの意識を解放したことを伝え忘れていた。
「えーっと、サプライズです。サポラビの意識を解放したんですよ、驚きましたか?」
冷たい視線が僕に突き刺さる。アレだな、確実に僕が伝え忘れただけなのを見抜かれているな。
ドロテアさんなんて僕に敬称を付けてしまうくらい驚いている様子だし、選択をミスった。
ここは素直に伝え忘れたことを謝罪する場面だった。ハーレムへの道はやはり難しい。
その頃のアレシアさん。
「くー、やっぱり唐揚げとポテトに缶ビールは最高ね! 他の船でも唐揚げとポテトは食べられるけど、この自販機の絶妙にチープな味が、なぜか病みつきになるのよね!」
サポラビがストロングホールド号には配置されていなかったので、目的通りジャンクフードを生ビールで流し込んでいた。
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