17話 お風呂に入らなくても……
南東の島での大満足なキャンプを終え、南方都市に戻ってきた。後はカミーユさんの仕事次第でまたキャンプに行くかルッカにアレシアさん達を迎えに行くか、なんてのんびりとしたことを考えていた……が、カミーユさんがキャッスル号で王様をおもてなし、なんて特大の案件を持ち帰ってきたことで状況が一変する。
「えーっと……では、カミーユさんにお任……いやいやいや、ちょっと待ってください」
やりがいのある仕事にキリリと燃え上がっているカミーユさんに魅了されてうっかり頷きそうになったけど、王様案件って大事だよね。
丸投げしてすべて解決なんてことは流石に難しいだろう。魔導師様なワタルはともかく、商人のワタルは確実に巻き込まれる。
いくらカミーユさんが素敵でも、ここはどうにか問題を回避するのがマストなはずだ。
「……コホン、カミーユさんの気持ちは理解できます。ですが、今回のお話はお断りする方向でお願いします。カミーユさんが言ったとおり、王様を接待しなくてもキャッスル号は十分に集客できるはずです。メリットが少なく、平穏を乱す余計なリスクは望みません」
カミーユさんの大仕事に対するやりがいと情熱、僕自身はそういう情熱を抱けるタイプではないが、漫画とか小説でなんとなくそういう人の気持ちを理解できなくはない。
まあ、表面上だけの薄っぺらな理解だろうけど。
ただ、美女の望みはできるだけ叶えてあげたいと思う誘惑に弱い僕だけれど、身の安全は最優先課題だ。
そしてメリットが少ないということは断って当然ということだから、商人思考のカミーユさんの好感度が下がることもない。
とっさにしては我ながらナイスな言い訳を思いついたな。
「メリットがあれば問題ないということですか?」
あれ? カミーユさんの自信あり気な表情に不安が生まれる。ナイスな思い付きだと思っていたけど僕が断わるところまで読まれていた感じ?
「え、ええ、国王様と関わるなんて僕にとってかなり面倒な事態ですから、それに見合うだけのメリットが必要ですけどね」
不安に押されて予防線を張る。
というか普通なら国王様とコネができる可能性があるだけで多大なメリットなんだけど、僕の場合はメリットがデメリットに逆転する訳だから、そんな国王様襲来に釣り合うメリットなんてそうそう提示できないはずだ。無理だよね?
「直接ワタルさんのメリットになる訳ではありませんが、獣人の町の安全に大きく貢献できるであろうメリットならあります」
カミーユさんの表情には余裕が満ち溢れている。ちょっと怖い。
「獣人の町に対するメリットですか? 今でもそれなりにやっていけそうな感じですし、王様の接待と比較できるメリットがあるとは思えませんが?」
現状にある程度満足している僕的には、面倒事の数倍くらいのメリットがあってようやくトントンと言ったところだ。
これは勝ったな、風呂入ってくる……なんてフラグは立てない。相手はカミーユさんだし、サポラビに転がされている僕なんかが油断していいわけがない。
「まず、ここ、ラティーナ王国の王様が乗船する場合、他の国の方々も王様、またはそれに近しい身分の方々が対応することになりますね?」
カミーユさんが子供に教えるように説明を始めた。カミーユさんが僕のことをどう思っているのかが垣間見えるな。
まあ、おかげで言いたいことは理解できているけど。
「格の問題と言うことですよね? それが獣人の町とどう繋がるんですか?」
他国の王様達が獣人の町を保護とか言いだしたら、アクアマリン王国側からしたら内政干渉を疑うし、余計に獣人の町の立場が危うくなる気がする。
「王様の乗船を受け入れた場合、ブレシア王国側からも上層部が、そして帝国との戦争から関係が深まった獣王国からも人が来るのは間違いありません」
「え? 獣王国がなんで出てくるのですか?」
戦争の時に協力し合ったから関係が深まったのは理解できるが、だからと言って関係がない外交の席にまで参加するのはおかしいだろう。
国家間に真の友人は居ないと偉い人が言っていたらしいし、国と国ではどうやったって摩擦や疑念が生まれるから普通ではありえないはずだ。
「獣王国は帝国との争いで港を手に入れました。今はまだ整備段階のようですが、いずれはその港を活用しようとブレシア王国と協定を結んでいます。今回も航路に関係する話ですので、本格的な会議に参加することはなくても接触はしてくるはずです」
帝国か。そういえば獣王国の兵士達を帝国に運んだな。後は関わり合いになりたくないから情報収集すらしていなかったが、色々と状況は進んでいるらしい。
整備とやらが進んだら、その港も豪華客船の定期航路に参加するかも。
「……まあ、獣王国が関わってくるのは理解できました。でも、元々獣王国が関わっているのであれば、わざわざ王様を招く必要はないのでは?」
話を複雑にしようとしても僕は誤魔化されないぞ。
「一般と言っていいのかは分かりませんが、それなり程度の地位の方では他国にあたえる影響力が小さいのです」
まあ、力を持つ人の発言が大きいのはどこの世界でもおんなじだよね。
「幸いワタルさんの事業は獣王国でも注目されています。王様、またはそれに近い獣王国の権力者が同クラスの権力者が集まる場所で獣人の町に言及すれば、それは獣人の町の大きな守りになります。特に海に出る手段を得た獣王国は、以前と比べてかなり影響力が増していますからね」
ん? んー、なんとなくカミーユさんの言いたいことが理解できた気がする。
つまりあれだ、派閥は違うけど、それなりに仲が良くて権力を持っている別派閥の長に、君のところの何々君は良い子だね。私も気にかけているよ、的なことを大々的に言ってもらう訳だな。
そうなると、その派閥、まあ、アクアマリン王国なのだけど、アクアマリン王国としても理不尽なことはし辛くなる。
でも、豪華客船と言う利益と魔導師様という未知の存在、そして商人なのにまともな話が通用しないと思われている僕でそれなりに守れているよね。
「言いたいことは理解できますが、必要ですか?」
今の状況で手を出したら、豪華客船が来なくなって損をするのはアクアマリン王国だ。
「表面上はあまり変わりませんが、アクアマリン王国も国ですから国益は重要な訳です。つまり、利益が欲しい国や宮廷貴族達が、問題を起こさないようにしつつも少しでも権益をかすめ取ろうと暗躍するのは間違いありません。そこに他国の権力者が注目していることに大きな意味があるのです」
んー……たしかにそうか。前回のアクアマリン王国での交渉も、僕が強気に出る許可を出すまでカミーユさんも苦労していた様子だった。
僕の目が届く時ならなんとでもなりそうだけど、僕もいつまでも獣人の町に関わってはいられない。
そうなると……いや、まだだ!
「もともと注目されているのなら、獣王国に獣人の町に注目していると公式に発表してもらえばいいのでは?」
直接言ってもらえば万事解決だよね。
「それは国同士の本気の話し合いが必要になりますし、獣王国側への利益供与も必要になります。その方が効果が大きいのは確かですが、ワタルさんにかかる負担は間違いなく増えますね」
それは駄目。
「あくまでも権力者が集う酒席での話と言うのが大切ということですか?」
注目しているという事実は伝わるが、公式ではないという、なんというか子供の言い訳に聞こえるんだけど、そういうことも大人の付き合いでは大切なのかもしれない。
「そういうことです」
被害妄想かもしれないが、カミーユさんがようやく理解してくれたとホッとしているように見える。
はぁ、獣人の町を面倒事から守るために新たに面倒事を背負うのは違う気がするが、たぶん、こうする方が結果的に背負う荷物の量が少なくて済むからカミーユさんはこの話を僕に進めてくれているんだろうな。
たしかに考えなくても泥沼だと分かる宮廷貴族達との関係よりも、ほとんど接触しないであろう他国の権力者達を一時的に接待する方が楽か。
「……分かりました。カミーユさんに万事お任せします」
できるだけ僕に負担が掛からないようにお願いしますね。偉い人との接触とか、胃が持たないから。
「お任せください」
自信満々に頷くカミーユさん。大仕事に燃えているのは演技じゃなかったんだね。今回提示されたメリットを理屈抜きで拒否したとしても、別方向から説得されて結局頷いてしまった気がするな。
お風呂に入らなくても勝てなかった……油断しようがしまいが、実力が及ばなければ勝つのは難しいということか。
所詮僕はサポラビに転がされる程度の男ということだろう……ほんとチートがあって助かっている。創造神様、色々と言いたいことはありますが、船召喚に関しては本当に感謝しています。
「あ、でも、南の大陸のこともありますし、スケジュールは大丈夫なんですかね?」
ぶっちゃけ、定期航路が王様案件だとしても、南の大陸は神様案件だから優先順位は神様案件だ。怒らせたら段違いに神様の方が怖い。
でも、王様案件を蔑ろにしていい訳もなく……ものすごく面倒臭い。
「王様の話はまだ内々の段階で、今後、各国と連絡を取り合い調整が必要となり時間がかかります。大詰めまではこちらで対応できますので、ワタルさんは南方大陸の方を頑張ってくだされば大丈夫です」
……まあ、王様の旅行なんて思い付きで京都に行くような訳にはいかないか。
時間に余裕があるのは良かったけど、南方大陸のあれこれ終わったら王様関連のあれこれが待ち構えているってことだよね。
やることは豪華客船での船旅だし、めちゃくちゃ大変ってこともないのだけど、よく分からん南方大陸の戦争の後始末の後に王様関連の接待とか気が重いな。
アレだ、数日後に注射があるとか、出来が悪いと分かっているテストの返却が数日後に控えているような気分だ。
……暗くなってもしょうがないし、南方大陸に運ぶ荷物の手配はカミーユさんにお任せして、僕は男飯レシピの選別に力を入れることにしよう。
未来の面倒事は未来の自分に任せて、今を楽しむことにしよう。
読んでいただきありがとうございます。




