7話 今更?
カミーユさんが少し困っている様子だったので、強気で交渉できるように手札を提供した。そうするとお貴族様相手の交渉を軽々……といっていいのかは分からないが、三日の期限でまとめてきた。僕達がこの地に滞在する日数も五日に決定し、周辺を視察することにすると、なぜかウィリアムさんの名前が出てきた。なんでだ?
「ウィリアムさんが水路や村の配置の為に情報を集めていましたから、見どころを教えてくれると思いますよ?」
なぜウィリアムさんに話を聞くのかと思ったが、周辺を調査した情報を持っているのか。たしかに目標もなく移動するよりも、目標を設定したほうが有意義な時間が過ごせるよね。
まあ、旅行に行って目的もなくぶらつくのも楽しいのだけど、この辺りはドがつく田舎だから目的がないと何も楽しめない可能性が高い。さすがカミーユさん。
下がったテンションがちょっと回復した。
「ウィリアムさんに話を聞いてきますね。ありがとうございますカミーユさん」
「はい、有意義な視察を祈っていますね。あ、ウィリアムさんなら今、ギルドの自分のオフィスにいると思いますよ」
カミーユさんに見送られてウィリアムさんに会いに行く。
「ウィリアムさん、お久しぶりです」
「お久しぶりですワタルさん、今日はどうしました?」
久しぶりにウィリアムさんに会うが、書類が溜まっていないので穏やかな顔をしている。
「ええ、実はこの辺り一帯の視察に出ようかと思いまして、そうしたらカミーユさんがウィリアムさんが色々と情報を持っているって教えてくれたんです」
「ああ、なるほど、確かに私も色々と情報を集めました……」
なぜかウィリアムさんが固まってしまった。
「ウィリアムさん?」
「ワタルさん、残念なお知らせです」
ウィリアムさんがいきなり不吉なことを言いだした。
「な、なんですか?」
「情報を集め、仮とはいえおおまかに水路や村の配置を考える段階まで進んでいます。進んでいるのですが……そこまで情報を集めてもいっさい見どころと言える場所が報告されていません。このあたりはただ、土と貧弱な植物が生えるだけの荒野です」
そっか……見どころが一つもないのか。
アクアマリン王国との関係を考えて貧弱な土地を選んだとはいえ、もう少し考えるべきだったかな?
まあ、今更か。ここまで工事を進めて見どころがないからといって、場所を移転する訳にはいかない。
「そこで相談があるのですが、構いませんか?」
相談? 強制的に仕事を振ってくるわけじゃないのが、逆に怖い。
「……ええ、話を聞くだけなら……」
「ありがとうございます。ワタルさんは水源の小川が流れる森を知っていますよね?」
森か……貧弱な感じがするというか、実際に豊かと言えない森のことだよね。
「はい、知っています。森がどうかしましたか?」
「実は調査の途中で、森の奥に小規模ながらゴブリン集落が確認されました。ワタルさんの護衛の皆さんはかなりお強いのですよね?」
ウィリアムさんは最後まで言わなかったが、ちょっと行って潰してきてくれませんか? と目が言っている。
それにしてもゴブリンの集落か……まさかこのタイミングで異世界物定番のゴブリンイベントが発生するなんて……正直、僕はともかく他のメンバーは魔王討伐に挑戦するレベルなんだけどな。
「……獣人達の中にも強い人達は居ますよね? その人たちに仕事を振った方が今後の為にも良いのではありませんか?」
ここ、冒険者ギルドだし、依頼を出せば討伐できる人が簡単に名乗りでると思う。
「獣人達にはまだ伝えていません。獣人達は現在の状況に夢と希望を抱いていまして、そんな中にゴブリンの集落なんて依頼を出そうものなら、今の生活を守るためにも命がけで突撃しかねないというのがルークさんの意見です」
冒険者ギルドのマスターの考えなら間違ってはいないと思うが、なんでそうなると言いたい。
……いや、虐げられていた獣人達にとって、この地は命がけで守るに値する場所になったということなのだろう。
討伐できないというよりも、討伐中の獣人達の暴走が心配だから僕達が処理してくれたら助かるということだな。
理解した。
獣人が怪我をして生活が破綻でもしたら寝覚めが悪いし、僕もさすがにゴブリンの相手くらいではビビらなくなったから、依頼を受けるのは問題ない。
依頼主を危険な目に遭わせてどうするという気持ちもないではないが、周囲の護衛はAランク冒険者だし、海中の公爵城を攻略しているし、危険な海を行き来しているし、ゴブリン相手なら問題ないと判断したのだろう。
「マリーナさん達はどう思います?」
「ん、ゴブリン相手ならたとえキングが居ても問題ない」
ウィリアムさん曰く小規模な集落らしいし、キングが居ても問題ないのなら大丈夫か。
なんかフラグを立てた気がしないでもないが…………うん、大丈夫だな。僕達を窮地に追い込むフラグを立てるには、超ド級のアクシデントが必要だ。
テンプレならドラゴンの出現だが……普通のドラゴンならうちのメンバーは狩ってしまうし、かなり強いドラゴンが現れたとしても、ハイダウェイ号を利用すればなんとでもなる。
龍が出たらピンチかもしれないが……創造神様の被害者だし話が通じるから問題はないだろう。
そうなるとダンジョンが発生したとかスタンピードなら、大騒ぎになるかな? でも、この場所ならダンジョンは利益になりそうだから、よっぽど酷いダンジョンでもなければダンジョンの発生は喜ぶ気がする。
お仕事や名産が増える可能性があるもんね。
スタンピードは……そんなのが起こせるほど魔物が居ない気がする。だってここは、魔物ですらちょぼちょぼしかいない貧弱な土地なのだから。
「じゃあ、そのゴブリンの集落を潰すのは僕達が請け負います。ルークさんのところに行けばいいですか?」
「いえ、冒険者ギルドにはまだ依頼を出していないので、ここで対応します。依頼料は……ワタルさんの慈善事業費から出るのですが……それで構いませんか?」
傍目から見ると自分で依頼料を出して自分で解決する、みたいな流れになっているのか。ウィリアムさんが苦笑いをする訳だ。
マッチポンプとはちょっと違うが、近いものがある。
「問題ありません」
依頼料は要らないと言いそうになったが、マリーナさん達の報酬でもあるから僕が勝手に拒否する訳にはいかないよね。
「では、こちらが資料です。期限は決まっていませんが、獣人達に話しが広まる前にお願いします」
「マリーナさん、明日で大丈夫ですか?」
僕達は暇だが、マリーナさん達にはカミーユさんの護衛をお願いしているから確認が必要だ。
「今からの方が面倒が少ないから、できれば今からがいい」
「今から? なぜですか?」
体力的には問題ないが、今日獣人の村に到着したばかりだし、カミーユさんの帰還を待っていたから既に夜だ。
「ゴブリンは夜に集落に戻る。そこを一網打尽にしないと森の外に出ていたゴブリンが残ることになるからまた繁殖する。まあ、しっかり処分してもゴブリンはどこにでも現れて繁殖するけど、繁殖までの時間は稼げる」
なるほど、結局夜に戦うのなら、今夜の方が効率がいいってことか。
「下調べは必要ありませんか?」
こちらの戦力の方が圧倒的に上だとしても、舐めプは天罰が下る気がする。天を創造神様だと考えると、確実に天罰を落としてきそうだ。
「どんな時でも下調べは必要。でも、資料を見た限り、私ならそれほど時間を掛けずに全体の確認ができる。その後に殲滅する時間は十分にある」
「了解しました」
舐めプでないなら問題ない。夜のドライブと洒落込むことにするか。見どころも何にもないし、真っ暗なだけだけど。
「では、行ってきます」
ウィリアムさんに挨拶をして出発する。
「へー、夜に獣人の村を出歩くのは初めてですが、誰も起きていないんですね」
日本でなくても南方都市やカリャリでも、夜にそれなりに活動している人はいた。
「肉体労働で疲れているし、ここには酒場もない。やることがないからみんな早く寝る」
「ご飯屋さんもないから寂しい」
「早寝早起きは健康に良いんですよ?」
マリーナさんの言葉に続き、カーラさんとクラレッタさんの意見が続く。
そうか、最初はウィリアムさんが設計したとおり、お店もちゃんとある良い感じの村になるはずだったのだが、獣人が想像以上にやってきて仮の住居を作るだけで精いっぱいになってしまった。
今は王都や近くの村から商人が荷物を運んできて物資を賄っているが、急造の街だけに色々と歪みが生まれているのだろう。
「なにか娯楽になるようなことも考えた方が良いんですかね?」
早寝早起きが健康に良かろうとも、楽しみがほとんどないのでは健康に悪い気がする。
「この人数にいきわたるような娯楽をワタルは思いつくの? 簡単に酒場なんか作っちゃったら、獣人が殺到するわよ?」
……バーゲンセール並みの激戦地になる未来が垣間見えた。
「無理です」
「ワタル、心配ない。ウィリアムさんとカミーユが、獣人の町の建設に目途が立ったら、盛大にお祭りをする計画を立ててた」
マリーナさんの言葉にどうしたものかと悩んでいると、カーラさんが耳寄りな情報を教えてくれた。
お祭りか。規模がとんでもないことになりそうだが、一夜のバカ騒ぎなら息抜きにもなるし、どこかに獣人が殺到するなんてことも少ないだろう。
「では、お祭りの時に、なにかしら差し入れをすることにしましょう」
豪華客船の商品を無料で大量にバラ撒くのはよろしくない気がするので、お祭りまでにいろいろなところで大量にお酒やご馳走、甘味なんかを購入してゴムボートに保存しておこう。
獣人の数がとんでもないから、僕もとんでもない量の品物を購入することになるかも。
もしかしたら、胡椒貿易の時に大量に確保したゴムボートでは足りずに、ゴムボートを追加購入することになるかもしれない。
フェリーや豪華客船にも大量に荷物は積めるんだけど、船は表に出している間は時間が経過するし、小回りが利かないからゴムボートが地味に便利なんだよね。
そんな話をしていると、獣人の村の門に到着した。
良かった、形だけの門とはいえ、さすがに警備の門番は起きて仕事をしているんだな。しかも結構人数が居て警戒も厳重だ。
ここに集まっている獣人は逃げてきた人がほとんどだから、安全面に対する油断はないようだ。少し安心した。
読んでいただきありがとうございます。