6話 満足気なカミーユさん
獣人の町に帰還し、クラレッタさんからカミーユさんが少し悩んでいると教えてもらう。帰還の挨拶をしてカミーユさんに話を聞いてみると、大問題ではないが放置するのもどうかといった問題で悩んでいた。そういう微妙な問題が対応に悩むのは理解できるので、強気の交渉ができる材料を提供してみた。どうなるかな?
「カ、カミーユ殿、少々お待ちを」
アクアマリン王国の交渉団代表であるオーバン・ジュリアン・ブシェ伯爵が慌てた様子で交渉に参加してくる。
今までは重要な場面以外では部下の男爵に交渉を任せて見守る立場だったのだけど、さすがに黙ってはいられなかったようね。
「はい、こちらも方針変更をしましたので時間はあります。ゆっくりお考え下さい」
あまりゆっくりしていると、本当に二国間での定期航路が開通してしまいますが。
「その二国間での定期航路を先に開通するというのは本決まりなのですか? 獣人の町にも影響が出てしまう懸念がありますよね?」
今まで交渉を請け負っていた男爵が、これまでと違い窺うように質問をしてきた。やはり獣人の町が交渉材料になると思い、いずれこちらが折れると思って粘っていたのね。
「魔導師様は世俗を煩わしく思い隠遁されたお方ですので、交渉が長引くと面倒になってしまうようですね。本決まりと考えていただいても構わないかと」
別にハッタリで脅している訳ではなく、ワタルさんの態度から考えても時間が掛かればそうなる可能性が高いだろう。
「それと、獣人の町については私どもも懸念はありますが、魔導師様もワタルもフォローを忘れないお方ですからなんとかなると考えています」
ワタルさんならなんとかしてしまいそうだと思っているのは本当だし、そもそも、定期航路はアクアマリン王国に大きなメリットがある話だ。
たとえ今回の交渉が失敗に終わっても、国のメリットを考えればいずれ定期航路が開通する可能性は高い。
高いのだから最初から交渉などせずに受け入れればと思わなくもないが、交渉で少しでも利益を得ようとするのは国だけでなくほとんどの組織において当然の行為。
でも、ワタルさんは違うのよね。
アクアマリン王国側も私が交渉の表に出ているから忘れてしまっていたのかもしれないが、最終判断は獣人の町を造る決断をしたワタルさんだ。
まあ、ワタルさんは表に出ることを嫌うし、気配を消しているから頭から抜けてしまうのも無理はないのだけど……それでも迂闊だったことは否めないわね。
利益よりも気分を優先する人間に、交渉の常識を求めても通用しないわ。
「……持ち帰って検討しても?」
「あら? ブシェ伯爵閣下が全権をお持ちなのでは? この場で考える時間であればお待ちできますが、ワタルはそろそろアクアマリン王国を離れようとしています。そうなるとどのように事態が動くか保証できかねます。なにしろ魔導師様は自分の考えで動かれる方のようですから……」
おそらくここで帰してしまうと、かなり決定に時間がかかることになる。王都に戻って次の会議の日程をかなり先に指定する使者を出してくるだろう。
その間に何かできることがないか必死で考えるはずだ。でも、こちらがそれに付き合う義理はない。
「カミーユ殿から魔導師殿に時間を貰えるように頼むことはできないのか?」
私は早く決まる方が嬉しい立場なので、頼めても頼みませんよ?
「私は魔導師様に直接お会いしたことがないのです。人嫌いなお方ですから。うちのワタルであれば話すことは可能ですが、ワタルは魔導師様と交渉の類を一切行わないと明言しております」
ふふ、伯爵も男爵もそのお付きの方達も、そこをなんとかするのがお前の役目だろうという顔をしています。
商業ギルドに勤めていた頃は、その顔色を読み動いていましたが今の私はトヨウミ商会の副会長、しかも会長があまり仕事をしないので私がトップといっても過言ではありません。
貴族様が相手でも、商会の利益を優先させていただきます。とはいえ、フォローは必要でしょうね。
「魔導師様はキャッスル号を含め、数々の素晴らしい船をお持ちのお方です。魔導師様との繋がりはトヨウミ商会にとって最優先事項なのです。魔導師様に負担をかける可能性が生まれた場合、定期航路の話すらなくなってしまうでしょう」
いくら全権を任されている伯爵閣下でも、果たしてその責任を負うことができるのでしょうか?
定期航路は色々なところで期待されていますよ?
黙り込んでしまいましたね。
「では、ワタル殿に出発の延期をお願いすることは可能か?」
当然ですけど、ブシェ伯爵は諦めませんね。
「どの程度の延期かによります。ワタルも魔導師様に決めるならさっさと決めろと急かされている様子ですので、出発までそれほど時間がないとお考えください」
「その方もワタルとやらも商人であろう。そのように融通が利かぬ態度では商売に差し障りがあるのではないか?」
身の程を弁えろと言いたいのでしょうね。
「男爵閣下のおっしゃるとおり、私もワタルも商人でございます。本来であればご要望にお応えするのが筋ではあるのですが、各国で商売をさせていただいている関係上他国の王侯貴族の皆様とのお約束もあります。無論、男爵閣下がそれでもとおっしゃるのであれば、先方にお待ちいただきますが、その場合は訳を話さねばなりません。それで構いませんか?」
「……その方らが会う予定の人物とは?」
ブシェ伯爵は慎重ですね。貴族様の中には、当然自分を優先せよと単純におっしゃる方も多いのですが。
「ラティーナ王国では南方伯様、ブレシア王国では王太子殿下、もしくはその配下の方とお会いする予定になっております」
会うのは私で、会う時期も正確に決まっている訳ではありませんが、定期航路の件で打ち合わせがあるので会うのはほぼ確実ですので嘘はついていません。
いえ、理由を話してお待ちいただくというのは嘘でしたね。まあ方便ということで許してもらいましょう。
「むむ、他国の、それもこれから交流を持とうという国の王太子殿下や高位貴族に借りを作るのは不味いな。良かろう、三日だ。三日後には国で結論を出し、許可の場合はその証も持参しよう。その程度の余裕はあるのであろう?」
今日中にケリがつくとワタルさんに言ったのですが失敗してしまいましたね。ですが、三日と期限を区切れたのは成功と言えるでしょう。
あとは許可を出すか出さないかですが、少しの利益を上乗せの為に本来得られる利益を捨てるほど愚かではないでしょう。この国の上層部はそれくらいの判断はできます。
「はい、三日であれば問題ありません。良きお返事をお待ちしております」
ワタルさんのお陰ですが、スカウトされてからお貴族様との交渉が本当に楽になりましたね。その点はワタルさんに感謝しなければなりませんが、この状況に慣れて増長しないように気を付けなければいけませんね。
***
「お帰りなさい。交渉はどうなりました」
カミーユさんが戻ってきたので、出迎えて結果を聞く。
「申し訳ありません。本日中に結果が出ると言いましたが、結果が出るのが三日後になってしまいました。手応えはあったので、おそらくこちらの希望通りになると思います」
申し訳なさそうに頭を下げるカミーユさん。
「いえ、謝罪の必要はありません。貴族様相手に三日は十分に早いです、お疲れ様でした」
「そう言って頂けると安心します」
ニコリと微笑むカミーユさん。
「交渉で無茶は言われませんでしたか?」
雰囲気から推察するに大丈夫っぽいけど、念のために確認しておこう。なにしろ相手はお貴族様だからね。
「無茶ですか? どちらかというとこちらが無茶を言った形ですね」
「え? 無茶を言っちゃったんですか?」
「はい、言っちゃいました」
テヘっと笑うカミーユさんがとても可愛らしいが、言っている内容はお貴族様に無茶を言ってきましたって報告なんだよね。内容が全然可愛らしくないよ。
「あ、ワタルさんが交渉相手に会うことはないと思いますが、一応交渉内容を把握していただいた方が良いですね」
「……そうですね、聞かせてください」
なんかちょっと怖いけど、偶然そのお貴族様と遭遇して話が噛み合わないのは困る。
……うーん、無茶というほどではないけど、結構ギリギリを攻めているように思える。
まあ、まったくの嘘はほとんどないし、怪しい部分もガッチリ予定は決まっていないだけでそうなる可能性は高い。
まあ、問題はないだろう。
「交渉お疲れ様でした。そうなると、三日後に結果が分かるのであれば、翌日にアクアマリン王国を出発しても問題ないということになりますか?」
獣人の村はものすごく居心地が悪いという訳ではないが、自分達で持ち込んだ物以外はこの世界のクオリティになってしまうので、割と不便に感じてしまう。
だって、豪華客船に住んでいるんだもの。バリエーションは限定されるがある意味では日本に住んでいた時よりもよっぽど良い生活をしているのに、文明がそれほど発達していない世界の田舎暮らしはそれなりに大変なものがある。
特にトイレとか、結構辛い。
「そうですね、交渉の成功を前提に三日間準備をしますが、それに加えて二日ほど時間を頂ければ助かります」
許可を受けてすぐに出発は無理だったか。でも、二日くらいなら我慢できる。
「分かりました。では、その間はこの辺りを視察しながら過ごすことにしますね」
のんびり遊んでいますと言いそうになったが、それを忙しく働いているカミーユさんに言うのは喧嘩を売っているようなものだろう。
「それでしたら、ウィリアムさんとお話をした方が良いかもしれませんね」
「え゛?」
「ワタルさん、そんな嫌そうな顔をしないであげてください。ウィリアムさんもお仕事なんですから」
「すみません。思わず声が漏れてしまいました。それで、なぜウィリアムさんと?」
ぶっちゃけカミーユさんの言葉はフォローになっていないんだよね。
だって仕事じゃなかったらヘタレの僕でも、ブチ切れするレベルの苦行だったもん。
なんか急激にテンションが下がった。
読んでいただきありがとうございます。