22話 獣人の村への帰還
光の神様、美食神様、森の女神様の御褒美タイム。それは温泉でお酒という僕の狡猾な作戦により、最高のご褒美タイムとなった。惜しむらくはその作戦の為に僕も飲み過ぎてしまい、至福の時間が早めに終わってしまったことだ。それと、サポラビに関しても少し情報が増えた。
「お帰りなさいご主人様」
「お帰りなさいませご主人様」
「みんな、ただいま」
クリス号に戻るとイネスとフェリシアが出迎えてくれる。そしてリムがポヨンと僕の頭の上に乗り、ペントがするりと首に巻き付いてくる。
ミニ創造神様が上に乗っている時と違って頭の上が幸せだし、イネスとフェリシアに出迎えられて、リムとペントと触れ合って、凄く帰ってきたって実感する。
シャトー号も僕の船で向こうでもミニ創造神様関連以外は凄く楽しかったのだけど、やっぱり少し緊張をしていたのだろう。
落ち着く感覚がハンパない。
部屋に戻り今回の出来事を遠巻きに話しながらのんびりする。
ある意味アンタッチャブルな部分だから、強気なイネスもあまりツッコミを入れてこない。
神様関連は話せないことが多いからそういう配慮はとても助かる。
だって、三女神の皆様とのお風呂も当然だけど、創造神様の大人気ない行動なんて特に話せない。
「それでご主人様、これからどうするの? 大変だったみたいだし、しばらくのんびりする?」
「いや、アクアマリン王国に戻って、マリーナさん達とカミーユさんと合流するよ」
のんびりしたい誘惑は強いが、働いてもらっている仲間、特に大変な折衝をお任せしているカミーユさんを放置してのんびりするのは気が咎める。
「じゃあ、もう出発するの?」
「そうだね、もう少し休んでから出発しようか」
あと一杯くらいコーヒーを飲んで、リムとペントと戯れる時間を過ごしたい。
***
のんびりした後に出発し獣人の村に到着すると、遠くから勢いよく走ってくる人影が。
誰かと思って警戒していると、イネスとフェリシアがその警戒を緩めた。どうやら知り合いのようだ。
「ワタル、おかえり! アイス食べたい!」
カーラさんだった。どういう理屈か分からないが、僕の存在を察知して出迎えに来てくれたようだ。
というか、目的はアイスだったらしい。
別行動する時にカーラさん達はそれなりに物資を持ち出したはずなのだが、さすがにアイスは無理だったようだ。
「ただいま戻りました。ここは人目がありますから、臨時のギルドの部屋に向かいましょう」
「分かった!」
早く早くと急かされるように獣人の村を進む。いつの間にかリムがカーラさんの頭の上に乗っている。一緒にアイスを楽しむつもりなのだろう。
「みなさん、お帰りなさい。カーラ、村の中を急に走っては駄目ですよ」
「ごめんなさい」
「ワタル、イネス、フェリシア、お帰り。ん、リムもペントもお帰り。ふうちゃんも待ってた」
臨時の冒険者ギルドに到着すると、クラレッタさんとマリーナさんも出迎えてくれる。
まあ、カーラさんはクラレッタさんに怒られているけど。
リムがマリーナさんの言葉に、自分を忘れるなとカーラさんの頭の上からジャンプして突撃する。
スライムに慣れているマリーナさんはリムをキャッチし、ひと撫でした後にふうちゃんと遊ばせる。スライム同士の戯れは、いつ見てもホッコリする。
「カミーユさんは忙しいんですか?」
忙しくないのであれば、カミーユさんはちゃんと出迎えてくれる性格だ。
「ええ、戻ってきてから直ぐに会議をしたのですが、色々と関わりたい方が多いらしく、調整や説明資料の用意に苦労されているようです。私達もお手伝いできれば良かったのですが、足を引っ張ってしまうので、整理整頓くらいしかお手伝いできない状況です」
なるほど、キャッスル号は魅力的だし、僕と違って話が通じるカミーユさんの存在を知れば繋がりが欲しいと思うのは当然か。
僕の場合は爵位を断わったり、不毛の地に大金を投入したりと若干頭がおかしいように思われているから、貴族関連からは遠巻きにされている。
ふむ……僕達もお手伝いがしたいが、やはり整理整頓くらいしか役に立たないだろう。申し訳ないがカミーユさんに頑張ってもらうしかない。
「ワタル、アイス!」
クラレッタさんのお説教が終わったカーラさんが戻ってきた。両肩にリムとふうちゃんを乗せている。おやつを狙うハンターがまた増えたな。
「分かりました。では、部屋に向かいましょう」
トラウマがある部屋には行かないけどね。
部屋に入りアイスを集めたゴムボートを召喚すると、カーラさんとリムとふうちゃんが飛びつく。
シレっとマリーナさんとクラレッタさんが順番待ちをしているのが微笑ましい。
「ワタル、顔を出しがてらカミーユにアイスを持っていきませんか?」
クラレッタさんの場合は微笑ましいというよりも、大人な対応だった。
「あ、はい、一緒に行きます」
え? カミーユさんはそんなに沢山アイスを食べないんじゃ? しかもバニラばっかり。カミーユさんってバニラ好きだったっけ?
いくつもバニラアイスを手にしたクラレッタさんを疑問に思いつつ、一緒にカミーユさんのところに向かう。というか、僕のトラウマ部屋をオフィス代わりにしているらしい。
トラウマな場所ではあるが、他人の部屋になったと思うと、不思議とちょっと気持ちが楽になる。
「差し入れを持ってきました。入りますよー」
クラレッタさんがノックをして部屋に入っていく。
クラレッタさんについて中に入ると、アイスを沢山持っていた理由が分かった。
部屋の中にはカミーユさんだけではなく、何人かの獣人の女性。名前はラクーンさんしか覚えていないが、トヨウミ商会で雇った従業員の方達だ。
申し訳ないが、ちょっとその存在が頭から抜けていた。
僕の姿を見てしっかり頭を下げてくれる人達なので、とても申し訳なく感じる。
そんな僕の気持ちはさておき、クラレッタさんからアイスを手渡されたトヨウミ商会の従業員達が冷たいと驚いた後に、どうしていいか分からない様子で戸惑っている。
「ワタルからの差し入れです。蓋を開けてスプーンですくって食べてください。ゆっくりしていると溶けてしまいますので注意してくださいね」
戸惑いつつもクラレッタさんの指示に従いアイスを食べ始める従業員のみなさん。
そうか、今気が付いたけど、みんなに食べさせるからオーソドックスなバニラを選んだんだな。クラレッタさんは細かいところに気が付くところが凄い。
アイスを食べた獣人の女性達から、冷たい、甘いと歓声が上がる。
この世界だとアイスは地味に貴重だから、この人達も貴重な体験をしているってことになるな。まあ、トヨウミ商会に就職したのだから、これからはこういう物を食べる機会も増えるだろう。
「ワタルさん、お帰りなさい。ちょうどいいタイミングです」
そんな従業員達を観察していっこうに挨拶に行かなかったからか、カミーユさんの方から話しかけてきた。
「ただいま戻りました。ちょうどいいタイミングというのは?」
なんか嫌な予感がしないこともない。創造神様のイベントを乗り越えたのだから、しばらくは平穏に暮らしたいのですが……。
「まず一つ、印章が完成したのでその確認をお願いします。その後、印章を商業ギルドに登録します」
ああ、印章が完成したのか。マリーナさんの考えた図案を採用したはずだが、どんな出来になっているか楽しみだ。
「それでもう一つは、追加投資の可能性ですね。帰還してウィリアムさんと相談したのですが、そういうことであれば水路と溜池は早めに取り掛かった方が良いとのことです。並行作業になりますから、資金の枯渇が早くなる可能性が高いそうです。どうされますか?」
……貴族とか商人とかの商談に巻き込まれないかと心配していたが、僕でも対応できそうな相談なので少しホッとした。
そういえば粟とかトマトとか養鶏とか、別行動の前に色々とお願いしたよね。既に話が進みだしているのは仕事が早い。
それにしても追加投資か。
お金の面では問題ないが……どこまで慈善事業として認識してもらえるかが問題だ。
今度商売の神様に確認しようと思っていたのだが、今回の神様招待では色々とごたごたしまくっていてすっかり忘れていた。
まあ、駄目な場合は商売の神様から通達があるし、最悪の場合は、本当に最悪の場合は自分のお金から投資することも可能だ。
自分のお金から慈善事業というのも違和感が凄いけどね。募金箱への募金程度なら経験があるが、大きな寄付とか慈善事業って、アメリカとかのスターや大富豪がするイメージだ。
でも、現状を考えると必要なことではある。
沢山の獣人に水と仕事を確保するのは重要だし、村や畑や養鶏場ができたら、継続的な仕事が生まれることにもなる。
工事の同時並行というところが焦り過ぎな気もするが、それだけ沢山獣人が集まっているのだろう。
「分かりました。資金の方は大丈夫ですので、その辺りもトヨウミ商会とウィリアムさんで相談しながら進めてください」
丸投げできるって素敵だ。
「分かりました。概要をまとめるまで少し時間がかかるので、アクアマリン王国を離れるのが少し遅くなりますが構いませんか?」
「カミーユさんが問題ないのであれば僕は構いません」
仕事は丸投げだから、僕達は暇だったら周囲の探索に出て時間を潰すことも可能だ。
「私も構いません。いえ、できれば早く戻ってマウロやドナテッラを巻き込みたいのですが……まあ、頑張ります。とりあえず印章の確認をお願いしますね」
丸投げしてごめんね。でも、カミーユさんもすべてとは言わないが、マウロさんやドナテッラさんに仕事を放り投げようとしているところが面白い。
マウロさん、ドナテッラさん、頑張ってください。
他人事のように応援し、カミーユさんから印章を納めているであろう箱を受け取る。
なんか、箱の時点で高価な雰囲気が凄い。
細かい彫刻と高級感がある塗料が使われていて、あれ? これって芸術作品? という疑問を覚える出来栄えだ。
なぜ箱にそこまで拘るか疑問だが、商会印って、それだけ大切な物なのだろう。
箱を開けるとかなり大きめの、スタンプラリーで使われるような大きさの長方形の印章が姿を現す。
……思っていたのと違う。
ショボいという訳ではなく、豪華すぎる。肝心のハンコ部分の前にハンコの持ち手の部分、そこに綺麗な装飾されていて……もしかして、王様とか皇帝とか、そんな偉い人達がもつレベルの印章だったりしない?
「カ、カミーユさん、これ王様とかが持つ印章なんじゃ?」
「え? その程度であれば裕福な商会なら普通の印章です。聞いた話でしかありませんが、王侯貴族は宝石や希少金属で印章を飾り立てているらしいです。王様であればもっとすごいと思いますよ?」
僕の思い過ごしだったようだ。さすが王侯貴族、贅沢のレベルが違った。
そして肝心のハンコは……当然凄かった。
マリーナさんの写実的なデザインを基に、波や雲や船や……何から何まで細かく細かく彫刻が増やされ、押したハンコが見事な絵になっていた。
やりすぎにしか思えないが印章の偽造なんかを考えると、これだけの細かさが必要になるのかもしれない。
とりあえず、こんな芸術作品をリテイクなんて怖くてできないから、これがトヨウミ商会の印章に決定だな。
こちらもOKを出して、扱いもカミーユさんに任せてしまおう。決して自分で管理するのが怖い訳ではなく、信頼、そう、信頼の証だからだ。
「あ、それと獣人の代表者の決定はしばらく時間がかかりそうです。ある程度まとまってきてはいるのですが、様々な場所から来られた方が多いので、簡単に代表者を選ぶというのは難しいようです」
なるほど、国が違うし簡単に代表者という訳にはいかないのか。無理に決めても碌なことにならなそうだし、時間を掛けて大多数が納得する決定をしてもらおう。
特に僕が必要なこともないようだし、少しのんびりさせてもらうか。
読んでいただきありがとうございます。