12話 天ぷらパーティー
女王陛下とアダリーシア王女をクリス号に招待した。女王陛下達は海神様へのお祈りの為に教会に、僕達は二人の歓迎の為に屋形船を出して天ぷらの調理。その準備もほとんど終わり、あとは楽しむだけというタイミングで、創造神様から反則的なやり方で呼び出され、三日後に神様方を招待することが決まった。不安でしかない。
「ようこそ屋形船へ。本日は拙い手料理でのおもてなしですが、お楽しみいただけましたら幸いです」
「おお、ワタル様、お招きありがとうございます。お話を聞いて楽しみにしておりました」
女王陛下が僕の顔を見てホッとした顔をした。教会での出来事を心配してくれていたのだろう。
切り替えただけで僕的には心配してもらっても全然構わない状況なんだけどね。割とマジで。
「お招きありがとうございます。それにしても変わった船ですね」
アダリーシア王女はキラキラした目で屋形船を観察している。どうやら船の周りで光っている提灯に興味津々なようだ。
今日の招待、屋形船の二階席の満天の星空の元での天ぷらパーティーも考えたが、室内の少し和の雰囲気を味わってもらう方向にして良かったかも。
「ふふ、中もそれなりに面白いですよ。どうぞお入りください」
女王陛下とアダリーシア王女、そして護衛の人魚さん達を中に招き入れる。
クリス号側ではなく海側のテーブル席に女王陛下とアダリーシア王女を案内し、護衛の方々は少し離れた場所に座ってもらう。
イネスとフェリシアは配膳のお手伝い。マリーナさんとカーラさんとクラレッタさんは隣のテーブルでリム達と一緒だ。
……カーラさんとリム達は先程までもんじゃ焼きを食べていたんだけど、まだ食べる……んだろうな。子供のような顔で、ご飯がくるのを楽しそうに待っている。
ゴムボートに収納していた天ぷらの盛り合わせを取り出し、マリーナさん達と人魚の護衛さん達の席に配膳してもらう。
そして僕は女王陛下達の前に陣取る。
「では、今から調理させていただきますね。最初に一通り味わっていただいて、その後はお好みの具材を揚げていきますのでリクエストしてください」
「う、うむ、どこまで理解できているか分かりませんが、楽しみにしております」
どうやら目の前で揚げ物というスタイルが理解できていない様子で、二人とも若干戸惑っている。まあ、王族だし目の前で料理すること自体珍しい。その上、揚げ物なんて海中ではめったに体験できないだろう。
カセットコンロの火加減を調節し、軽く衣を落として火加減を見る。うむ、バッチリだ。
一礼した後、ささっと大葉に衣を付け、素早く油に投入する。気分は一流職人だ。
まあ、外から見たら、もたもたした手つきなんだろうけどね。
揚げる光景が珍しいのか、女王陛下とアダリーシア王女が興味深そうな反応を見せる。
天ぷらを揚げる順番は、野菜、キノコ、魚介の順番で揚げるつもりだ。本来の天ぷらコースとは順番が違うが、よく分からないので油が汚れない順番で揚げることにした。
今日のお昼ごろから天ぷらを揚げまくっているから、揚げ加減に関しては自信がある。
「お手元の塩か天つゆ、お好みの物に付けてお召し上がりください」
二人の前に配置してある、紙を敷いたザルの上に大葉の天ぷらを載せる。
女王陛下達も何度か豪華客船に招待しているので、拙い手つきながらもお箸を使い大葉の天ぷらを掴む。
最初は塩か。通だな。
「む、このサクッとした食感と香草の爽やかながら不思議な風味、油っこい料理かと思ったが意外と軽やかで実に美味」
「本当ですね、お母様。まだ一品目、しかも葉物のお野菜一枚ですのに驚くくらい美味しいです」
親子が笑顔で会話を交わす。どうやら天ぷらはお二人の口に合ったようだ。
周囲を見渡すとマリーナさんも人魚の護衛さん達も思い思いに天ぷらを楽しんでくれている様子で、口に合わないということもないようだ。
あちら側はクラレッタさんが、説明や補助をしてくれているので任せてしまっても大丈夫だろう。
次はタマネギ……いかん大失敗だ。
「すみません、お酒はどうしますか? 一応、ビールがお勧めなのですが。あ、アダリーシア王女はお酒は駄目ですから、なにかジュースを用意しますね」
別に天ぷらだけを食べても十分に美味しいのだが、お酒が呑めない訳でもないのに屋形船の天ぷらにビールを忘れては駄目だろう。
「ふむ、確かにあの爽やかな苦味はこの料理に合いそうですね。では、ビールをお願いします」
「では、私には爽やかな飲み物をお願いします」
爽やかか。グレープフルーツとか柑橘系だな。雰囲気的に炭酸の方が良さそうだし、レモンの炭酸のスカッとするやつにしてみるか。
タマネギを揚げつつ、サポラビに生ビールとレモンのスカッとするヤツを運んでもらう。
……人魚の女王陛下が生ビールのジョッキを持つ姿って、地味にシュールだな。
タマネギが丁度よく揚がり、女王陛下達は今度は天つゆで楽しむようだ。
ザクリとタマネギの天ぷらを噛み千切り、目をつむって味わう女王陛下。その後、カッと目を開けて生ビールを流し込む。
「ふむ、この天つゆとやらの魚介の香りと丁度良い塩味、そこにこの野菜のほのかな甘味、その複雑な味わいを堪能し、最後にこのビールの苦味が全てをまとめ上げ、なおかつ次への期待を抱かせる。見事だ」
なんかわからんが女王陛下が料理の審査員みたいなキャラになっている。でもそれって結局、生ビール最高ってコメントになってない?
アダリーシア王女は一切の疑惑もなく感心して頷いているけど、なんか違うからね。お母さんが大好きなのは理解できるけど、盲目に従うのは駄目だと思うよ。
その後、レンコンやナスやカボチャ、シイタケやマイタケを経てついに魚介にたどり着いた。
ちなみにアダリーシア王女はカボチャを気に入り、女王陛下はどれも美味しいと言っていたがナスと生ビールを一番美味しそうに味わっていた。
まずは車海老。まあ、本当に車海老かは分からないけど。何しろ異世界だからね。
「むむ、このぷりぷりとした食感がサクサクの衣とあいまり……ぬ、食べなれた魚介だからこそ分かった。火を通しても海老の瑞々しさを保っているのが、この衣の効果なのだな」
女王陛下がちょっと感動している。
その辺りはあまり気にしたことがなかったが、確かに衣が具材の水分の蒸発を防いでいるんだろう。
エビも魚も素焼きにすると、焼き加減次第ではパサパサになっちゃうもんね。
「ワタル様、ビールのおかわりをお願いします」
そして女王陛下のビールの進みが早い。アダリーシア王女はジュースとはいえ二杯目なのに、女王陛下は中ジョッキ五杯を空にしている。
飲み過ぎだと心配になるが、今日は泊まりだし女王陛下も偶には呑みたいこともあるよね、ということでサポラビにお代わりを持ってきてもらう。
「次はキスですね」
僕の大好きな天ぷら種だ。
「わぁ、サクッとしてふわふわでほろほろですね」
「うむ。キスは独特の風味があるのだが、天ぷらとなるとこうも違うか。あの風味も好きではあるのだが、こういう上品な味わいも良い」
アダリーシア王女の微笑ましいコメントに、女王陛下のちょっとガチ目のコメントが繋がる。まあ、女王陛下はかなりアルコールが回っているみたいだけどね。
色々と魚介が続き、最後の〆のかき揚げの時間。
これは僕とクラレッタさんが野菜を切りまくったから、大量に作れる上にしっかり練習したから自信がある。
小エビ、ニンジン、タマネギ、三つ葉がないのが惜しいが、これでも十分に美味しい。
形が崩れないように種を油に流し込み、静かに待機……程よいところで……サッとひっくり返す。
本職の天ぷら屋やうどん屋で出てくるような大きなかき揚げは作れないが、これはこれで見事なかき揚げだと思う。
「ほうふ。熱い……が、様々な野菜と海老の見事なマリアージュ。これはビールが止まらん、お代わりを頼む」
自信のかき揚げなんだけど、もう女王陛下は完全に出来上がっているのでちょっと残念だ。
今日の〆だよ? 何種類もの天ぷらを食べた後に火傷って……まあ、かなり楽しんでもらえているようだから嬉しくはあるけど……。
「ワタル様、とっても美味しいです」
アダリーシア王女のシンプルなコメントが心に染みる。これ以上は女王陛下が洒落にならない失敗をしてしまいそうなので、この辺りでお開きにしよう。
女王陛下が人魚の女性兵士に背負われて去っていった。
アダリーシア王女にも面倒をみられていたので、母親としての威厳が若干心配だが、接待としては大成功だろう。
「ワタル、美味しかった」
「うん、もっと食べたい」
「ワタル、天ぷらが美味しかったのはもちろんですが、一緒に料理したのもとても楽しかったです。また一緒に料理しましょうね」
マリーナさんのシンプルながら心が籠った感想も嬉しいし、カーラさんの食欲が心配にもなるが、クラレッタさんの、一緒に料理したのが楽しかったという言葉が一番嬉しい。
マリーナさん達を見送り、椅子に座って一息つく。
「あら、部屋に戻らないの?」
「うん、天ぷらを揚げてばかりだったからね。せっかくだからここで食べていくよ。イネスとフェリシアも配膳とかであんまり食べられてないでしょ? 付き合わない?」
「ふふ、良いわね。いただくわ」
「私もお付き合いさせていただきます」
『……りむは?……』
『シュゥ』
イネスとフェリシアの返事に続いて、忘れるなと言った感じでリムとペントから思念が飛んでくる。
君たち二人はカーラさんと一緒に散々食べていたはずなのだが……まあいいか、無理して食べていないのであれば健康に悪いということもないだろう。一応、魔物だし、高レベルだしね。
ゴムボートを召喚して取り置いていた天ぷらの盛り合わせを並べ。サポラビに瓶ビールを運んでもらう。
生も好きではあるが、なぜか屋形船は瓶ビールのイメージなんだよね。
これを手酌で―――。
「あら、私が注ぐわ」
美女のお酌でいただく。手酌も悪くないけど、美女のお酌だと一層美味しく感じるよね。
読んでいただきありがとうございます。