9話 包丁の価値
女王陛下とアダリーシア王女を招待してホットサンドパーティーを開催した。予想していた通り二人は喜んでくれて、予想外の事態はちゃんとしたお食事会になる前に二人が満腹になってしまったこと。そしてその翌日に、予定通り包丁を買いに向かった。
「あれ? ここでは包丁を造っているんじゃ?」
工房の中に入ると並んでいるのは槍や盾などの武器や防具……想像していた雰囲気と全然違う。
そうなると勢いが付くのはマリーナさん達で、武器や防具を楽しそうに物色し始めた。
マリーナさんは短剣、カーラさんは盾、クラレッタさんはキョロキョロと……ああ、クラレッタさんのメインは聖属性の魔術とメイスだからか。
海中では水の抵抗があるし、槍や細身の剣や短剣が人気みたいだからメイスは置いていないみたいだ。
僕的には水の抵抗が大きい盾、しかも大楯が置いてあることに違和感を覚えるくらいだ。
たぶん守備重視の場所で使うのだろうけど、まあ、その辺りは僕の管轄の外だな。
そんなことよりも包丁……ん?
「イネスとフェリシアは見なくていいの?」
「見ると欲しくなっちゃうし、私達はご主人様にオリハルコンの武器を買ってもらったもの、さすがにこれ以上は貰い過ぎよね」
「オリハルコンの武器の時点でもらい過ぎなのですが、イネスの意見におおむね同意です」
なるほど、イネスのある程度真っ当な意見に少し驚いたが、僕のプレゼントを大切に思ってくれているようで嬉しくもある。
「あの、ワタル、包丁がないのです」
僕がちょっと感動をしていると、クラレッタさんがアワアワと質問してきた。可愛い。
「そうですね、えーっと、ちょっと案内してくれた兵士さんに聞いてみますね」
店員さんはマリーナさん達に手を取られているので、兵士さんに声をかける。
のんびりと僕達を見守ってくれていた兵士さんに包丁のことを聞くと、あ、そういえばという顔をして店の奥に入っていった。
少しして兵士さんと共に人魚さんが出てきてくれる。
なんだろう、凄く職人っぽい人魚さんだな。というか職人さんだろう。店員さんじゃなくて職人さんを呼んできてしまった所に申し訳なさを感じるが、職人さんから直接話を聞けるのはラッキーだ。
「あの、こんにちは。実は包丁が欲しくて来たんですけど、見当たらなくて……」
「申し訳ない。城から包丁のことを尋ねられたので少し磨き直しておったのです。すぐにお持ちします」
職人な人魚さんが店に包丁が出ていない理由を教えてくれた。
そうか、お城から話題をふられたら、綺麗にしていたとしても手入れしなおすよね。
少し待つと職人さんが台にのせて何本かの包丁を運んできてくれた。
「数が少なくて申し訳ないが、これがすべてです」
包丁の数は五本。種類は柳葉と出刃の包丁だけらしい。海中の国だから魚を料理しやすい包丁を選んで造っているのかもしれないな。
しかし種類が少なくとも手抜きはしていないようで、並べられた包丁は貝の殻の美しさを最大限に生かしつつ、見ただけで鋭さを感じられる佇まいを持っている。
「素晴らしいですね。ただ、数が少ないのが残念です」
ある程度数がないと、それほど料理をしない僕が買うのは躊躇われる。
「本職は武具を作ることですから。それに包丁は少し難しいのです。武器と比べるとかなり薄く作らねばならず、それに耐える強靭性と柔軟性が必要で、魔貝の殻の極一部しか使用できません」
……なるほど、一瞬話が呑み込めなかったが、こちらは西洋スタイルだから槍も同様に武器は肉厚な物が多い。
反面、肉厚な刃物は魚の調理に不向きだから、そもそものコンセプトが違うのだろう。
「では、人魚の方は普段どのような包丁を使われているのですか?」
ある意味芸術品とも言えるこの包丁。そんな物が一般家庭で使われることはないだろう。日本で言うのなら日本刀の鍛冶職人が最高の技術と最高の素材で打った短刀を包丁に使うような物な気がする。
「ああ、それは魔貝の中でも武器に利用できない加工しやすい種類で造られていますね。金属製も特殊な加工で利用していますが、そちらも費用がそれなりにかかります」
なるほど、そちらの包丁も気になるが、できれば目の前にある良い物を手に入れたい。僕は買い物に行くと、想定していた値段の商品のワンランク上の商品に目が奪われてしまうタイプだ。
「あの、こちらの商品を僕達が購入することは可能ですか? いえ、お城の関係者だからとか無理矢理手に入れようという訳ではなく、手入れ等を含めての話です」
ぶっちゃけると、僕と人魚の国との関係を考えると大抵の物が手に入る。なんせ神器まで譲ってもらえるレベルで優遇されているからだ。
問題は別にある。歴史や伝統がある物を素人が権力やお金にあかせて手に入れ、扱いきれずに台無しにしてしまうこと。
そういう行動をしてひんしゅくを買う姿を日本でも何度か見たことがあるから、さすがにそういう事態は避けたい。僕は保身には敏感なんだ。
だって、殺されでもしないかぎり、僕は相当長生きするんだ。後々の憂いはできるだけ少ない方が良い。
「ああ、手入れですか。まずこの包丁は陸地でも問題なく使用できると伝わっています。ただ、それは古い言い伝えのような物なので確実とは言えません。ですが、品質と頑丈性は確かで、海の魔物の骨を断ち切っても欠けることはありません。それゆえ、使用は問題ないと思いますが、研ぎを考えると、手入れの時にはこちらに持ってきてもらうのが確実ですね」
うーん、魔物の骨が断ち切れるなら、普通に料理に使う分には問題なさそうだ。
研ぎに関しては手間だが、メーカーに修理やメンテナンスに出すと考えれば不思議な事ではないな。
人魚の国との関係を考えると、頻繁にとは言えないが定期的に訪れることになるだろう。
買っちゃうか……いや、そもそも、僕達が購入していい物なのかをまだ聞いていなかった。
「手入れの方は大丈夫ですが、これは僕達が購入してもいい物なんですか?」
「うちは購入制限とかはありませんので大丈夫です。というか、この包丁、売れないんです。値段がそれなりですし、この包丁なんて先々代の仕事です。城の料理長が使っている包丁は先代の物なんです。売れ残りがあると、私も新たに作り辛いんですよね」
苦笑いしながら職人さんが教えてくれた。
実は不人気商品だったらしい。アレか、物は良いのだが、ニーズに合致しないタイプの商品なのか。
だが値段に関しては今更だ。オリハルコンの包丁を造った時点で、こっちの値段にビビるならオリハルコンにビビれって話だ。
「買います」
買っていいなら買うよ。欲しい物が余っているなんて好都合でしかない。
***
出刃と柳葉の二本を買ってしまった。
なんというか、職人さんが高価な物ですからと苦笑いしていたが、値段的にオリハルコンのパン切包丁の十分の一もしなかった。
いかに自分が罪深いことをしたのかが良く分かる。
クラレッタさんも値段を聞いて悩みに悩んで、出刃包丁を一本購入していた。普通はそう、高い品を買う時は悩む、正しい行動だ。
僕もこういう感情を大切にしないと、ドンドン世間とズレていってしまうのだろう。気を引き締めていこうと思う。
「ふふ、買ってしまいました。ワタル、料理がしたいですね」
クラレッタさんがニコニコしながら話しかけてきた。
「そうですね。人魚の城であまり厨房にお邪魔すると迷惑ですから、上に戻ったら一緒に料理しましょうか」
「はい、楽しみですね」
クラレッタさんと一緒に料理する約束をしてしまった。今までも偶に一緒に料理していたが、こういう約束は何度しても嬉しいよね。
そうだ、天ぷらを作るつもりだったし、その時に一緒に料理しよう。ある程度下ごしらえはしてもらっているが、包丁を使う機会は沢山ある。かき揚げとか。
のんびり料理の話をしながらお城に戻る。
僕達は包丁を買ったが、他のメンバーは武器の購入はしなかった。かなり品質は良かったらしいのだが、人魚に合わせて作られた武器は重心など細かい部分が違うのだそうだ。
命を預ける武器となると、包丁のように珍しいだけで買う訳にはいかないらしい。
***
僕達は今、ホワイトドルフィン号で海上に向かっている。
今回の訪問はただの顔見せのつもりだったのだけど、新鮮な魚介類と包丁、そして獣人の街との貿易の可能性、色々と収穫が盛りだくさんだった。
特に貿易はカミーユさんとアダリーシア王女が真剣に検討して、獣人の街がある程度自立できるようになったら試験的に開始するところまで話がまとまった。
トマトと粟、その後の養鶏は獣人の街に戻ったらすぐにトヨウミ商会で稟議にかけるつもりだ。ああ、獣人の責任者というか代表者を選ぶのも忘れないようにしないと。
獣人の街がどうなるかまだ先は見えていないが、なんとかなる材料は集まってきている気がする。
ただ……。
「海の上も久しぶりじゃな」
「そうですね、ワタル様にお誘いいただく時くらいしか行く機会がありませんからね」
会話から分かるとおり、女王陛下と第一王女様が同行されている。
顔を出しただけなのでそろそろ帰りますと伝えたら、私達も同行したい的な、直接的には言われなかったが、分かっているよね? 的な空気を出された。
お世話になった上に女王陛下にそんな空気を出されたら、誘わないなんて無理だよね。
まあ二人の目的は豪華客船の教会で海神様に祈りを捧げるのと、夜に魔法少女物の視聴だろう。
でも、教会か……ずっと目を逸らし続けていたけど、そろそろ創造神様の対処をしないと危険な気がする。
神様方を豪華客船に招待する頃合いだから、女王陛下達が帰ったらそれに合わせて対処することにしよう。
でも、どうしよう?
神様方はこの瞬間を待っていたんだ的なテンションだったから、ここぞとばかりに創造神様に嫌がらせをしまくっているはずだ。
世界との契約があるにしても、仕事漬けでストレスマックスな創造神様の対処とか、どうすればいいのかまったく思いつかないよ。
……なんか考えるだけで気が重くなってきた。
今は女王陛下達のおもてなしに全力を尽くそう。
読んでいただきありがとうございます。