8話 勝ち確
人魚の国の観光で市場で沢山の魚を買い込み、次に広場に向かい土管の活用方法に驚いたり、可愛らしい人魚の子供達に自然の厳しさを体感したりと色々な体験をした。その後、仕入れた魚をお城の料理人に下処理してもらおうとし、そこで料理人が使う変わった包丁が欲しくなってしまう。オリハルコンの包丁を造ってもらったばかりなのに……。
「では、調理を始めます」
「うむ。楽しみなのじゃ」
「はい、自分で調理するなんて考えたこともありませんでした」
お城の料理人に魚介類を捌いてもらった後、どうせならと昨日の晩餐のお礼に女王陛下とアダリーシア王女を夕食に招待することにした。
まあメインで使うのは買った魚介類ではないんだけどね。
海の中で生活する人魚の王族に魚介は珍しくないだろうとのことで、地上の味付けを何種類か試してもらう程度にしてある。
あと、女王陛下とか第一王女様とか、そういう偉い人というか人魚を食事に招待するという、礼儀とか色々な問題は考えないことにしている。
そしてメインとして選んだのは南東の島で大人気だったホットサンドメーカー。
偉い人に自分で料理を作らせるという暴挙だが、僕には勝算がある。
だって、アニメとか漫画で、偉い人は自分で調理するという体験に目を輝かせていた。
漫画やアニメの知識を現実に持ち出すのはどうなんだと思われるかもしれないが、僕はそれらの娯楽の中にも真理が隠されていると思う。
つまり、目新しい体験と美味しいホットサンドがコラボすれば勝ち確! ということだ。
まあ、唐突な思い付きだったんだけどね。
だってあったんだもの、厨房の一部に空気が入った大きめの調理部屋が。それを見つけたから、勢いで女王陛下達の招待を決定してしまった。たぶん色んな所に迷惑を掛けていると思う。本当に申し訳ない。
でも、僕が想定した通り、様々な種類の具材が並べられ、その具材を自分で選んで焼くという説明を聞いた女王陛下達は凄くワクワクした顔をしている。
子供の頃に母親が手巻き寿司を作ってくれた時に、僕も同じような顔をしていた気がする。こういう時は年齢も国も人種さえも変わらないのかもしれない。
「お手本を見せますね。最初は定番のハム&チーズ。パンをホットサンドメーカーに置き、その上にハムとチーズ、その上にまたパンを置き、ギュっと合わせるように下と上を合わせる。あとはこれを焼き台の上で両面を焼くだけです。では、挑戦してみてください」
お手本を見せはしたが、簡単なので二人からの質問もなく調理を始める。
火を焚いているから空気の循環が心配だったのだが、さすが王城の厨房ということで常に空気が循環し酸欠とは無縁の空間になっている。
「ワタル様、これはどれくらい焼けば良いのですか?」
「そうですね、目安としてはパンがこんがりキツネ色になったら食べごろなので、途中で確認しながら焼くと良いですよ」
自分の拘りとしては途中確認は邪道で、感覚を研ぎ澄ませて綺麗に焼き上げるのがマストなのだが、女王陛下達にその拘りを押し付けるのは違うだろう。
「なるほど」
頷いた女王陛下とアダリーシア王女は、真剣にホットサンドメーカーに向き合う。
その横でイネスとフェリシア、マリーナさん達もホットサンドメーカーに向き合う。人間、ダークエルフ、獣人、人魚が仲良く料理をする、平和だけど不思議な光景だ。
「では、こちらをどうぞ」
無事に焼き上がり、そんな女王陛下にパン切包丁とまな板を渡す。
「……ワタル様、この包丁とまな板はオリハルコンでは?」
「そうです。よく切れますよ」
女王陛下とアダリーシア王女からは基本的に尊敬の目で見られていたのだが、初めて頭のおかしい人を見る目で見られた。否定はできない。
でも、女王陛下に使ってもらうなら最高の物を用意しないとね。あと、自慢がしたかった。
しばらくオリハルコンの包丁をジッと見つめる女王陛下。ある意味バカの所業ではあるが、それでも腕の良い鍛冶師が全力で打った刃物は独特な力強さを持っている。
「おお、なんと美しい……」
ひとしきり包丁を眺めてから、いや、そんな問題ではないのだが……と言いつつオリハルコンのパン切包丁をスルーすることにした女王陛下が、ホットサンドの断面に感嘆の声を漏らす。
ホットサンドの断面には得も言われぬ魅力があるよね。
「綺麗です。美味しそうです……」
自分のホットサンドを切り分けたアダリーシア王女は食欲が刺激されたようで、断面を見つつつばを飲み込んでいる。
「では、切り分けた半分は今食べてしまいましょうか」
いろんな具材を入れたホットサンドを並べると見栄えが良いのだが、最初のホットサンドは熱々を食べてほしい。
「うむ、では、さっそく」
「いただきます」
女王陛下とアダリーシア王女が息を合わせたようにホットサンドに噛り付く。サクッと良い音が聞こえる。
「う、うまい!」
「美味しいです!」
目をつむってモグモグと咀嚼していた二人が、背景にカッっという文字が浮かびそうな勢いで目を開き、感動したように感想をしゃべりだす。
グルメ漫画だったら目からビームが飛び出しそうな勢いだったな。それだけ喜んでくれるなら僕としてもかなり嬉しい。
「むぅ、色鮮やかでとてつもなく美味しそうなのだが、もう食えん」
「……私もです」
女王陛下とアダリーシア王女が悔しそうに顔を伏せる。
そりゃあそうだろう。
最初の一回以降も切った半分をその場で食べていたので、もう食パン何枚分食べた? という状態だ。
僕も注意すればよかったのだけど、僕だけではなくイネスやフェリシア、マリーナさん達、更にはリムとペントまで自分のお気に入りの組み合わせを二人に布教し始め、そうなると布教した側は一番美味しい状態で食べてもらいたくなるわけで……止めるに止められなかったんだ。
ちなみに僕もお洒落な海老アボカドを布教してみた。アダリーシア王女がかなり気に入ってくれた様子だったのでニンマリしてしまった。
そんな上機嫌な僕の隣で、カミーユさんが少したそがれている。
カミーユさんは陸の味付けを女王陛下達に試してもらうつもりで、小皿料理スタイルで何種類も料理を用意していた。
でも、今の女王陛下達は甘い物を収納する別腹でさえ、パンで埋まっているレベルでお腹が膨らんでいるので、それらを食べる余裕は間違いなくないだろう。下手に詰め込めば吐いてしまう危険性すらある。
ただ、そんなカミーユさんも自分のお気に入りの組み合わせを女王陛下達に布教しているんだよね。ある意味では自業自得だ。
「それにしても本当に美しい料理じゃのう」
女王陛下がポッコリ膨らんだお腹を抱えながらも、大皿に放射状に並べたホットサンドの断面を見て感心する。
リムとペントを除いても八人で焼きまくったから、かなりの大皿をカラフルな断面で覆いつくしている。
その光景は単一の花というよりも、様々な食品が集合して生み出された花畑のような美しさがある。
みんなすでにお腹いっぱいだから、この光景はしばらく崩れることはないだろう。
「ワタル様、とても楽しかったです。ありがとうございます」
まったりしているとアダリーシア王女が輝くような笑顔でお礼を言いに来てくれた。お腹をさすっているのは見なかったことにしよう。
「楽しんでくれたのであれば僕も嬉しいです」
アダリーシア王女は第一王女とはいえ、まだ子供とも言える年齢だ。こういう無邪気に楽しむ時間があっても良いだろう。
ダークエルフの島に戻ったらアンネマリー王女ともホットサンドパーティーを開催してもいいかもしれない。女王陛下やアダリーシア王女と同じく楽しんでくれるはずだ。
今回の食事会は料理を作って味見のし過ぎで完成前にお腹いっぱいになってしまったが、まあ、大成功だろう。こういうアクシデントも思い出の一つになる。
「……カミーユさん、その料理、僕の方で収納しておきますか?」
食事会が終わり大皿のホットサンドは人魚さん達に任せることにしたが、カミーユさんの小皿料理はまだ残っている。
「いえ、これはお城の料理人さん達に味見してもらおうと思います」
なるほど、王族の鶴の一声は次の機会にして、今回は足元を攻めることにしたようだ。
料理人に僕達が用意できる調味料の味を知ってもらうのは決して悪いことではない。というよりも、王族という手札が強すぎるだけで、お城の料理人に味を売り込めるのも十分に凄いことなんだけどね。
***
女王陛下とアダリーシア王女を招いてのお食事会の翌日、お願いした通り兵士さんの案内で包丁のお店に向かう。
魚介を大量購入してその魚介をお城の料理人さんに下ごしらえをお願いし、更には夜に女王陛下達を招いてお食事会。
自分でもちょっと自由に行動し過ぎではないかと思っている。それなのに僕はまた包丁を見に向かっている。
見に行くと言いながらも、内心では買ってしまうんだろうとなんとなく思っている。趣味の物を見に行くとついつい買ってしまうのと同じ現象だ。
別に包丁を集める趣味はないのだが、オリハルコンの包丁なんていう若干狂気的な物を手に入れてしまったからか、変わった包丁に興味がひかれるようになってしまった。
まあ、珍しい料理道具を美食神様との話のタネにしたいというのも大きいけどね。
「こちらです」
兵士さんが連れてきてくれたのはお店というよりも工房といった雰囲気の建物。工房の隣には巨大な貝がいくつか鎮座している。
なるほど、アレが魔貝というやつか。
ヴィーナスの誕生に描かれている貝の何倍も大きく見えるが、中に入っているのはヴィーナスではなく魔物なんだよね。
あれ? ヴィーナスって貝から生まれた訳じゃなくて、ただ乗っているだけ……だよね?
でも、あの絵の題名には誕生って……あれ? 今更とても気になってきた。豪華客船の図書室で調べられるかな?
「ワタル、入らないのですか?」
本を探すのも大変そうな難問に悩んでいると、クラレッタさんがソワソワした様子で話しかけてきた。
クラレッタさんも料理好きだから、早く包丁が見たいようだ。もしかしたら購入を考えているのかもしれない。
「すみませんすぐに入りますね」
急ごう。ぶっちゃけると、包丁に興味を持っているのは僕とクラレッタさんくらいで、商売的に興味があるカミーユさんを除くと社会見学と変わらない。
貴重な料理仲間であるクラレッタさんは大切にしないとね。
読んでいただきありがとうございます。