1話 商会名決定
書類仕事からなんとか逃れられそうでほっと一息ついたところ、ウィリアムさんから相談を持ち掛けられる。警戒をしつつ話を聞いてみると今後の獣人の将来に関わる重要な相談だった。方針は決まったが……僕が知多半島用水路計画と似た地域開発の責任者になるの?
人が集まれば人材も紛れているもので、カミーユさんの面接の結果、十数人がこの地に作られる商会の従業員になることになった。
まあ、その人達のほとんどが悲惨な体験をしていたことにはせつなくなってしまったが、でも、話を聞いてその可能性が高くなる理屈も理解できた。
ある程度の教養を身につけるには財力が必要だ。それなのに難民として逃げることになったのだから、その財力を失う何かがあったのは当然の話になる。
中には身内と獣人の仲間を連れて避難するために財産を使い果たした人も居たが、財産を使い果たしてでも逃げたいと決断する時点で酷い目に遭っていたことは間違いない。
財産を失ったとはいえそんな不利な状況で財産を築いていた人達なので、カミーユさんがニッコリするほど優秀でもあった。
「ご主人様、ボーっとしているようだけど、カミーユが待っているわよ。商会名は決まったの?」
イネス、僕はボーっとなんてしていないよ。ただちょっとだけ現実逃避していただけなんだ。
「もう少し、というか、急に言われても思いつかないよ。イネスはなにかアイデアがないの? フェリシアも」
「急って……初日の会議が行われた後に言われていたじゃない。もう三日は経っているわよ?」
「そんなこと言われても、商会名なんて簡単に思いつかないよ」
そう、商業ギルドのマスター、ミランダさんとの話し合いの後に商会名を考えるように言われていた。商会設立の目途が立ったからだろう。
それは分かっている。
でも、その後にウィリアムさんからシビアな相談を持ちかけられたり、面接で疲労していたりしたから、良い名前を思いつけなかった。
ぶっちゃけ、命名とか苦手なんだよね。だから船の名前は元の名前のモジりだったり、城とか要塞の言い換えで誤魔化してきた。
でも、商会名となると難しい。
僕達だけならともかく、この地の代表となる商会の名前だから変な名前を付けると獣人達に申し訳ない。だから頭を悩ませている。
リム商会もペント商会もスライム商会も却下されちゃったからな。リムもペントもスライムも可愛いから、獣人だって喜んだはずなのに……。
「ご主人様、ワタル商会ではいけないのですか? 商人は自分の名前を店の名前にすることも多いと聞きます」
「いや、それはちょっと……」
フェリシア、それはそうかもしれないけれど、僕としては自分の名前が商会名になると恥ずかし過ぎるので無理……いや、そうか、名前じゃなくて苗字ならいいんじゃないかな?
だって日本の大企業でも創業者の苗字が企業名になっているところが沢山ある。
そして何より、僕はこの世界ではワタルとしか名乗っていないから、僕と無関係を装えるところが素敵だ。
豊海商会……悪くないんじゃないか? こちらではトヨウミ商会ということになるが、自分の印象から遠ざかるほどに恥ずかしさは薄れるから好都合でしかない。
「決めた。トヨウミ商会にするよ」
「トヨウミ商会? ご主人様、どんな意味があるの?」
「意味? えーっと、豊かな海ってことかな?」
意味とか考えていなかったから、イネスの質問に子供の頃に調べたふわっふわな言葉が口から出てしまった。
「豊かな海。船を中心に生活しているご主人様にピッタリな商会名ね」
「ええ、素晴らしいです。さすがご主人様」
ふむ、なんか分からんが、イネスとフェリシアが喜ぶなら問題ないだろう。さっそくカミーユさんに報告に行こう。会議室かな?
「カミーユさん、居ますか?」
「ワタルさんですね。どうぞお入りください」
やはり会議室に居たようだ。許可が出たので入ると、カミーユさんとマリーナさん達ともう一人女性が……たしか昨日面接した……ラクーンさんだな。
タヌキの獣人でラクーンという名前、そのまんまじゃん、なんでそうなるって内心でツッコんだから覚えている。
ちなみに、僕が部屋に籠っているのでマリーナさん達はカミーユさんとウィリアムさんに協力してもらっている。
周囲にそれほど強い魔物が居るわけではないが、絶対に安全という訳ではないのでマリーナさん達に村や用水路計画の下調べをお願いできるのは助かるのだそうだ。
「みなさん、こんにちは。商会名が決まったのですが、今、大丈夫ですか?」
おうふ、美女の注目が集まると緊張するな。ラクーンさんは小柄で痩せ気味の可愛いタイプだけど。
「まあ、ぜひお聞かせください」
そんなに期待されると困るが、カミーユさんもラクーンさんもその商会で働くのだから気になるのはしょうがないか。
「えーっと、トヨウミ商会にしました」
「トヨウミ? 語感は悪くありませんが、どのような意味が込められているんですか?」
首を捻るカミーユさん達に意味を説明する。少し時間があったから先程と内容はほとんど一緒だが、小学校レベルから中学校レベルまで言葉を装飾できた。
「なるほど、それはワタルさんにピッタリな商会名ですね。分かりました、では、トヨウミ商会で登録します。次は印章のおおまかなデザインをお願いしますね」
「へ? 印章のデザインですか? 聞いていないのですが?」
「印章については話した覚えがありますが?」
……ああ、印章の存在を知って衝撃を受けた時に聞いたね。でも、デザインを要求されるとは聞いていません。
あ、でも別に難しくないか? 僕の場合、海と船をモチーフにすればいいだけだよね。おおまかでいいみたいだし。
一瞬、印章にならリムとペントを描いてもなんて思ったが、さすがにそれは違うと自分でも分かる。
「分かりました。考えておきますね。いつまでに用意すれば大丈夫ですか?」
「そうですね、印章は登録するだけですので何時でもいいと言えばいいのですが、早くできた方が書類の処理は早くなりますね」
「……大急ぎで考えます」
自分で書類整理をすることを免れたとはいえ、近くに書類の山があるのは落ち着かないんだよね。
「では、ある程度完成したらこちらに清書をお願いします。それを職人に渡し、なんパターンか作ってもらいますので、そこから選ぶ形で構いませんか?」
もう準備していたのか。できる人間は用意からして早いんだな。それにしても、印章が自分の想像よりも数倍大きい。
印鑑やシャチハタを想像していたが、なんか玉璽とかそんな感じの大きさだ。三角と四角を合わせた簡単な船のつもりだったが、もうちょっと頑張らないといけないようだ。
「分かりました」
カミーユさんとラクーンさんに挨拶をして、自分の部屋に戻る。
「ご主人様、どんな印章にするの?」
「そうだね、海に浮かぶキャッスル号と雲かな?」
太陽を入れるかどうかも悩みどころだけど、それは描いてから考えよう。ゴムボートを召喚してデジカメを取り出す。
たしかキャッスル号を購入した後に、何枚か写真を撮ったはず……あった、構図は正面と横と後ろか。
キャッスル号の後ろ姿は味があるけど、去っていく船と考えると後ろはちょっと違う。
正面か横だな。これを参考に……どうせならみんなで描くか。それで一番良かったやつを印章にしよう。
採用者には賞金も用意しよう。
とはいえ、デジカメを見せることになるから、参加者は僕の身内だけだな。ラクーンさんはまだ早いだろう。
「賞金? ご主人様、いくらもらえるの?」
「えーっと、金一枚?」
ちょっとというかかなり高額賞金だけど、まあ仲間内だし問題はないだろう。
「よし、私頑張るわ!」
イネスがやる気満々だ。イネスに賞金が渡ると、カジノから僕に戻ってきそうでちょっと虚しいな。他のメンバーに勝ってほしい。
とりあえず締め切りは二日後でいいか。ハンコとしては大きいけど、絵としては小さいもんね。いや、大至急と言っちゃったし、明日の午後を締め切りにしよう。早いことはいいことなはずだ。
大体の予定も決まったし、あとでマリーナさん達とカミーユさんにも伝えておこう。
***
「では品評会を開始します。まず、僕からみせますね」
ふふ、意外と僕、絵が上手いかも、と思ったので一番に出す。自信はあるが、トリに回るほどの自信ではないので一番が安全だという考えだ。上手い人の後には出し辛いよね。
「ワタル、上手」
カーラさんが褒めてくれた。他のメンバーの印象も良いようなので鼻高々だ。
自画自賛だけど、船を正面に押し出し、海と空は少な目な構図にして、だからこその船の力強さをアピールしたのは正解だったと思う。
まあ、船偽装をしていないキャッスル号を参考にしたから、多少簡略化をしたが、印鑑なら問題はないだろう。さて、これから僕の絵を越える絵は出てくるかな?
出てきました。 いや、それでもメンバーの中で中間くらいには位置していると思う。
でも……上位三人が上手すぎた。
その三人、なんとイネスとフェリシアとマリーナさん。それに続いてクラレッタさん、カミーユさん、僕といった感じなのだが……あれ? やっぱり僕、中間にすら届いていない?
とにかく三人が上手すぎた。
「ねえ、イネス、フェリシア、なんで二人ともこんなに絵が上手いの?」
イネスは性格的に、フェリシアは環境的に絵を描く時間は少なかったはずだ。
「ああ、私とフェリシアは奴隷商館で習ったのよ。あそこ、暇だし奴隷の価値を上げるために絵とか音楽を習う時間があるのよね」
マジで? ああ、でもこの世界の真っ当な奴隷商館は、商売の神様が関わっていて僕のイメージとは少し違う形態だったな。
経験があるのであれば、僕が負けるのも仕方がないか。
マリーナさんが上手なのはなんとなく納得できる。絵がとても写実的だし、斥候としての観察眼が絵に影響を与えているのだろう。
「なるほど、そういうことなら納得だよ。それで、どうしようか? 上位三枚はどれも特徴があって甲乙つけがたいんだよね」
差が大きければ簡単なんだけど、それぞれに良さと個性があってどれが一番か自信が持てない。
気軽に賞金を出しちゃったから、適当に選ぶのも難しいし失敗した気がする。
読んでくださってありがとうございます。




