21話 三つの方針
カミーユさんとミランダさんの冷や汗を掻くような会談も無事に終わり、僕が書類に殺害されるような事態を回避することができた。まあ、最後に印章という便利な道具の存在を知り絶望を感じはしたが、前のタイミングでは使えなかったのだからしょうがない。そう、しょうがないんだ。
僕、この場に居る必要があったのだろうか?
昨日、頑張って話し合いを終わらせ、本日予定通り面接を開始した。
カミーユさんがギルドで朝の間に、今日の午後、明日、明後日の予定で布告した。
その情報は素早く広がり、読み書き計算等を最低限の条件としても結構な人数が集まった。
その八割以上が女性だったことから、獣人の男性は肉体担当で女性が知識担当なのは間違いないと思う。
それが理解できたことは嬉しいが、いきなり面接の場に同席させられても人の良し悪しなんか分からない。
面接官は二人。僕、カミーユさんで、補佐にイネスとフェリシアが付いていたのだけど、カミーユさんが商業に対する知識や人格に関係しそうな質問をして、それに就職希望者が答える。
その希望者が出て行ったところで、僕が希望者の印象を聞かれて答えるだけ。
まあ雇い主である僕の印象が大切なのは理解できなくもないけど、ぶっちゃけるとほとんど関わることもないから無駄な時間に思えて仕方がなかった。
あと、女性が多かったけど、年配の人達も多いし、若い女性も逃げてくるだけあって苦労がにじみ出ていて、なんというか、同情してしまってバカみたいに興奮もできなくて地味に辛い時間だった。
しかも、みんな良い仕事を得たいという気持ちと同時に、僕に恩返しがしたいって本気で話してくれる。
そんな人達に対して評価を下すという申し訳なさ……必要なことだとは理解していても心にダメージを受けてしまう。
「ワタルさん、ちょっと良いですか?」
面接が終わり、机に突っ伏しているとウィリアムさんが部屋に入ってきた。
「……いいですけど、書類仕事はしませんからね」
精神をめいいっぱい疲労した後に、エンドレス書類整理なんてことになったら僕の精神が崩壊してしまう。
「ワタルさん、大丈夫ですから手を放してください。書類整理は商会のお仕事になるんですよ」
「あ、すみません。そうでしたね」
ウィリアムさんにビビって、隣で面接関係の書類を確認していたカミーユさんの腕を掴んでしまっていた。
僕って予想以上にウィリアムさんに恐怖しているんだな。
「それで、えーっと、どのようなご用件でしょう?」
気を取り直してウィリアムさんに用件を尋ねる。
「はい。今後の方針についてのご相談があります。あ、少し長くなりそうなので座っても構いませんか?」
「あ、はい、どうぞ」
ウィリアムさんが就職希望者の席に座る。先程までこちらが審査する立場だったのだが、なぜか今は僕が面接を受けているようなプレッシャーを感じる。
なるほど、確かに長い説明だった。
でも、考えておく必要があるのは確かだな。
ウィリアムさんの相談は獣人増加し過ぎ問題についてだった。
現在は本命を獣人の街として規模を当初よりも拡大し、人員を吸収している。続いては港の建設、最後に獣人の街と港の中間地点にも村か町を造る予定だ。
僕はこれで問題がないと考えていたのだが、実は問題だらけだったらしい。
そもそもの問題が、水が足りないということ。
近くには小川しかなく、大人数を賄えない。だから堀を溜池替わりにする大工事を行っている。
でも、これ以上街が拡大してしまうと、堀を造り街中に水路を張り巡らしても限界がくるとのこと。人が密集すると色々と無理が出るらしい。
基本的に生物は水が必要なので、この問題はとても深刻だ。
その対策としてウィリアムさんから三つの提案が出された。
一つ目はとてもシンプルな解決策。獣人のこれ以上の受け入れを停止する。
当然の対策なのだけど、必死の思いで逃げてきた人達を拒絶すると考えると躊躇ってしまう。
それを決断するのが為政者なのだろうが、僕は為政者ではないからできれば重い決断は避けたい。
二つ目もシンプルな解決策。
離れた場所に大きめの町をもう一つ建設する。仕事の増加と人の分散を考えると悪くない計画。でも、もう一つ巨大な街を造るとなると、潤沢な予算が底をついてしまう。
予算については船を買えばどうにかなるが、予算の為に船を買うというのは流石に本末転倒で、商売の神様からガチギレされる恐れがある。
三つ目は手間と費用がとてもかかる解決策。
小さな村を沢山造ると同時に、その地一帯に水路を張り巡らし溜池を量産する。
詳しくは分からないが、たぶん知多半島の用水路計画に近い事業を行うことになる。
これは凄まじく手間がかかるが、良いこともある。周辺に小さいながらも水路が張り巡らされ溜池を沢山造ることにより、農地として利用できる土地が増える。
痩せた土地だから土壌が豊かな地と比べると厳しいが、それでも作物が出来ると出来ないでは大きく違うし雇用も生まれる。
土壌改良や農地開拓も仕事になるし、悩んでいた雇用問題が緩和できることも大きい。
費用についてもいきなり大きな町を増やすよりも初期投資は小さくて済むし、土木作業の継続で雇用も続く。
問題なのは継続的に費用が掛かるということ、村が小さいということ、村や水路の管理が大変だということだ。
あと、私見だが、当初は狙われやすい獣人を守るためにしっかりとした城壁付きの街を造るというコンセプトだったのに、その安全性が確保できなくなること。
ただ、今のバキバキに仕上がっている獣人達を見るに、城壁が必要か? という疑問がないこともない。
「……カミーユさん、イネス、フェリシア、どう思いますか?」
分からない時は分かりそうな人に聞く。これが大切。
「……そうですね……二つ目はあり得ません。私としては一つ目を推したいところですが、ワタルさんは好みませんよね? では、今のところ三つ目が有力でしょう。土地を開発して利益と仕事を生み出すのは為政者の行いですが、ワタルさんは似たようなものですからね」
カミーユさんの商人としての判断は一つ目だが、僕の部下として僕に精神的負担がかからない方針を選択してくれたようだ。
まあ、それが破滅への道だとしたら、僕の精神的負担を鑑みても一つ目を選択するのだろうが、幸いなことに土地の開発を行う体力がこちら側にあったので三つ目ということだろう。あと、為政者と似ていない。僕は自由だ。
「面倒ではあるけれど、同じ獣人としては二つ目か三つ目を選んでくれたら嬉しいわね。でも私達がピンチになるようなら一つ目でも納得するわ」
あ、僕が考えていること全部をイネスが言ってくれた。そうだよね、自己犠牲は嫌だよね。
「ご主人様の性格とカミーユ、イネスの判断を考えると三つ目、もしくは別の選択肢を考える必要があるのでは?」
「そうだね、重要な問題だからフェリシアの言うとおり別の選択肢を考える必要があるかもしれない。三つ目だと獣人の身の安全がおろそかになるからね。ウィリアムさん、どうしました?」
沢山の獣人の未来を、軽々しく決定するのは危険だ。そう思っていたのだが、ウィリアムさんが変な顔をしている。
「いえ、獣人の身を心配されているようですが、これだけ獣人が集まっている場所で獣人を攫おうとする無謀な人間はそれほど居ないと思いますよ?」
「え? そうなの?」
いや、確かに筋肉獣人を考えると守る必要があるのか疑問だったけど、それでも女子供は危ない……よね?
「ええ、港から何から何まで獣人がメインなので、今後人が増えたとしても人間は目立ちます。攫えないこともないでしょうが、リスクとリターンが釣り合いませんね」
なるほど、落ちている財布を拾うにしても、周囲が地雷原だったら諦めるよね。地雷原は言い過ぎだけど、目立つ中でバキバキの獣人達に襲われる危険を踏まえつつ獣人を攫うのはリスクが高いか。
リスクを釣り合わせるなら、大規模で襲って大量に獣人を攫うくらいしないと難しいかも。
でもそうなると沢山の船が必要だし、事前に目論見が露見しやすい。危険だと分かれば立派な城壁がある街に避難できるし、なにより獣人軍団で迎え撃つことも可能だ。
油断はするべきではないが、神経質になるほどでもなさそうだな。
あっ、キャッスル号が入港するようになったら人が増える……まあ、キャッスル号に乗る人は基本的にお金持ちだし、そういう人はわざわざ小さな村を訪問しないから人攫いと混同することはないか。
「そういうことなら何かいいアイデアが思いついたら修正するとして、三つ目の方針で行きましょう」
危険がないのなら僕の良心が痛まず、みんなが豊かに三つ目で十分だな。
「分かりました。ではそういう方針で考えましょう」
ウィリアムさんが満足そうに頷いた。どうやらウィリアムさんも三つ目を推していたらしい。
そういえばウィリアムさんにお願いした仕事って、獣人の街だけなんだよね。
それなのにこれだけ色々と考えてくれているということは、この仕事にそれだけやりがいを持ってくれているということだろう。
僕を書類地獄に押し込んだことに思うところはありまくりだが、任された仕事以上のことをしてもらっているのは事実。
あとでカミーユさんにウィリアムさんの報酬の割り増しをお願いしよう。
ウィリアムさんとの会議も終わり、カミーユさんは資料整理の為に自分の部屋に戻った。
さて、今日は疲れたからもう休むとして、明日から……いや、あと数日は面接が続くんだった。
面接が終わるとカミーユさんが定期航路についての打ち合わせに入るよな。
ふむ、現場の視察は行くとして、その後はどうしようかな?
王都に顔を出すと変なのが寄ってきそうだな。イネスの家族もフローラさんもキャッスル号だし、無理に顔を出す必要はない。
暇だし落ち着いたら人魚の国にでも顔を出しに行くかな。いや、せっかく人魚の国に行くならカミーユさんも行きたいかもしれない。
落ち着いたらみんなで今後の動きを相談することにしよう。
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