19話 守る必要があるのかどうか……
色々あって気力体力が充実しているカミーユさんになんとか対抗しながら、クリス号でアクアマリン王国に到着した。建設中の港は遠目から見ても人が溢れ、近づくことに戸惑ったが、カミーユさんの希望により視察をすることに。
濃い目のサングラスをしっかりとかけ、港に上陸する。
「すみません、ウィリアムさんかユールさん、もしくはこの港工事の責任者に会いたいのですが、居ますか?」
停泊所の管理をしている魚人の男性に声をかける。
「うわっ、ん? なにかの魔道具か?」
僕の問いを無視して驚く管理人。ああ、どうやらサングラスに驚いたようだ。なるほど、日本でも濃い目のサングラスは目立つのだから、この世界では魔道具と勘違いされてもしょうがないな。
まあ、それでも外すつもりはないけどね。目立つのは嫌だけど、それよりも大切なことが僕にはある。
「ああ、悪いな。責任者だったか? 居ないこともないが、面会には許可が必要だ。みんなあの人達に会いたがるからな。会いたいなら獣人の村で正式な手順で申し込むことだ」
商人なら今の建築ラッシュに一枚噛みたいと思うのは当然だよね。前回もそうだったから、この反応は予想内。でも、もう一度港の視察で戻ってくるのは面倒なので、名前を出してなんとかしてもらおう。
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「僕はワタルと言います。この工事に深い関りがあるので、責任者の方に訪問を告げてもらえますか?」
自信満々に告げてみる。それで僕がここの責任者に知られていなかったら大恥だが、獣人達にはかなり感謝されているようなので大丈夫なはず。
でも、できれば手っ取り早いウィリアムさんかユールさんが居てくれたら……あ、やっぱりウィリアムさんは止めてほしい、心の準備ができていない。
「んー、まあただ者にも見えねえし、一応お伺いを立ててくる。ちょっと待ってろよ」
管理人の男性のただ者ではないという判断が、サングラスと周囲の美女達だというのが丸分かりでちょっと面白い。サングラスって予想外なところで役に立つのかもしれない。
それにしても人物確認が面倒だな。何か目印になるような物を作るか?
スタッフジャンバーとかキャップとか、見たら関係者だと丸分かりなやつ。
でも、アクアマリン王国は温かい地域だからジャンバーは駄目だな。キャップなら目印になる。ふむ、すぐには無理だけど後でデザインを考えることにしよう。
あ、印籠的な物の方が楽かな?
工事の偉い関係者に渡すとしたら帽子は適さない気もするし、それを持っている人物は関係者だと周知すれば後々スムーズになるだろう。
「やはりワタルさんでしたか。その目元の物体でだれか分かりませんでしたよ。お久しぶりです。師匠が待ちかねていましたよ」
今後のことを考えていると、管理人がユールさんを連れて戻ってきた。最高の展開だ。ウィリアムさんのことは聞こえなかったことにしよう。カミーユさんがなんとかしてくれるはずだ。
あと、サングラスを物体扱いしないでほしい。一応、おしゃれアイテムでもあるんです。しかもブランド品だよ。
「ユールさん、お久しぶりです。実はお願いがありまして。あ、こちらの方はカミーユさんです。商売に関して僕の代理をしてくださる方ですのでよろしくお願いします」
「カミーユと申します。本職は船の責任者なのですが、それなりに商売や経営について学んでいますのでよろしくお願いします」
「ああ、ワタルさんの代理の方ですか! ワタルさんについては色々と困っていたので、師匠も喜びます!」
カミーユさんを紹介したらユールさんの表情が輝いた。
カミーユさんを狙う者は敵だが、ユールさんの反応から考えるに……使えない上司がすげ代わった的なニュアンスを感じるから……セーフ……か?
でもごめんね、仕事から逃げてばかりで。
それにしてもユールさんの遠慮がドンドンなくなっていくな。まあ、僕の威厳のなさが原因なのだろうが、気安い方が付き合いやすいから僕は構わない。
まあ、気安く仕事を振ってきたら全力で抵抗するけどね。
「とりあえずカミーユさんは港の視察をしたいそうなので、手続きをお願いします」
「視察ですか? 師匠はワタルさんに直ぐに会いたいと思うので、先に師匠のところに行きません? 大歓迎をしてくれますよ?」
「行きません」
カミーユさんが代理をしてくれるとはいえ、もう少し心の準備をする時間が欲しい。それに大歓迎って、書類の山がってことですよね?
「……分かりました。では、私が案内しましょう」
ユールさんが苦笑いで流してくれた。彼も僕の苦しみを見ていた一人なので、許してくれたのだろう。
さて、あとはカミーユさんに任せて僕は見学ということで……。
なんか凄かった。
カミーユさんが工員の人数や工事期間、賃金、港の規模からその運営まで細かく質問しながら視察する中での僕の感想はそれに尽きた。
だってある意味では原始的で、でも、ある意味ではファンタジーとしか言いようがない工事風景だったんだもん。
魔道具などの魔導技術は存在するが基本的に発掘品で高価な物だから、資金が豊富とはいえさすがに投入されてはいない。
そういう貴重な道具を利用するには、お金だけではなく権力やコネなどの別種の力が必要となる。
そんなコミュニケーションが必須となる力を僕が所持している訳もなく、工事現場は大量の資金と大量のマンパワーで運営されている。
ただ、ここは魔法や魔物が存在するファンタジーな世界、人力とはいえここの基礎能力が違うから、工事は驚くほどのスピードで進んでいるように見えた。
そんな中で見学だけと決めていた僕もついに質問してしまう。
ここに集まっている人達は立場的に弱い獣人が多いはずなのだが、なぜかボディビルダーが裸足で逃げ出すような肉体の男達が多数……というかほぼ全員。
そんな男達がバキバキの筋肉をムキムキいわせて仕事をしている。さすがに筋肉率が高すぎるだろう。これが虐げられた者達の姿だというのか? と……。
そんな僕の質問にユールさんはこう答えた。
毎日体全体をしっかりと酷使する肉体労働、そこに豊富な資金による栄養満点の食事が加わって、肉体能力が凄まじい獣人の体が仕上がらない訳がないですよね? と……。
つまりアレだ、僕はお金を投入してマッスルな大集団を作り上げてしまったということだ。
筋肉は正義と言う言葉もあるし、別に悪いことをしている訳ではないのだが、なぜか罪深いことをしてしまった気持ちになる。
そこで続いての質問をした。
これ、大丈夫? アクアマリン王国側が獣人達を警戒しない? 僕だったら怖くてしょうがないよ? と。
ユールさんは仏のような顔でこう答えた。
商売の神様の契約があるので心配も警戒はされていませんが、別の意味で怖がられてはいます。あと、特定の一部からは熱狂的に支持されても居ます。と……。
筋肉への信奉者はどこにでもいるのだと感じた。
そしてそんなマッスルな男達が行う工事は、その肉体が重機の役割を可能にしており、まさしくファンタジーだった。
そろそろファンタジーと言う言葉の意味に疑問を覚えてきたが、そんな感じだったのだからしょうがない。
そんな感じで港工事の視察は終わった。カミーユさんはなにやら考え込んでいるが、任せておけば良いようにしてくれるだろう。
しっかりとウィリアムさんに会いに行くことを約束させられ、僕達は港を後にした。
「カミーユさん、工事はどうでした?」
ルト号で上陸地点に向かいながらカミーユさんに質問する。
「そうですね、思っていた以上に大規模で驚きました」
それは工事の責任者である僕も驚いているのだからしょうがない。
「ですが、あの港以上の工事を本命の獣人の街でも行っているのですよね? あと、ワタルさんが工事を任せているウィリアムさんは港と街の中間にもう一つ村か町を作りたいと考えているようですので、全体像を把握するのが急務だと思います」
ん? 僕が筋肉に震えている間にそんな情報が出ていたのか?
まあ、港と街はそれなりに離れているし、中間地点に人里があれば便利なのは分かる。
獣人達の生活の為に仕事が必要だし、一応慈善事業費に含まれるとは思うけど……念のために次に会えた時に商売の神様に確認しておこう。
規模が大きくなりすぎるとどこまでが慈善事業の範囲に含まれるか分からないから怖い。
あと、もっと怖いことに思い至ってしまった。
港のマッスル集団でさえビビったのに、本命の獣人の街の現場はどうなっているのか? と言うことだ。
前回の訪問で視察した時は恐怖を覚えなかったからあちらは普通だと信じたいが……あの視察の時の僕の精神は随分とヤられていたので、ちょっと自信が持てない。
港よりも大規模な工事現場の工員達も極まったマッスルに変化しているのだとしたら……獣人達を守るためにも立派な城壁を造っているのだが……必要ない気がしてきた。
まあ、女性や子供の存在もあるし、城壁は必要と言うことにしておこう。たぶん。凄く疑問だけど、たぶん必要。
「では、現状を把握するためにウィリアムさんに会いに行きますか?」
僕としては会いたくないが、それが一番手っ取り早くて確実だ。
「はい。ですが、中間地点になる場所の確認も先にしておきましょう。ユールさんから調査員を派遣していると聞いていますし、通り道なんですよね?」
「その方が効率は良さそうですね。では、そうすることにしましょう。あ、長距離の徒歩の旅になりますが、大丈夫ですか?」
前回も道の整備やらなんやらで獣人達が行きかっており、レンジャー号が使えなかった。今回もそれは同じだろう。
「歩くのですか? ……キャッスル号では運動の機会が減りましたが……ジムで運動をしてはいますので、おそらく大丈夫だと思います……たぶん」
カミーユさんの自信なさ気なところを初めて見た気がする。
でも、そうなるのも仕方がない。キャッスル号は便利で快適だ。船内の移動で歩くこともあるが、管理職のカミーユさんが忙しく歩き回ることは少ないだろう。
まあ、その辺はレベルが解決してくれるはずなので、たぶん問題ない。今回の船旅でカミーユさんは更にレベルを上げたし体力的な面では心配ないはずだ。
僕が心配したのは徒歩での旅の退屈さと野営についてだ。まあ、キャンプも楽しんでいた様子だったし、それほど心配する必要はないか。
そんなことよりも、ちょっと不安で儚げなカミーユさんという貴重なショットを目に焼き付けておこう。
明日、6/27日に『めざせ豪華客船!! ~船召喚スキルで異世界リッチライフを手に入れろ~』のコミックス5巻が発売されます。お手に取って頂けましたら幸いです。よろしくお願いいたします。
読んでいただきありがとうございます。